『Brilliant Winter』外伝「偶然と必然。そして奇跡と運命」

こうやとうふ

偶然と必然。そして奇跡と運命。

「私、ヴァイオリニストになります!!」


彼女の第一声はそれだった。


高校二年の四月。

クラスが変わり、慣れない自己紹介を見知らぬ人と交わしつつ、のらりくらりと厄介ごとを躱したと思ったら。

まさか、クラスの人間全員の前で自己紹介をすることになるとは思わなかった。

「あ、えーっと、瀬海修一せうみしゅういちです。趣味は、音楽を聴くことかな? ……よろしく」

よし。上手くいったかどうかは分からないが、なるべく目立たないような自己紹介ができたぞ。

そんな風に思っていたら、彼女が来た。


一目見て、違う世界の人間だと分かった。

黒い髪は艶があり、美しい。

お日様のような笑顔を見る者をたちまち魅了し……でも結局は太陽だから焼き焦がし、その目は強い意志で爛々と輝いていた。

初日からヴァイオリンケース片手に悠々と廊下を歩く姿もまた美しく、クラス内外問わず彼女に一目惚れした人間のなんと多いこと。


「……はぁ」

で、その彼女は今、僕の真ん前にいるわけで。席の名前順で座るから彼女が前にくる。

「ぐぬぬ……」

「ムキィーーー!!」

周囲の男子陣からの嫉妬の眼差しが痛い。

ぐぬぬとかムキィー!って言う奴は初めて見たけど。


「じゃあ、次。えー、周防綾音すおうあやね

「はいっ!」

担任の指名に、教室の中によく通る、明るくて如何にも自身満々な声が響く。

ガタリ、と椅子が揺れて、彼女はゆっくりと立ち上がった。

すうっと息を吸い込んで第一声。みんなが身構えた。


「私、ヴァイオリニストになります!!」


「ん?」

「はっ?」

生徒の中に謎の緊張感と動揺が走る。僕もあまりに突然のことだったので全然意味がわからなかった。

その原因である張本人は、特に気にすることもなく自己紹介に移った。

「周防綾音です。身長は159センチ、体重は秘密。好きな食べ物はチョコレート、嫌いな食べ物は生魚かな? 好きなゲームはアクションゲーム、苦手なゲームは怖いやつです。

趣味は、さっきも話した通りヴァイオリンを弾くことです!……あ、そうだ! そこのあなた!!」

よく喋るなぁ。素直に感心する。

よくもまぁ、あそこまで加減なしで喋り倒せるものだ。加減なさすぎて、あざとさすら感じる。

って、なんだ、彼女が僕の方を向いている。

「ねぇ!! ちょっと、聞いてる!? そ・こ・の・あ・な・た!!」

「……な、なな、ナンデショウ?」

えっと、なんで僕の顔を覗き込んでるんだ?

っていうか、近い近い!!

「う、うわぁ!!」

僕は慌てて椅子を引いて回避する。その態度が気に食わなかったのか、周防さんは不満気な顔をしてむくれていた。

「ぐぬぬ……」

「ムキィーーー!!」

「モーッ!!」

あと、男子陣からの殺気がスゴイ。というか、誰だよ牛の真似をした奴は。


「あなた、音楽を聴くのが趣味なんだって?」

「え、あ、いやぁ……」

「さっき自分でそう言ってたでしょ?」

「え!? あ、まぁ、そのぉ……」

問い詰められるごとに顔が近くなってくる。僕は顔から火が出るくらい恥ずかしくて、答えが上手く出ずにしどろもどろ。穴があったら入りたい!!

「どっちなのっ!! はっきりしなさいよ!」

「えーっと、……好き、です」

彼女はドキッして僕の方を見た。頬を赤らめて口元を覆いながら僕の方を見ている。

「……そ、そんなの早すぎるわっ!!」

「勘違いしないで音楽の話だからッ!!」

机をバンッと叩いて立ち上がる。

「……っ」

少し冷静になって辺りを見回すと、僕と周防さん以外全員が呆れかえっていた。

「……で、その話とバイオリンがどう関係あるの?」

僕は出来るだけ無関心を装いつつ、席に座り直した。彼女はよくぞ聞いてくれました!と机に立って、胸を張りながら満面の笑みを浮かべていた。

「……ズバリ、好きな曲は?」

「……G線上のアリア、かな」

「んー、ベタだけど、良いわね。私も好きっ!」

彼女は机に立ったまま、ケースからヴァイオリンを取り出して、構えた。

全員が息を呑んだ。それだけ様になっていたからだ。

そして、弓を弦に持って行き、耳が痛いくらいの静寂の中で弾き始めた。


「……」

言葉を失った。この後どうなるんだろうとか、そういう余計な思考が一切合切吹き飛んだ。

それほどまでに素晴らしく、まさに圧巻の一言。聴く者全ての心を鷲掴みにして絶対に離さない、周防綾音というヴァイオリニストが、そこにいた。


「……どう? 素晴らしかったでしょ?」

先程までの真面目な顔つきは何処へやら。すっかり弾く前の天真爛漫な笑顔に逆戻り。

でも、弾く前と後では評価は真逆だ。


ここに、僕の席の真ん前に、天才ヴァイオリニストがいる。


その事実に打ち震え、僕はその日の放課後、一人だけ抜け駆けして彼女に会いに行った。


僕一人だけが抜け駆けできた理由は他でもない、告白してくる数十人の男子に向かって放ったこの一言だった。


「あの、私は奇跡とか運命とか、そんな眉唾もの信じてないの。……この世にあるのは偶然の必然だけだもの」


「……あの、周防さん!」

校門に向かおうとする彼女を後ろから呼び止める。彼女は片手に持って肩に担いでいたヴァイオリンケースを下ろし、僕の方を振り向いた。

「あら、後ろの席のあなた」

「ど、どうも」

「うん、こんばんは。……あ、そうそう! 今日のあなたの選曲、中々にベターだったわ!」

こうやって面と向かって褒められるとなんだか恥ずかしい。出来るだけ平静を装いつつ、会話を続けようと試みた。

「す、周防さんこそ。演奏、凄かったよ」

「お褒めにあずかり光栄ね。気に入って貰えたかしら?」

「うん。気に入ったよ、すごく」

「そう」

彼女が目を閉じて、開く。まるで僕の言葉を胸の中で反芻しているかのように。

「……だったら、また聞きにいらっしゃい? ……ううん、聞きに来るんじゃないわ。リクエスト、くれないかしら?」

「リクエスト?」

「ええ。……瀬海修一さん。あなたを私のファン第一号に任命します! 光栄に思いなさい?」

僕にビシッと人差し指を突きつけた。ケースを持っているのとは反対の手で。

「うん。本当に光栄に思うよ、周防さん」

彼女はその言葉に満足気に微笑んで、また校門の方へと歩き出した。僕も遅れないように歩幅を大きくして彼女のスピードに合わせる。

「さて、そうと決まれば練習練習! ……あなた、今日時間ある?」

「あるけど、どうするの?」

「近くの公園で練習ね! 曲はもちろんあなたが決めるのよ?」

「あ、うん。でも、練習って何か大会とかあるの?」

そう言うと周防はおかしそうに笑って、僕より一歩多く先に進んだ。

「違うわ。まぁ、当たらずとも遠からず、かしらね?」

「当たらずとも遠からず?」

「……文化祭よ」

僕は一瞬、耳を疑った。文化祭って、まだ何ヶ月も先なのに。

「こんな早くから!?」

「当たり前よ。私のヴァイオリニストになるための布石なんだもの。……ファン一号のあなたには、最初から最後まで付き合って貰うわよ?」

肩を掴まれ、耳元で囁かれた。少しくすぐったいその声は、どこか甘い感じがした。

「……さて、練習よー! オーッ!!」

「ま、待ってくれよ……!!」

僕が呆けている間に、周防さんが拳を上げて走り出した。

全く、これからどうなるのか。

薔薇色の未来からはきっとほど遠い。

前途多難だろうけど、不思議と胸が高鳴る。


まだ見ぬ、奇跡と運命の物語があることを、僕たちはまだ知らない。

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『Brilliant Winter』外伝「偶然と必然。そして奇跡と運命」 こうやとうふ @kouyatouhu00

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