夢への点火

 スーパーカブは最強のバイクと言われるほどの耐久性を持つ。しかしそれは完全なノーマル状態での話だ。モノにもよるがチューンを重ねれば耐久性も落ちる。それに元々カブはブン回すエンジンではない。それをあらゆる手を使い負荷をかければどうなるかは火を見るより明らかだ。

 とにかく、私のカブは焼き付きを起こした。

 バーハン化しコンドルハンドルを取り付け、前傾ポジションになったカブを押すのは楽なものではなかったが軽量化をしてたのが幸いだった。とは言え、車庫に入れスタンドを掛ける頃には朝の肌寒さが気持ち良く感じる程、体は温まっていた。

 へばり付く革ツナギの上を脱ぐとタンクトップは絞れば汗が出るほど濡れ、肌と下着が透けている。

 流石にこのまま学校に行くのは容姿も匂いも如何なものかと思いシャワーへ直行した。風呂場の鏡には無愛想な顔と小柄で華奢な体が写る。

 蛇口を捻ると冷水が全身を包んだ。オーバーヒート気味だった体が着実に冷却される中で思考が冴えていく。

 エンジンの振動、道路の細かな凹凸、紫の雲と淡い空、そして着実に上がるメーターの針。

 結果は望むものではなかった。しかしあの時の興奮と鼓動の高鳴りが止まない。私は確かに実感した。夢へ走り出すエンジンに火が入ったんだと。


 あれだけ早起きしたにも関わらず、窓から他の生徒がちらほら見え始めてから家を出た。いつものように自転車を停め教室へ向かう途中、後ろから声が聞こえた。

「おはよう。何か嫌なことでもあった顔してるな」

 同じクラスであり、数少ない友達と呼べる存在の濱崎はまさき史紀ふみのり。悪ノリが多く、真面目とは言えないが憎めない性格で素直な男だ。

「……元々こういう顔」

 朝の出来事はいい事とは呼べないが別に深く気にしてるわけではない。

「わかってるって、そう怒るな」

「だから、こういう顔なの」

 元々感情が表に出る顔でもなく、常に声にも気持ちがこもってないからか、たまに怒ってると勘違いされる。しかし濱崎は知っててこういうことを言っているんだ。

「おはよう。二人とも仲良いわね、ふふっ」

 喋りながら教室に入るとカメコの声が聞こえた。カメコも同じクラスでカメラが趣味の女の子だ。友人たちからは親しみを込めてカメコと呼ばれている。控えめでお淑やかな子だが楽しそうな事には真っ直ぐに取り組む性格だ。

「冷やかすなよカメコ」

「うふふ、ごめんなさいね」

 口元を隠しながら小さくカメコが笑う。

「からかわないで……」

 こうして、いつものように田舎町で三人の日常が始まる。

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