第1話 ようこそ、管理課へ ー1

 本部の一室で、朝日に似たまばゆい光が生まれて広がり、そして一カ所に収束した。光の中から一人の少女が現れた。


「……トキ」


 灯の声に応えるように、トキは閉じていた瞼をそっと押し開けて、世界を目に映した。


「灯さん! 灯さん! 灯さん!」

 開化したトキの目に最初に映ったのは、灯。はしゃいだ声と共にその場で何度もジャンプし、ベージュの髪が元気よく跳ねる。全身から喜びが滲み出ていて、灯は困っ

たように笑った。


「少し落ち着け、トキ」

「だって、ずっとこのときを待ってましたもん! やっと灯さんと話せるんですよ! 隣を歩けるんですよ!」

「ああ、そうだな――ん?」

 灯がトキを見上げて首を傾げた。


「どうかしましたか? あ、もしかしてこの服似合ってませんか……? 灯さんセーラー服が好きって聞いたので、それっぽいのをと思ったんですけど」

「おま、それどこで!? ――いや、そうではなくてだな。トキ、お前その、背高いな」


「へ?」

 灯は十歳前後の少年の姿、それに対してトキは十代半ばの少女の姿。背格好からして、二人が並ぶと中学生と小学生の少し年の離れた姉弟のように見える。


「はっ、灯さん背の高い女の子は嫌いですか……!」

 今にも泣き出しそうな表情のトキと、それを見て慌てる灯の様子を見て、少し離れたところでため息をついた者がいた。


「ともるん何してるのよ。女の子にそんな顔させて」

「……女郎花おみなえし

 女郎花は金髪のポニーテールをゆったりと揺らしながら、柔らかな少し低い声でトキに話しかけた。


「大丈夫よ。泣かないで」

「……ううっ」

「ともるんは自分の背が小さいことを気にしてるだけだから」

「で、でも、やっぱり小さい子の方が可愛いですよ、ね」


「だいたいの女の子はともるんより大きいわ。いいえ、そうじゃないわね。ともるんが小さいだけよ」

「お前なあ」

 灯が思わず口を挟んだ。拗ねたような口調で話す灯が新鮮で、トキは小さく笑った。


「うん。笑った方が可愛いわ」

「! あ、ありがとうございます」


 トキは女郎花の気遣いにぺこりと頭を下げた。顔を上げ、落ち着いて女郎花の顔を見て、見覚えがあることに気が付いた。ツボミの頃に見た、気がする。


「あの、あなたは確か管理課の、方、ですよね」

「あら、知っていてくれてたの。嬉しいわねー。じゃあ、改めて自己紹介を」

 管理課の制服を身に纏う彼女、いや、彼は手を胸に当ててにこりと微笑んだ。


「ワタシは女郎花。カメラの付喪神よ。正確にはカメラがカメラと呼ばれる前の物なのだけど、細かいことは気にしちゃだめ」

 軽やかにウインクを飛ばす様子にトキは思わず見惚れた。


「このオネエが一応管理課のトップだ。課長って呼ぶやつもいるな」

「課長さん! よ、よろしくお願いします」

 背すじをピシっと伸ばして、トキは挨拶をし直した。管理課のえらい人……とトキの緊張が一気に高まった。


「そんなに固くならなくていいわよー。『課長さん』なんかじゃなくて、気軽にミーナさんって呼んでほしいわ」

「はいっ。ミーナさん!」


 トキがそう言った途端、女郎花の顔がぱあっと輝いた。そして、トキの頭をいいこいいこするように撫でた。


「もう、嬉しいわー。そう呼んでくれて」

「?」

 よく意味が分からずトキは首を傾げて女郎花を見上げた。


「皆ね、ミーナってちっとも呼んでくれないのよ。おみなえしの真ん中を取ってミーナ、可愛いのに」

「ミーナって顔じゃないだろ、さすがに」


 灯はあきれ顔で言った。その様子からして総意のことらしい。中性的な見た目とはいえ、女性のイメージが強い呼び方は違和感をもつのだろう。


「でも、ミーナさん綺麗だし、ミーナって呼び方ぴったりだと思いますよ?」

 トキは思ったままを口にしただけだったが、感激した女郎花に抱きしめられた。


「やだこの子可愛いー! うちの子にしてもいい?」

「いいわけないだろう。離れろ」

 灯はトキの腕を掴んで自分の方へ引き寄せ、女郎花の腕から離した。


「あら、怖い顔。冗談じゃない」

 掴まれた手に反対の手を添えて、トキは灯を見つめた。


「あたしは、灯さんのものですから! 大丈夫です!」

「……! 何が大丈夫なんだ、全く」

 灯は手の甲を口元にやって、視線を逸らした。ふと何かを思い出した表情になり、ジャケットの内ポケットに手を伸ばした。


「お前にこれ――」

 しかし、女郎花がニヤニヤしながら見ていることに気が付いた灯は、言葉と一緒に手も引っ込めてしまった。


「いや、何でもない」

「わかり、ました」

 トキは灯が言いかけた言葉が気になったが、灯が何もないと言うならと頷いた。納得していない頷きを見て、灯は頭をかきながら小声で付け足した。



「あー、後でな」

「あら、ワタシがお邪魔だったかしら? ごめんなさいねー」


 女郎花が二人の間に入り、灯の肩を人差し指でツンツンと突いた。別に、と返しながら灯は肩を動かして避けた。


「ともるん、このあとは本部の案内とそのまま研修で良かったのよね?」

「ああ。俺も今日は何もないからな」

「別に研修はいつもワタシ一人でするんだから大丈夫なのに。心配性というか過保護というか」

「うるさい」


 短く言い放って灯はそっぽを向いた。早速案内へと動き出そうとした女郎花だったが、あることに思い至り、トキに向き直った。


「と、その前に本人に確認よね。トキちゃんはこういうの聞いたことあるかしら?」



『陰陽雑記に云、器物百年を経て、化して精霊を得てより人の心を誑す。これを付喪神と号すといへり』



 すらすらと女郎花の口から紡ぎ出される文言には聞き覚えがなく、トキは首を左右に振る。


「これは、昔の人間がワタシたちについて記した書物の冒頭よ。その内容をざっくり言うと、心を得た物、付喪神が自分たちを捨てた人間に仕返しとして、町を破壊しつくした。そして格上の神によって退治された。って感じね」

「で、再びそうならないための機関が、付喪神統括本部だ。俺たち管理課は情報を管理することが役割だ」

 続きを引き継いだ灯が、女郎花と目で頷き合った。


「トキちゃん、あなたはここ付喪神統括本部・管理課で働きたい?」

 女郎花の問いかけに間髪入れずに答えた。


「はい! あたしは灯さんの役に立ちたいです。一生懸命、頑張ります」

「そう、分かったわ。ワタシたちはあなたを歓迎するわ」

 両手を大きく広げて、女郎花は歓迎の言葉を紡いだ。



「ようこそ、管理課へ」



 よろしくお願いします、とトキがぺこりとお辞儀したのを見て、女郎花が可愛い可愛いと騒いでいる。


 灯は、呆れたようにため息をついた。

「ところでイロドリはどうなんだ?」

「彩って何ですか?」

 耳慣れない言葉にトキが小首を傾げる。それには女郎花が答えた。


「付喪神はね、特殊な能力を持って開化することがあるの。その能力のことを彩というの。彩があった方が本部の仕事はしやすいから、積極的に勧誘してるのよ」

「まあ、イロ持ちはヒトの中では暮らしにくいってのもあるがな」


 能力を持たない付喪神――通称イロなし、は永く在ること以外はヒトと変わらない。工夫は必要だが、ヒトの世界に馴染むことが出来る。反対にイロ持ち、能力のある者はヒトと大きな違いがあり、それが難しくなってしまう。


「で、ワタシの彩は〈彩を撮る〉こと。その子は彩、つまり能力を持っているのか、持っているならどういう名前なのかをこの目が写すのよ」

「つくづく管理課らしいイロだよな」

「褒めてくれてありがとねー」


 女郎花は灯の頭を撫でようとしたが、するりと避けられてしまった。肩をすくめて少し不満げな顔をしていたが、すぐにトキに向き直って手招きした。


「トキちゃん、こっち来てちょうだい。そうそう、そのままワタシの前に立ってて」

 女郎花は左手を腰に当て、右手のピースサインを目の横に持ってきてポーズを決めた。シャッターを切るようにピースを閉じた。そして同時に、この決め台詞。


「はい、チーズっ!」

 トキはよく分からないままに笑ってみた。


「毎回思うが、そのよく分からん動き必要なのか?」

「必要かって言われたら、まあなくても彩は見れるけど、こういうのは形が大事なのよ!」

「そういうもんか? で、どうなんだ?」


「あるわ。名称は、〈過去をみる〉ですって。でも一気に色々話しても混乱しちゃうから、詳しい話はまた今度ね」

「はい、分かりました」

「少しずつ知って、覚えて、身につけていきましょう。さあ、まずは本部の中を案内するわよー!」

「おー!」


 女郎花につられてトキも右手を突き上げた。


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