魔女管理局と魔女のクルエラ

野良猫のらん

魔女管理局と魔女のクルエラ

「クルエラ、クルエラ。君のことが好きだ。愛してる」


 今日も薔薇の花束を持って彼女――――クルエラの元へと馳せ参じた。

 いつかはこの気持ちが通じる時が来るとは思っているけれど、彼女は今日も顔を顰めている。


「よく言うよ。必要とあらばいつでもワタシを殺せるくせに」


 彼女の返しに、言葉が詰まった。


「……」


「否定しないんだな」


「殺さないとも。君が秩序を守る限りは」


 何とかそれだけ口にして、にこりと笑った。

 彼女は賢いから、オレが魔女を殺すのに慣れっこだって分かっている。


 *


 魔女局とは名ばかりだ。

 良い魔女なら監視するに留め、悪い魔女は殺す。

 一応そういうことになっているが、実際には良いも悪いも区別なくすべての魔女を駆逐して回っている。


 だから、魔女管理局の局員であるオレがクルエラのことを殺そうとしないばかりか、毎日愛を囁きに足しげく通っているのが彼女には解せないのだろう。

 だがオレは信じている。いつかこの恋が実る日が来ると。


「者ども、聞け」


 金髪をきつく結って一纏めにした女性がずらりと並んだ魔女管理局局員たちを睥睨する。彼女こそは魔女を数千と屠った聖剣の使い手、管理局最大の英傑アイネイアスだ。


「10年前、この地を襲った魔女モルガンの大災厄はまだ記憶に新しいだろう」


 魔女モルガン。その名に身体が震える。

 その魔女がどれほどの悪を為したか、忘れることはできない。

 オレ自身もまた、その犠牲になった一人だから。


「もう二度とあのような悲劇を繰り返してはならない」


 モルガンは目の前の彼女、アイネイアスによって討たれた。

 だからもうあの大魔女が直接の被害を及ぼすことはない。


「モルガン亡き後も未だなお魔女は数多に蔓延っている」


 アイネイアスの金色の瞳が鋭い眼光を湛えている。


「然らば、悲劇を繰り返さない為に必要なこととはなんだ?」


 彼女の問いに局員が一斉に答える。


「殺害!」

「殺処分ッ!」

「駆逐ですッ!」


 その答えに彼女は薄く微笑んだ。


「よろしい。ならば今日も己の職務に殉じるがいい」

「ハッ!」


 局員たちが三々五々に散っていく。

 俺も仕事を開始しようとしたところで、声をかけられた。


「おい」


 アイネイアス様直々にオレに話しかけてくださった……!


「ハッ!」

「畏まらなくていい」


 彼女がそう言うので敬礼を止める。


「今月の討伐人数、お前がトップだそうだな。よくやっている」

「い、いえ、そんな……」

「頼りにしているぞ。これからも励みたまえ」


 オレの肩をぽん、と叩いて彼女は去っていった。

 彼女に褒められた。そのことに感激の涙が漏れそうなほどだった。

 彼女こそはオレの英雄、オレの正義なのだ。


「へえー、あれがお前の上司か」


 聞き覚えのある声に素早く振り返る。


「な……っ、クルエラ!?」


 麗しい彼女、クルエラが窓の外でにやついていた。

 木に登っている訳でもない。

 その場にふわりふわりと浮いているのだ。


「な、何故こんなところに!? 危ないじゃないかっ!」


 声を潜めながらもオレは慌てる。


「お前のことが分からないからな。独自調査さ」

「クルエラ、とにかく誰かに見られる前に部屋の中へ!」


 窓の外の彼女へと手を伸ばす。

 彼女は意外にも素直にその手を取って、部屋へと入ってきてくれた。

 彼女と部屋の中で二人きりになった。


「それにしてもあの女に犬みたいに尻尾を振って。アレにあんなに従順なのに、どうしてワタシを生かす?」


 彼女が形のいい眉を吊り上げて聞いてくる。

 もしかして嫉妬だろうか。そうだとしたら、少し心地いい。


「それは、」


 愛してるから、と言いかけて止まる。

 それが正確な言葉ではないことは自分が一番よく分かっている。


「……君が良い魔女だからだ。言っただろう?」

「愛してるからとは言わないんだな」


 彼女はまるでオレの心の声が聞こえているかのように、噤んだ言葉を的確に見抜いた。彼女のその賢さが愛おしいのだけれど、同時に苦しい。


「公私混同はしないんだ。それはそれとしてオレは君のことを愛している。それだけだ」


 そう言ってはみたけれど、彼女がその言葉に騙されてくれてないのは目の色を見れば明白だった。

 彼女は気だるげにオレの身体にしなだれかかって真っ直ぐ見つめてくる。

 互いの息が混ざるほどに二人の距離が近づく。


「愛してるならさ――――ワタシを縛り付けて無理やり犯せばいい、そうだろ?」


 クルエラがオレの手を取って、その豊満な胸に押し当てさせた。


「なっ、オレは君にそんなことをしたいわけじゃない!」


 そんな乱暴なものは愛じゃない。

 オレは彼女とは優しく温かい愛を築きたいのだ。


「なら、愛じゃない。お前がワタシに抱いているのは別の何かだ」


 なのに、彼女はそれを否定するのだ。

 優しく温かいものは愛ではないと。

 オレは絶望しそうになる。


 彼女に出逢った日のことを思い出す。

 森の中で水浴びしている彼女の姿を見つけた。

 陽光が彼女の髪を流れ、白い肢体を照らしていた。

 その美しさは神秘すら纏っているようで、オレは目を奪われた。

 オレが無遠慮に彼女の身体を見つめているのに彼女が気づき、オレたちは目が合った。そして彼女は叫び出すでも恥じらうでもなく、ただにこりと微笑んだのだった。


 疑いようもなく、それは一目惚れだった。


「違う、オレは君を愛している!」


 カッとしてオレは思わず、彼女の唇を奪った。

 柔らかな唇の間に舌を挿し入れ、彼女の舌と絡め合う。

 押し当てさせられた手で彼女の胸を揉みしだいた。


「――――ッハァ、やればできるじゃねえか。そういうのがイイんだよ」


 口を離したクルエラは淫靡な銀糸を舌から伝わせながらも、残忍とも言える野性的な笑みを浮かべていた。


 良い魔女など存在しない。

 そもそも魔女と人の善悪の価値観はまったく違うものだから。

 英傑の言葉を思い出して、オレはその場に膝を突きそうになったのだった。


 *


「魔女と人間の善悪の価値観はまったく異なる。相互理解など不可能。故に、魔女は殺すしかない」


 英傑アイネイアスはかつてそう口にしていた。


 アイネイアス、彼女の行うことは正しい。

 オレは心からそう思っている。


 だから、もしもクルエラが悪い行いをすればオレは自らの正義に従って彼女を斬るだろう。それが分かっているからこそ、オレはクルエラに悪の片鱗が見えるのが苦しいのだ。

 愛しい人を斬る日が怖くて。


 愛よりも正義を選ぶと分かっているのに、「愛してるから君を殺さない」とは言えない。愛しているけど君を殺す。それが正しい言葉だ。



 そんなある日のことだった。

 小さな村で疫病が流行った。


「くそっ、何もかもが足りねえ……っ!」


 村に行くとクルエラが両手を血塗れにさせていた。


「クルエラ……何をしているんだ?」


 オレは呆然と尋ねる。


「何って、見りゃ分かんだろ! 治療をしてるんだ!」


 疫病にかかった村人の吐いた血に塗れながら、彼女はをしていた。


「クルエラ……」


 オレは彼女に近づく。


「良かったら手伝っ、」


 鞘から抜いた剣を振り下ろし、彼女の腕を斬り落とした。


「クルエラ、駄目だ。それは悪だよ」


 自然に死に向かいつつある生命を、彼女は平然と引き延ばそうとしていた。

 やはり魔女は絶対的な悪なんだ。

 良い魔女なんて、いない。


「あぁ、ァ……! なんで……ッ!」


 クルエラが悲痛な顔でオレを見上げる。

 裏切られたのはオレの方だというのに。


「君が悪を為すというのならば、オレはオレの正義を為すまでだ」


 10年前の大災厄。

 それは流行りつつあった黒死病を魔女モルガンが根絶させてしまうというものであった。そのせいで多くの生命が引き延ばされてしまった。このオレも。


「くそッ、お前は話が分かるやつだと思っていたのに……ッ!」

「残念だよ、クルエラ」


 自然に反して生命を引き延ばすこと。

 それはこの世界では悪なんだよ、クルエラ。


 オレはいつものように剣を振り下ろした。

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