第12話 門

 女性封師ほうしに連れられ、鷹丸と晴姫はるひめは森を抜けた。



 煌の知覚。その第一関門を突破したことは、鷹丸にとっての安堵だった。晴姫は興奮しているのかその握った手が少しだけ熱い。

 そんな二人の歩みは軽快で、すぐに開けた場所に辿り着く。


「騒ぎはもう収まっているな」


 木組みの高い塀に囲まれた町。その入り口には堂々たる木造の門が、旅人や商人の足を止めていた。瓦屋根で休むカラスが人々の列を見下ろしている。


 鷹丸は一目でこの場所が何なのかを理解した。三人はその列の最後尾で足を止める。


 ここは相模国の関所。

 とうとう二人はたどり着いたのだ。


「晴姫様。関所です。相模国ですよ!」


 鷹丸はそう言って晴姫を見ると、彼女は錫杖を抱えこみ、肩を震わせている。

 数人の武装した者達が、門の前で傲然ごうぜんと人々を睨んでは恫喝にも近い態度で所持品を見定めていたのだ。

 門番のひりついた雰囲気や、怒鳴り声が苦手なのだと晴姫は語る。


 旅人のように、力のない者達には尚のこと強くそれが向けられる。得体の知れない者を国に入れる警戒心は最早、敵意に近かった。


「不安がる必要はありません。晴姫様。再び煌を出せそうですか?」


 鷹丸の言葉の意味を晴姫は理解できていなかった。

 彼女は大きく息を吐く。そして、「大丈夫です。」と己に言い聞かせるように答えた。


 晴姫はその声色から、鷹丸の心理を少しばかり読み取れるようになっていた。

 彼のこの自信を持った声色に、晴姫は何度も助けられている。



 三人は門前に辿り着く。

 一人の門番と封師が話す。


 手拭いに包まれた黒い石を見せ、鷹丸と晴姫を青鬼封印の協力者だと伝えると、いぶかしくこちらを見ていた眼光が少しだけ柔らかくなった。


「服装? 行脚あんぎゃなんだから、動きやすい格好で旅をする封師なんていくらでももいただろ?」


行脚あんぎゃか……。荷物も少ないようだし納得は行く。だが、二人とも煌を見せろ! 」



 それぞれが右手に黄金を輝かせる。

 すると門番は、特に晴姫の煌に目を丸くした。訝しむ目は光を浴びて洗われる。

 鷹丸と晴姫は何事もなく、門をくぐった。


「私は行脚あんぎゃとして、認められたのですか? 修行のために諸国を練り歩いているような封師と思われたのですか?」

 

 晴姫は捲し立てるように尋ねた。


「煌術を使えれば、彼らにとっては十分封師ですよ。それに行脚には二種類あるんですよ」


 そう言って鷹丸は晴姫に語った。


 晴姫の言うように封師が諸国を練り歩きながら修行をする事が行脚の始まりであった。だが、その土地の者からすれば訪れた封師がすぐに去ってしまう。鬼から身を守るために長く滞在してもらおうと、その土地の有力者達は彼らを手厚くもてなした。

 そんな事象が全国的に起こり、今では行脚は封師達がより良い雇用条件を獲得するための手段という役割も担っている。

 封師の足りている土地は積極的に行脚に送り、足りない土地はこれを積極的に受け入れる。封師を招き入れることは国の安寧にもつながるため、行脚であれば関所でも簡単に通れるのだ。


「槍一本、錫杖一本と旅の邪魔にならないだけの荷物というのがまた……。絶妙に封師っぽい……」


 女封師はフフフと笑いながら二人の格好を見ていた。


 これは鷹丸が長いこと旅をしてきて得た知恵が活かされたと言って良い。


 彼が褒美としてなかなか金銭を受け取ろうとしなかったのは、関所での事を考えてである。

 封師と名乗った上で多額の金銭を持てば、必ず門番に怪しまれる。それを路銀と言い張るのは無理があり、偽装した商人と思われても仕方がない。そんな疑いを持たれては警戒が厳しくなって、煌ではなく伝煌や砲煌を見せろと要求されればそれで詰みだ。二人の稚拙ちせつな煌術ではより良い雇用を探しているはずの行脚に見える訳もなく、門番は二人の入国を認めないだろう。

 封師を名乗らないという選択もあるが、その国の状況次第では、間者を恐れて旅人や初見の商人を通さない場合もある。


 鷹丸は日頃の生活から行脚としての不自然を周到に潰していた。徒歩による移動も、それによる身体の疲弊が必要だったからだ。そして、盲目の娘には類稀なる強い煌がある。彼女が特別な存在であるという証明が説得力を生み、二人の通過を容易にさせたのだ。


「門番に、私達を協力者だと伝えてくださりありがとうございます」


女性封師のささやかな助けに鷹丸は気づいていた。


「いいよいいよ。それより、晴姫が煌を出せるようになっていなかったら、君はどうしていたんだ?」


 女封師は興味深そうに尋ねる。


「どんな場所にも綻びはありますよね?」


 鷹丸の言葉に女封師は目を丸くしたかと思うと大きく笑う。

 晴姫だけが、その言葉の意味を理解できていなかった。


「晴姫様のおかげで、を通る事ができましたね」


 鷹丸が優しくそう言うので、晴姫はその疑問を胸にしまうのだった。




「で、二人はどうして相模国に?」


 封師がそう切り出す頃には、三人は茶屋で団子を頬張っていた。


 白飾様は目的地の名を相模国に入るまでは口にしないようにと言っていた。

 鷹丸は恐る恐る「大雄山」と口にする。


 すると、封師の雰囲気が変わった。鷹丸の目をじっと見つめてはその真意を探る。

 探り終えると封師は大きく息を吐いた。


「訳ありなのは察していたよ。だけどあそこは……。この国で最も人の命が軽い場所だ」


「……。鬼が治めていると聞いてます。その鬼に会わなくてはなりません」


 訳ありなのは鷹丸だったかと、封師は視線をその足元に落とす。


「ただの鬼じゃない。 元寇を知っているか? 神風は? 元の軍勢を殲滅した鬼があの山にいるんだ。この国は奴の機嫌を損ねないように恐々としている」


 そして封師は言葉を続けた。


「機嫌を損ねれば間違いなく死ぬ。命があっても、この国が君達の敵になるかもしれない。それでも行くのか?」


「行きます!!」


 鷹丸よりも早く、晴姫が答えた。

 これには封師も持っていた串を落としてしまう。

 そして、大きく笑った。


「私の忠告など、最初から必要としていないな! まったく、私もお供するしかないじゃないか!」


「それはありがたいですけど、お仕事は……?」


「ん? 私も行脚の身だ。正式にここと契りを交わしたわけでもない」


 鷹丸と晴姫はこの封師の行動が不思議でならなかった。危険だとわかっていながら、何故ついてくるのかと理解できていなかった。


 そんな様子を見て封師はさらに続ける。


「私は君達を気に入った! だから、死なせたくないんだ!! 三人寄れば文殊の知恵だろ? きっと力になれる 」


 その封師は豊月とよつきと名乗る。


 三人が大雄山に辿り着いたのはその三日後の事であった。



 *


 空は曇天。

 分厚い雲が陽を遮り、深緑の山を黒くしていた。

 長い長い傾斜のある道のりを三人は歩いている。

 次第に木々は深くなり、その曇天すらも見えなくなると、鷹丸はふと気づく。


 何匹というカラスが、じっとこちらを見つめていた。

 生きているのか疑わしくなるほど、鳴かず動かずのカラス達は、確かな不気味さを彼らに教えてくれている。


 進む進む。そして門が現れる。


 凛々しくも突き刺すような男の声が森に響いた。


「何用か……!!」


 念のため、豊月には法衣を脱いでもらっていた。その長い髪も晴姫のように結んでいる。ただの姉妹と、その護衛の男が一人。そのように思うような格好を選んだ。


 鷹丸は姿を見せない相手に伝わるようにと、大きな声で答える。


「カミカゼ様にお会いしたくッ!!! お弟子様の吸血鬼より、頼れと言われてここにッ!!!」


「なんと……。しばし待たれよ……」


 森は一転して静けさを取り戻す。


「晴姫様。今のは……?」


「鬼です。門の奥に気配がありましたが、消えました……」


 晴姫の言葉に、二人は息を吐く。

 鷹丸と豊月は同じことを思っていた。


 応対からして、あれはカミカゼではない。だが、はっきりと言葉を交わせるだけの知恵がある。鬼人で間違いない。


「鬼人が少なくとも一体……。眷属がいるのか……。噂よりも厄介な場所だ」


 そんな豊月の言葉を攫うように、一陣の風が山をくだっていく。


 そして、聞こえてくるのは鳥が羽ばたく大きな羽音。その音の主が門前に降り立った。


 六尺半2メートルほどの背丈。

 その黒翼を広げ、三人を見下ろしている。

 山伏やまぶしの服装に金剛杖を手にしたその者の頭は、真っ黒なカラスそのものであった。


 その大きなくちばしを開けて言葉を話す。


「主人が面会を認めた!! ついて参れ!!」


 カラスの鬼人は門の奥に消えていく。


 罠か? と鷹丸と豊月とよつきは目配せをするが、進む他ない。


 三人は門をくぐり、あの鬼人の背中を追って更に奥へ。


 あのカラスの鬼人に注意を払う鷹丸と豊月を他所に、晴姫だけはさらにその奥に注意を向けていた。


 目の前の鬼人の気配が霞むほど、奥から強い鬼の気配が伝わってくる。


 三人は一様に、冷や汗をかいた。


 門の向こうと、こちら側では明らかに空気が違う。


 鬼の口にでも入ったかと錯覚する程に世界が違う。


 ならば、この道は喉とでも言うべきか。引き返すならば今しかない。胃袋に入ってしまえばお終いだ。


 だが、それはできない。


 そうさせる決意がそれぞれの胸中にあったからだ。

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