首輪

「リョージ、そっちどうだ?」

「見つからないっスね。公園のネコが歩きそうな場所を回ったんですけど」

 数日前にクライアントから猫の捜索を乾加持紀は任され、良二も同行することになった。スポーツジムのちょっとした出来事から数日後のことである。

 柳田良二という青年が来てから、一週間になろうとしていた。

 

 クライアントから渡されたネコの写真を睨みながら、良二は怪訝そうな顔をする。

「ホントにこの写真のネコなんっすよね?」

「間違いないって。この辺のボスのぶちネコで通るくらいなんだ!」

 身体に黒い斑点はんてんの入ったどこにでもいるネコが写っている。首には鈴付きの緑色をした首輪が、どう見ても猫の顔、体型に似合わない恰好で巻かれていた。

 加持紀は少し焦っていた。同じクライアントのネコの捜索を以前にもしたときには、運よく一日で見つけることができたのだが、今回の場合2日もすでに捜索していたからだった。

 公園のベンチに腰を掛け一息つき、猫を誘い寄せた方が手っ取り早いかもしれないと、加持紀は公園に良二を残し事務所へと戻ろうとする。

「乾さん、どこに行くんですか?」

「一度、事務所に戻る。お前は引き続きネコの目撃情報を集めてくれ!」

「乾さん!」

「すぐ戻ってくっから!」

 そういうと、加持紀は駐車場へと向かった。




「あら、乾さん。猫はみつかったの?」

 事務所に戻るなり鮎峯あゆみねカンナが話しかけてきた。加持紀は彼女の問いには答えず、事務所のおくに設置されているキッチンへと入っていった。いぶかしく彼の動きをみていた彼女は、キッチンから聴こえてくる物音に首を傾げていた。

 物音がやみ、加持紀がキッチンスペースから少し膨らんだビニール袋を手に持ち、事務所を出ていこうとする。自信満面の笑みを浮かべ、鼻歌まで歌っている。

 カンナが加持紀にたずねた。

「猫の捜索、どう? そういえば、あの良ちゃんが見えないけど」

「ああ、リョージなら、公園においてきた。これからネコの捕獲作戦だ!」

「捕獲作戦?」

 ビニール袋を見つめつつ、不敵な笑みを彼は浮かべた。



 加持紀は良二の待つ公園へと再び向かった。駐車場に車を停め、良二のいるであろう場所まで歩いていく。歩いていく最中、どこからともなく数匹の猫たちがあらわれはじめた。

 加持紀の持っているビニール袋が目的なのか、魚の匂いがあたりを漂わせている。

「乾さん。今、犬の散歩をしている人に写真を見せて訊いたんですけど、黒ブチのネコを目撃したって人が公園の東の林にみたって」

「東の林? 最初に捜してたところだよな?」

「ええ、どうやら目当てのネコは、賑やかなところをわざと避けてるっぽいっスよ」

 良二は加持紀の持っているビニール袋を訝しんだ。

「何スか? そのビニール袋?」

「これか? 押してダメなら引き寄せようと思ってな」

 加持紀の後ろに野良猫が数匹匂いにつられて寄ってきている。

「ひょっとして、魚?」

「ご名答! お前、勘がいいな」

「でも、うまくいきますか?」

 良二は苦い顔つきをする

「だめもとさ。もう一度東の林の方に行ってみよう」


 草木に囲われた大きい石の上に黒ぶちのネコが、体を丸め気持ちよさそうに眠っている。加持紀は猫をじっと見て、写真と見比べていた。クライアントの捜していた猫に間違いがなかったのだが、奇妙な点にきづいた。

「……」

「クライアントのネコに間違いなさそうですけど、鈴付きの緑色の首輪がないっスね」

 加持紀は誰かが故意に外したか、あるいはまったく別の猫であるかの推測をした。

「捕獲しましょうか?」

「まだだ、首輪のことはクライアントにどう説明する? 俺たちは金をもらって捜索を依頼されているんだ!」

「でも、また移動されたらみすみすチャンスを逃すことになりますよ。とりあえず捕獲だけはしたほうが」

「わかった」

 加持紀は良二に言いくるめられ、ビニール袋から野良猫の餌となる魚の小間切れを紙の皿にもった。

 野良猫たちがさらに集まりだす。黒縁の猫も匂いを嗅ぎつけたのか、ゆっくりと野良猫たちに混じり、小間切れの魚を食べはじめた。

 黒縁の猫を抱き上げた加持紀にひとりの老人が近づいてきた。白髪の容姿に身をつつみ、顎髭を立派にはやしている。手にはこげ茶色の杖をしっかり握りしめ、足取りも強かった。六十代後半というところだろうか。

「あんたか、その猫の飼い主は?」

「じいさん、この猫のこと、知っているのか?」

 老人は加持紀の言葉に反応したのか、懐から緑色の首輪をとりだした。

 加持紀と良二は首輪に反応し見合わせる。同時にふたりは声を上げた。

「首輪!」

 声がシンクロしたことで加持紀も良二もさらに驚いた表情になる。


「つい2、3日前にここへ散歩に来た時にな……」

 老人は黒ぶちの猫と出会ったこと、その首輪のことを加持紀たちに説明する。

 話によると、猫に餌を与えている最中に首輪が何かの拍子で外れてしまいそのままになったという。残念ながら、鈴は見つけることはできなかったらしい。

 ちょうどその時に、居合わせていた老人が目にして、緑色の首輪を預かったということだった。

「そうか、そうか。この猫の持ち主から依頼を受けて捜していたのか」

 老人は顎髭をもてあそびながらニコニコとほほ笑んだ。

 加持紀はキャット用のカーゴに黒ブチの猫をおさめた。彼からまだ魚の匂いがするためか黒ブチの猫は逃げるどころかおとなしくなっている。

「お前のご主人が探してくれたんだとよ。よかったなぁ」

 老人はカーゴに入った猫に話しかけていた。


「それじゃ、じいさん、俺たちはこれで失礼します」

「おお」

 加持紀が歩みだそうとしてその場で止まり、引き返してきた。

「じいさん、何かあったらここに電話してくれ! じいさんなら安くしとくよ」

 加持紀は懐から名刺をだすと老人に手渡した。

「カツアシ探偵事務所?」

「ああ、それじゃ」

 加持紀と良二は、車のある駐車場へとむかった。



「なぁ、乾さん……」

 良二が話しかけてきた。

「あん? なんだ?」

 煙草を口にくわえポケットからライターを取り出そうとしていた。すぐさま良二が、マッチを擦り加持紀の煙草に火をつける。さらに自分の煙草にも火をつけた。

 猫の入ったカーゴを目にしながら、

「こいつの飼い主が捜しに来ること、あのじいさん、事前に知ってたんすかね。大概、猫って飼い主から離れると戻ってこないってこともあるみたいっすけど」

 口から煙を吐き、どうでもいいような表情を加持紀はみせた。

「さあな、猫っていうのは人生気ままに歩き回っているからな。猫本人に直接訊いてみないとわかんねぇかもな」

 良二の疑問に応えた加持紀だが、もう一度あの老人に会うことがあるなら、その時に訊いてみるのも面白いのでは、と車の灰皿入れに煙草をねじ込みエンジンをかけた。

「リョージ、いくぞ。乗れ!」

 良二は2,3回煙草を空に放つと車に乗り込んだ。


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