過去のメカニック

 ここに来て行き止まりだ。地元に帰ってきたのはいいが、結局何も変わらない。これ以上思いつかない。今出来る事は全てやったはずだ。

 軽量クランク、4速クロスミッション、度重なる軽量化。ビッグキャブも一応は付けた、それに合わせマフラーも変えた。

 正直言うと出来ないことは分かっていた。私はメカニックじゃない。他にも出来ることがあるのは分かっている。全てやった? いや、出来ないだけだ。


 一年前の話になる。まだ秋穂と二人でカブを仕上げていた頃。彼女がバイクの中身を担当していた。そして私はライダー。彼女は生まれつき足が悪かったのと、私の方が軽く小さく、度胸もあった。そもそもの出会いも峠で彼女が若いライダーに絡まれているのを、私が追い払ったのが始まりだ。あの頃よく言われた。

「ヘルメットを被ると性格変わるわね」

 そんな事もあり、この計画にスカウトされた。そう、元々は秋穂が始めた事だ。将来の目標もなく、淡々と生きてた私が持てた、初めての夢。

 私は全力で走った。少しずつお金を貯めながらチューンを重ねた。そして彼女は才能があった。それも普通とは比べ物にならないくらいの。経験はプロと比べれば圧倒的に少ない。しかし経験の差を彼女は知識だけじゃない、直感や感覚でセッティングを合わせていった。天性の才能だ。私が多少なりともエンジンをバラせるようになったのも彼女のせいだ。

 八月の朝、猛暑だった。彼女のバイクで走った最後の日だった。何より彼女が手をかけていたキャブのセッティング。あの日は想定外の猛暑。それでも彼女はセッティングを合わせた、そのキャブも一から仕上げたもの。しかし目標には到達しなかった。

 それからすぐだった。転校を知らされたのは。親の事情という事もあり私には止めることが出来なかった。でも私は約束した、必ずこのマシンを仕上げると。


 人は変わる。必ずいつか変わる。そんな事は分かっていた。それでも心の何処かで思っていた。私と秋穂は違うと。

 だが、一年ぶりに会った秋穂は変わったしまった。夢を与えてくれた秋穂の姿はどこにもなかった。

 秋穂の胸ぐらを掴み上げた時、目をまっすぐ見て思っていた。あれだけ怒っておきながらも、私は信じていた。きっと「こっち側」に帰ってきてくれると。きっと、まだコレが好きなんだと。私と同じで、まだこのバイクが愛おしいのだろうと。

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