二回目の記録

 ある日の朝。前日に降っていた雨はすでに止んで路面も乾いていた。しかし空にはまだ分厚い雲が浮いており、海の向こうにほんのりと紅色が浮いている。前とは違いライトが遠くの地面を照らしている。

「聞こえるか」

 ヘルメットの中に取り付けたインカムから濱崎の声が聞こえる。

「ええ、大丈夫。カメコは」

「聞こえるわ。少し暗いけどカメラはオッケー」

「了解」

 その言葉と共にシールドを閉める。後ろからは濱崎のバイクのエンジン音が響く。振り向くとヘルメットの横にアクションカメラが取り付けてあり、こちらを撮影している。

「濱崎、カメラの準備完了」

 準備は万端だ。

 ギアを入れゆっくりと走り出す。一定の速度まで乗ると一気にアクセルを開けた。すぐに二速へ入れ、さらにスピードを重ねてく。

 前と同じ速度域まで来た。エンジンは唸りを上げるが異音は聞こえない。行ける。

 スピードメーターは焦れったいほどゆっくりと上がり80を遂に越した。しかしフレームが激しく軋み、振動で手の感覚が無くなっていく。ハンドルのブレも大きくなっていき流れる景色の恐怖に飲み込まれそうになる。道端に撮影するカメコの姿が通り過ぎた。

 もう耐えられない。暴れる車体を抑え、アクセルを戻しブレーキを掛けてゆっくりとスピードを下げていく。

 停車した時残ったのは死の恐怖と体に纏わりつく湿気の多い空気だった。

「大丈夫?」

 カメコの声が静かに響いた。




 その日の放課後、しとしとと降る雨をガレージの中から眺めて考えていた。

 時間はかかるが80を超えることはできた。しかしあまりにも振動が大きすぎる。強化フレームを入れることも考えたがあまり重量は増やしたくない。でも直進安定性は上げたい。

 どうしたものか……。


「あっ……」


 雨の中を一台のバイクが走り抜けた。スポーツタイプのバイクだが、かなりカスタムされてるようで車高が下がり、スイングアームが延長されている。

「あれだ」

 思わず口から言葉が溢れる。

「どうしたの?」

「っん!」

 カメコの声に驚き、声にならない声が喉に詰まる。そういえば濱崎とカメコがいるのを忘れていた。下校途中に遊びに来て、雨宿りしてる最中だった。

「いや、ちょっと」

 そう言うと合羽を羽織り普段用のジェットヘルを被り、プレスカブに工具を乗せる。

「少し出てくる」

 二人に言い残すと雨の中を走り出した。

 町外れまで走ると道端に捨てられたスーパーカブが落ちていた。

 自分のカブを寄せて工具を下ろしスイングアームをバラし始める。それから雨に打たれ数十分後、ようやくスイングアーム単体になった。それをキャリアに結びつけ家へ帰る。

「ビショビショじゃねーか。ほら、これ使え」

 そう言ってサブバッグからタオルを取り出し放って来た。それを空中で掴み取り、頭に乗せる。

「ありがと」

「それで、その鉄屑どうすんだ?」

「それはまた今度ね」


 それからまた数日。二つのスイングアームを切って繋げ、不恰好ながらもロンスイが完成した。我ながらよく出来たと思う。

 耐久性に不安があるため、もう少し強化したいが後回しだ。

 それと合わせ車高も下げた。まるで地を這う黒豹の様だ。

「まるでゴキブリみたいだな」

 いつのまにかガレージの入り口に背を掛けて、こちらを見る濱崎がいた。

「……ゴキブリじゃない」

「いやでも」

「ゴキブリじゃない」

「……そうだな、ゴキブリじゃない」

 作業する時に使ったまま握っていたラチェットを見るとコロッと意見を変えた。

「二人とも、仲良くして。ほら、写真撮るから」

 カメコが間髪入れずにシャッターを切った。

「まっ、何はともあれ三回目の記録、楽しみだな」

「次はあのスピード域で車体がブレなければ良い」

 そう言いながらガレージから出て空を見上げると、ここの所ずっと空を覆っていた隙間から金色の太陽が顔を見せる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る