SakiMaeda

太陽が僕たちの肌を少しずつ焦がしていく。この日、気温は26℃であるが、体感的にはもっと暑く感じられた。汗がシャツをぐっしゃりと濡らす。もう日は傾き始めているというのに。パラソルの陰に横になっていると、隣から声がした。

「海ってやっぱり綺麗だね。いつ来ても違う顔を見せてくれる。」

品のある女性が儚げにこぼす。

「ああ。そうだな。」

本当に美しい海だ。乱反射しているせいか、ところどころ星の煌きのように見える。透明から少しずつ色を帯びていき、白縹しろはなだ、そして群青色に染まっている。空を見れば、まさしくスカイブルーだ。すべてが海だった。観光客に顔を向けると、砂で城らしきものの作成に情熱を注いでいる少年たちや、浮き輪に乗りながら浮かんでいる幼女と見守る親、ビーチボールで遊んでいる男女混合客と、短い時間を精一杯楽しんでいる姿が見えたが、

「「あの男の子...」」

きっと同じところを見ていたのだろう。僕たちは同時に声を上げた。その男の子は、どこにでもいるような男の子だが、何故か僕たちの目に留まった。影が見える、そんな気がした。日に照らされながら、ジャリ、ジャリと音を立てていくにつれて、背が丸まっている姿が大きくなっていく。冷たい背中が。男の子も気づいたのだろう、ぎこちなく振り返った。

「迷子かい?お父さんやお母さん、友達は?」

男の子は少しうつむき首を横に振って、

「おにいさん、おねいさん、だ~れ?」

「おにいさんは、おにいさん。おねいさんは、おねいさんだよ。君が心配なの。なにか困ってないかい?」

「ううん、ともだちはいないの。おじいちゃんときているの。」

隣で彼女はうつむいていた。思わず息をのんだ。僕と似ている、と同時に影の正体がわかった気がした。すると、お姉さんが顔を上げて、

「おじいちゃんはどこにいるの?」

と優しさを込めて話しかけた。その姿を見ると、どうしても想起してしまう。いまだに血が凍るような不快感とともに。

俺がまだ勉強についていけていた頃から始まった。最初はただ感じが悪くなってきたな、と思い大して気にも留めていなかった。しかし、ある時ほんとに、ほんとに小さな爆弾が落ちた。

「お前ってさ、なんか調子乗ってない?」

攻撃的な口調だった。余程ストレスがあったのか、小さくても爆発すると誘発も起こっていった。火を見るよりも明らかな。

「おにいさん、どうしたの?」

動悸が激しく、息も途切れ途切れで過呼吸気味になっていた。まだ人との「痛み」を知らないだろう少年は心配そうに見つめていた。日が傾いていた先には、70くらいだろうか、芸をたしなむ好々爺が少年の傍に寄り添っていた。

「孫と遊んでくれておったか。ありがとやのう。ほれ、礼を言わんか。」

「うん。おねいさん、おにいさん、ありがとうございます。」

初めて少年はにっこりした。実に年相応な顔。彼も孫と一緒に目尻を下げていた。少年は、おにいさんより遥かに人への「優しさ」を持っていた。少年の影は薄れていくと同時に、心が温まっていった。

「いえいえ、好きなことをしただけですから。よかったね、おじいちゃんが会いに来てくれて。」先輩はあの時と同じく微笑んでいた。

「ねぇ、あなたたち何しているの?」

文字通り殺しが起こっている最中に、先輩はグループに話しかけていた。ただ見守っていることしかできなかった。先輩は、すべてにおいて勝っていた。退避していくのも当然の結果だろう。

「良かった。特に大きなけがはなさそうだね。立てる?」それが暴力の者に向けられた最初の言葉だった。

「君、どんな花が好きかとお尋ねになってますよ。返事をしたらどうです。」隣でそう話す声がした。まだ話に花が咲いている。ぐっしゃりと濡れていた汗が徐々に冷え少し寒さを感じ始めていた。海の色も太陽の光が赤くなったからだろうか、黄丹おうだん色に染まっている。青の境界線も明白になってきた。いつしか騒がしかった声はあまり聞こえなくなってきた。涼しい風に当たりながら、少し思いを巡らす。

「何故助けてくれたのですか。面識もないはずなのに。」

「当たり前でしょ。人が助けを求めているのなら。ただ、面識はあるよ。私が一方的にね。」

不思議だった。微笑んでいて、凛々しいような、それでいて寂しいような。

大丈夫ですよ。彼等は知りませんが。」

「余裕ですね。まぁ、当然ですよね、———君。いや、君というべきかな。」

彼女の大きな髪飾りがゆらゆらと揺れる。心を刺す冷たい風が初夏に吹く。塩水の声が聞こえる。世界に4人しかいなかった。一つ、深呼吸をした。先輩の顔は、何かを諦めていた。

「ぼくの好きな花は菊だよ。」

少し顔色の明るくなった少年に応える。微笑みを添えて。そうでもしないと、少年の「優しさ」に毒されてしまいそうだ。おじいさんは僕たちを一瞥し、一瞬、憮然とした表情になる。が、何を思ったか、笑顔を造り上げた。

「さて、わしらはおいとまとしよう。また会えるといいのう。」

「ええ、ではまた。君、海から離れるよ。」

「わかりました。」

汗が乾いていた。もう太陽も沈みかかっている。一日の役目を終えたのだ。では、は自分の役目を果たしに行こう。彼らに、菊の花を添えさせてあげよう。きっと先輩も気付いている。俺たちの関係は今日で。先輩は俺を止めない、止めれない。雲一つないのに、そこに月はいなかった。
















































夜。海。小さな小さな水音が、、おくれて、、あったそうだ。




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