第2章 エンカウンターウィズバイオレンス
第14話 異世界懺悔のスイチン
「……ったく、あの宝石売っぱらえば山賊退治なんかしなくても済んだのに」
ぶつくさ言いながらも、
アンヴァが用意した地図を参照しながら、追い剥ぎが出るという地域までテクニカルを走らせる。追い剥ぎを退治に行くと言っても、メンバーはこんなだ。
“すれっからし”アンヴァ
“金剛鉄鬼”ゴルガス
“無双烈姫”ファンローラ
“異世界只者”アマト
という異色の組み合わせである。
レベルキャップとなっているがこのパーティの戦闘力はべらぼうに高い。
特に、“無双烈姫”ファンローラはゴブリン並みの知力でも一騎当千だ。
ゴルガスも近隣を荒らし回り、腕力で百人規模の盗賊団をまとめた男である。
追い剥ぎ退治には
ちなみに、この四字熟語は牛を殺す牛刀を使って鶏を割くオーバーキルを意味する故事成語である。『論語』に出てくる。
テクニカルのエンジン音を響かせると警戒されるので、一旦街道脇に止めた。
これを草木で覆ってカモフラージュする。この辺のこともゴルガスがするので、アマトはほんとにそのへんの葉っぱを集めてくるだけだ。
その植物もなんか育成状態が悪い。《大触壊》の影響だろうか?
「僕、現代日本からきたアドヴァンテージないな……」
やっていることは、基本雑用である。
異世界に来たら、もっとこう無双させてもらえるものだと思っていた。
「おい、ぶつくさ言っとらんで真面目に働け」
「は、はい……」
ゴルガスにも怒られてしまった。これも相変わらず怖い。
すごすごとアンヴァの側に寄る。
「この辺に出るらしいけど、“無双烈姫”と“ 金剛鉄鬼”がいたら普通は逃げるわね」
「やっぱり、ふたりとも名は轟いてるんですかね?」
アマトがアンヴァに問うた。
何当たり前こと聞くんだという顔でアンヴァは答える。
「そりゃあね。あのアダマンテス大王の娘がこうして出没したってだけで噂になってるし、“金剛鉄鬼”ゴルガスっていったら、この辺でも大きな盗賊団だったし」
「あの? あのっていうのは、どういう……?」
「泣く子も黙るわよ、アダマンテス大王って言ったら」
「……それ、ファンローラの父親のことですよね?」
「そうよ、このクエストランド大陸を統一した恐怖の大王よ……」
アンヴァも、身震いしながら言っている。
大王と言うだけあって、大陸の統一という偉業を成し遂げているようだ。
ゴルガスの話だと、その王様も“神眼魔王”とかいう魔王に殺され、そのときに《大壊触》なる文明崩壊が起こったという。
でも、恐怖の大王ってなんだ? 不穏当な二つ名である。
そういえばファンローラを狙ってきたマインとかいうショタキャラも“神眼魔王”がどうのこうの言っていたなと思い出す。
なんだか壮大な背景があるようだが、今アマトたちがやらねばならぬことは、街道に出るという追い剥ぎ退治である。
「……げひゃひゃひゃひゃっ!」
街道の向こうから向こうから、下卑た笑い声が響いてきた。
数名いるようだ。ゴルガスの部下みたいな連中だろうというのが想像できる。
すでにファンローラがやる気になっている。目つきの鋭さが増していた。
「ファンローラ、まず様子とか見たほうがいいと思うけど」
「まず、ひと当たりして威力偵察ですね、さすがは勇者様です」
威力偵察というのは、まず戦ってみて相手方の実力を図るというものだ。
相手に察知される前提で攻撃し、反撃の具合から強さを図るのである。
基本、ファンローラは発想が物騒だ。
「いや、だからまず隠密偵察なんじゃないかな? ……あっ、待って!」
止める間もなく、ファンローラが向かっていく。
声のする方では、数名のいかにも世紀末な恰好をした連中が、旅人風の男女を取り囲んでいた。
「ぬあぁにぃ? 金を出せないだとぉ?」
「む、村に残してきた子供が病気なんです! 薬を買いに行く途中で、これがないとあの子は……!」
「げひゃひゃひゃっ! ガキくらいまた作りゃあいいだろ! どうせ助からねえぜ。なんだったら、俺がガキを孕ませる手伝いをしてやってもいいんだぜぇ?」
「そりゃあいい! 俺は二番目だな! たっぷり奥さんをかわいがってやらあ!」
「げひゃひゃひゃっ!!」
どうやら旅人は夫婦らしく、そこを襲われたようだ。
事情があるようだが、追い剥ぎには関係がない。
金目のものと、まだ若い人妻さえ手に入ればそれでいいようである。
品のないからかいの言葉を浴びせ、蹂躙しようという気だ。
そこに、つかつかとファンローラが入っていく。
「な、なんだ? おめえ……」
追い剥ぎたちも突然のことに言葉を失って呆然としている。
これから暴力で奪うものを奪ってしまおうというタイミングで、妙に可愛らしく着飾ったお姫様が無言で割り込んできたら面食らうだろう。
「もう大丈夫です。怖かったですね。さっ、わたしの後ろに」
ファンローラが旅人夫婦を背に庇う。
ようやく状況を理解した追い剥ぎたちが、邪魔に入った姫君相手に凄もうとしたその途端のことであった。
「なん……ぶべらっ!?」
『なんだお前は?』と言いかけて、そいつの顔面が陥没した。
ファンローラのヤクザキックがもろに決まったのだ。
続いて、ふたりが同時に倒れる。左右の脚が、空中で同時に放たれたのだ。
着地と同時に回し蹴りが決まったようだ。ようだ、というのもアマトの目には何がか過ぎったところまでしか見えなかったからである。
あっという間に、残りひとりだ。この間、3秒かからず。
「え? お、おい……?」
「懺悔の時間を与えます。わたしの脚が十の時を刻む合間に、おのれの罪業を洗いざらい悔いれば気が変わるかもしれません」
そう告げて、ファンローラは、たんっ、たんっ、と右足で地面を踏み鳴らす。
まるで打楽器を打ち鳴らすように。
「ま、まさか……む? む、むむむむ“無双烈姫”!? どうしてこんなところに……!」
ファンローラの轟く悪名に、追い剥ぎは戦慄した。
その脚、ひと薙ぎ一殺必倒、紫電のごとき疾さにして躱す者なし――。
「よいのですか? 悔いなくて。この足踏みが終わるまでが猶予ですよ」
「ま、待ってくれ! お、俺なんて、ちんけな追い剥ぎだ……せいぜい三人ばかし殺った程度で……」
「七つを数えました。さあ、悔いる時はあと三つ!」
たんっ、たんっ、たんっ、とファンローラの足踏みは、小気味よく七つを刻む。
懺悔の時間を数える地獄のリズムにして処刑のカウントダウンだ。
あと三つ数えるまでが、そいつが生を許される時間である。
「待て、待ってくれ! は、反省する……!」
「三つ、終わりです――」
たんっ、たんっ、たんっ。小気味よくリズムを刻む足が止まった。
ファンローラの脚が最後の三つを数えると、電光のごとく走る。
疾走の勢いのまま、顎に刺すようなトラースキック――!
十の足踏みは、ファンローラが与えた最後の慈悲を意味する猶予である。
ついぞ被害者に詫びる言葉はなかったので、顎を砕くのに躊躇はいらなかった。
仮に命が助かったとしても、そいつは残りの生涯を者を咀嚼できない不具を抱えて過ごすことになる。否が応でも反省を背負うのだ。
ファンローラ、懺悔の時を刻むスイートチンミュージックであった――。
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