裏切られたあとで。

タッチャン

裏切られたあとで。

「行ってらっしゃい。」

「あ…あぁ、行ってきます…。」


(…コウスケ君、やっぱり怪しい。)

ユキは旦那を見送った後、心の中で呟いた。

この1ヶ月間、彼女は旦那を隅々まで観察していた。

その観察の結果彼女は1つの答えにたどり着いた。

浮気だ。彼女はこの日、確信した。

初めは些細な事だった。

彼は機械なのではと疑う程、毎日仕事が終われば必ず同じ時間に帰って来るのだが、その日は何故か、

1時間も遅れて帰ってきたのである。

この時の彼の言い訳は「珍しく残業があってさ」だった。彼女はそれを心から信じれなかった。

うわべでは優しく微笑みながら、

「うん、今日もお疲れ様だね。」と世の男が言われて嬉しい言葉を言いながら心の中では、

(本当に?付き合ってた頃から残業だなんて言った事

 無かったのに。……なにかあるな。)と心の中で呟いていた。

その日から彼は毎日、きっかり1時間遅れて帰って来るようになった。

そして彼女の疑惑を少しずつ固めて行く事になったのは、休日または仕事から帰ってきたあと、家の中にいる彼の動きはよそよそしかった。

会話もろくすっぽ続かなかった。

挙動不審そのものだったのだ。

いつもならスマホを机に起きっぱなしでトイレや風呂に行くのだが、最近の彼はどこに行くにもポケットにスマホを忍ばせて、肌身離さず持っていた。

彼の様子を見る度、彼女の中ではパズルの様に疑惑が1ピース1ピースとしっかり収まっていった。


仕事に行く彼を見送った後、キッチンの側に置いたテーブルに腰かけてため息を漏らす。

真実を彼の口から聞き出さなくては。そして最悪の結果、私の想像通りなら彼と別れなくては。と彼女が小さな頭を回転させて考えていると、

彼女の心の中からもう一人の自分が話かけてきた。

(すぐに別れるって極論かもよ?たった1度の過ち

 じゃない。赦してあげなよ。彼の事好きでしょ?

 あんなに優しい男って中々いないよ?)

彼女は答える。

(いやいや、赦せないから。浮気なんて絶対だめ。

 まぁ、確かに優しいけどさ…一度も喧嘩した事ない

 し、未だにユキさんってさん付けで呼ぶし…

 料理も作ってくれるし…毎日有り難うとか、

 好きだよって言ってくれるし…優しいけど…

 好きだけど…………………やっぱり赦せない。)

2分で彼女は結論を出した。


ユキはカレンダーを見た。

明日がコウスケとユキの誕生日だった。

珍しい事に彼らは同じ誕生日だった。

彼女は彼にネックレスを買ってあげるつもりでいた。

小さな本棚から雑誌を取り出し、1ページだけ角が折り曲げてある所を開くと、そのページにはピカピカに輝いているネックレスがでかでかと載っていた。

彼女はそのページを引き裂いて、力の限り小さく丸めて、ゴミ箱めがけて投げたがそれは入らなかった。

ゴミを拾いに行く彼女の目には涙が溢れていた。


「ただいま…」

夜になり、彼は帰ってきた。きっかり1時間遅れて。

「…おかえりなさい。」

彼女の目はまだ赤かった。

彼女は彼を出迎えて、彼が来ていたコートを受け取りクローゼットの中へ仕舞おうとした時、内ポケットに感触を感じた。

彼女はそれを取り出した。見てみた。爆発した。

「コウスケ君!これ誰よ!この名刺に書いてある、

 ミズノヨウコって誰よ!やっぱり浮気じゃん!」

彼はたじろぐ。目は泳ぐ。体は震える。

「やっぱり浮気だったんだ…なんでよ…」

彼女の瞳からまたも大きな粒が垂れ落ちる。

「ユキさん、聞いて。浮気なんてしてないよ。」

彼は彼女の涙を見た瞬間、落ち着きを取り戻して言った。

「じゃあ…なんなのよ。これ……誰よ…説明してよ…」

彼は言った。

「ユキさんならその名前知ってると思ってたけど、

 知らなかったのかな?ほら、ユキさんが見てた

 雑誌だよ。ネックレスを作ってる銀細工師の。」

彼女は彼の優しさに満ちた目を見ていた。

「僕の同僚がその人の親戚でね、頼んで貰ってさ、

 特別に作ってくれたんだ。ごめんね、本当はさ、

 サプライズで明日渡そうと思ってたんだけど、

 僕ってこうゆう事苦手じゃん。そわそわしちゃって

 変な誤解させたね……ユキさん、ごめんね。」

彼はそう言って、ポケットから小さな箱を出す。

蓋を開けると光輝くネックレスが収まっていた。

「少し早いけど、ユキさん、誕生日おめでとう。

 心配かけてごめんね。心から愛してるよ。」

またしても彼女の瞳は涙で溢れた。

だがその涙には裏切られた悔しさや、憎悪は含まれていなかった。

それは幸せに満ちたものだった。

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裏切られたあとで。 タッチャン @djp753

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