第5話 開戦!!

 どの学級もシーン、と静まっていた。誰も彼もがキョトンとしていて、動かない。

 あんまりのことに多少混乱している。お互いどう動くか監視するように、一秒、二秒、三秒……。

「うおおおぉおおおおおお」

 某教室の一人の男子がいきなり叫ぶ。それは朝のチョコレート乞食の一人。そして、隣席のリア充の男子一人に飛びかかった。

「チョコレートよこせ、オラァァァアアアアア」

「うお、やめろっ、クソ離せ!」

 叫ぶリア充から容赦なく、ハート型にラッピングされたチョコレートを奪い取った。チロルを得るために二千円を払うのだ。乞食に失うものなど何も無い。

 そして、時に何も持ちえない人間の方が、持っている人間より強くあることがある。――まさしく、今がその時だった。

「うぉおぉおお、チョコレート!! チョコレートとったぞぉぉぉおお」

 錯乱しながら乞食は奪いとったチョコレートを高々と掲げる。通常の感覚ではあり得ない。

 だが、それが引き金となった。

「チョコぉぉおおおお」「俺も、俺も」「よこせっ!!」

 この乞食の動きに更に仲間の乞食五人が一斉に動き出した。次々に傍のリア充に猛獣の如く襲いかかる。

「よこせっ」「やめろっ」の押し問答が続く。

 この動きが起爆剤となった。クラス外の乞食にも飛び火した。その乞食の行動を見て、同調しはじめる非リアが現れた。

「全ての男子の手に思い出と一個のチョコレートを!!」


「「「全ての男子の手に思い出と一個のチョコレートを!!!」」」


「「「「「「全ての男子の手に思い出と一個のチョコレートを!!!!」」」」」」


 叫び声がこだまのように反響し、それはたちまちに膨れ上がった。


 ものの数分のうちに、教師が手につけられない数の非リアたちが暴動を起こし始めたのだった。

 

 ――後に言う、夜坂中学校の第一次バレンタインデー紛争の火蓋が切られた。


 

 生徒会執行室には急遽、生徒会と風紀委員会が招集された。

 教師だけではこの暴動が押さえきれなくなってきたからだ。

「まさか陣内凛ノ助が出てきたか……!」

 風紀委員長、飯尾透は生徒会室で衝撃を受けていた。

 バレンタインデーだから風紀が乱れ、いざこざも起こると予想はしていたが、夜坂中の四天王の一人が出てくるとは、ほとんどの人間は予想していなかったのことだ。

 飯尾透は細身で黒縁のメガネ、如何にも真面目、と言った面持ち。いや、彼のことを「真面目な性格」と評価するのはあまり的を射ていないだろう。

 より正確に言えば、真面目を愛するというより、不真面目を憎んでいる、という面持ちだった。万引き犯を死刑にすれば、この世から犯罪を無くせるのではないかと本気で考えていそうな感じ。


 生徒会及び風紀委員会は完全に後手後手に回っていた。有事が起った際に一番肝心な「初動」を逃した。

「すぐに放送室へ急行。陣内凛ノ助を捕えろ!!」

 飯尾が指示を飛ばす。四名の風紀委員がすぐに部屋を出ていった。

 

 その飯尾の側の席に一人の男が座っていた。

 生徒会副会長、銀林修斗。

 ガタイがよく男らしい面構えで、いるだけで迫力がある。

 生徒会長がやる気が無いために、銀林に仕事を一任していたから。現在の事実上の生徒会のトップが銀林であった。

 その銀林が、ちょっと眉を潜める。

「凛ノ助らしくないな」

 放送内容に違和感がある、と銀林は思った。

 陣内凛ノ助は風呂のぞきのではあっても、決してではないのだ。

 冷静に考えてもらいたい―― と銀林は思う。

 こういう「リア充」という分かりやすい敵を作って、それへの憎悪を煽り、暴動を起こそうとするのは、凛ノ助の手口ではない。

「非モテをこじらせて、チョコを得るために凛ノ助を操っているやつがいる、な」

 銀林には一人、思い当たる節があった。銀林は生徒会室を去った。


 

「お前の力を貸して欲しい、黒崎」

 2のA教室に一人の少女の姿があった。カチューシャで黒髪をまとめ、制服のスカート丈は標準。顔は童顔。身長が低いことも相まって小学生くらいに見える。

 だが彼女を小学生と間違える者はいないだろう

 何故なら赤淵の眼鏡の奥の双眸は知的な色が湛えられているからだ。

「陣内君がまた何かやってるようですね?」

 銀林に対して、黒崎は柳眉を少しばかりひそめる。

「不満そうだな?」

「ええ。せっかく小説を読みたいのに騒がしくてちょっと迷惑でして」

 黒崎の手には探偵小説が握られていた。

「何の本?」

 何気なく銀林は黒崎に質問した。

「『ビブリオ古書堂の事件手帖』です。あ、詳しく聞きたいですか? えっとですね――」

「いや、中身まで聞いてねえから、ストップストップ」

 銀林は手で制した。遮らなければ一時間ほど小説談義を延々喋るマシーンと化すことを銀林は良く知っていたからだ。

「そうですか」

 黒崎は残念そうに、本を下ろした。

「じゃあ、私はこれで。読書の続きがあるので――」

「待ってくれ、黒崎。どうしてもお前の知恵が必要なんだ。頼む、このとおりだ」

 銀林が頭を下げた。

 黒崎はちょっと困ったような顔をした。

「そんな、銀林君。私ごときの浅慮なんてあってもなくても変わんないですよ」

 黒崎はやる気がないらしい。生徒会に手伝いするくらいなら本の続きを読みたいのだろう。

 埒が明かないと思った銀林はここで切り札を出す。

「黒崎、おかしいとは思わないか?」

「……何がですか」

 黒崎の興味がかすかに銀林の方へ向いた。探偵小説が趣味で、夢は探偵になることの女の子である。疑問を提示されれば条件反射のように食いつく。

「凛ノ助は確かに、変態だ。アイツの悪行をあげていけばキリがない。が、しかし、アイツが変態の所業はしたことはあっても、非モテの所業はしたことがない」

「……確かに」

 凛ノ助という人間は女体に興味はあっても、恋愛には興味がないのだ。その凛ノ助がバレンタインチョコのために暴動を起こすのは理に適わない。

 銀林はここで切り札を出した。

「黒崎、凛ノ助の元には誰かがいる」

 その瞬間、黒崎の表情が変わった。今までの表情が白黒だったとするなら、それがフルカラーになった感じ。

「ふーん、もしかして日向君ですか?」

 黒崎の声は抑えているが、その高揚感が言葉の端々から漏れ出してしまっている。

「流石だ。俺もそう考えている。凛ノ助を焚き付けて、その首謀者にしたのは自分がチョコレートを貰うため。動機は小物だが、こういうセコいのに大規模な構想をする人間はマキトしかいない」

 銀林の言葉を聞いた途端、黒崎にはさらなる変化が見られた。口角をヘニャッと曲げて、頬を朱に染め、その目は恋する乙女の如く、うっとりとしている。

 そうして小さく吐き出すように呟いた。

「日向君を知的にボコボコにしてぇーーーー」

 黒崎琴音、凛ノ助とは違うベクトルで変態である。

 

 夜坂中学において人狼ゲームをやると必ずハブられる人間が三名いる。月宮愛梨、黒崎琴音と日向真希時の三人。

 このうち月宮がハブられるのは単に友達がいないから。

 問題は後の二人。

 この二人がいると人狼ゲームは三分で終わる。黒崎は圧倒的な推理力で、日向はトリックと読心で、簡単に人狼を当ててしまうのだ。


「力を貸してくれる気になったか?」

 銀林の質問に、黒崎は(貧相な)胸を張って答えた。

「無論です、銀林君。不肖、黒崎琴音、この暴動を終わらせてみせます」

「頼もしいな」

 銀林と黒崎はガッチリと握手をした。


――こうして、陣内凛ノ助と日向真希時に対する、もうひとつのペアが出来た。

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