ゼンマイ人形は7日目に休むのか?

豊羽縁

1日目午前 砂漠の中を歩くもの



 かつて神は自らに似せて人を創り出した。キラキラと輝く砂の敷き詰められた大地を歩きながら彼女はふと、そのような神話があったことを思い出した。彼女が歩く道はかろうじて歩いた跡があり、砂漠の真ん中のような場所でも迷うことはなさそうに見える。


「まあ、ボクに飢えなんか無いんだけどね」


 歩きながら彼女はそう一人呟いた。辺りは太陽の光が反射し、灼熱の世界になっている。到底、生き物が生きていられる世界ではない。ということはつまり彼女は生き物ではないのであった。



 アンドロイド、人工知能そう呼ばれる存在の中にかつて、カルチャロイドと呼ばれる者達がいた。彼らは人のように喜び、怒り、哀しみ、楽しんむことができ、そこから歌い、踊り、奏でることができたのだ。彼ら、カルチャロイドにより人は自らの手によって表現するだけでなく、代行者を創ることで文化や社会を表現することができるようになった。かつてはパトロンがいなければ成立し得ない例えば演劇やオペラのような物が個人の才能によって複数のカルチャロイドを使うことだけで創り出すことができるようになり、ハイカルチャーは悉く、大衆化してサブカルチャーとなった。文化は盛んになり、表現者は巷に溢れるようになったが人々はこれを時代の変化だと考え、流行だとは考えもしなかった。

 しかし、どんなものにも飽きが来るようにカルチャロイドとそれに付随する文化にも停滞と衰退の兆しが現れた。ある者はカルチャロイドを破壊し、路地裏に投げ捨てた。またある者はカルチャロイドをまるで心の無いモノとして扱い、カルチャロイド達に手痛い反撃を受けた。初めは代行者であり、協力者であった彼らは衰退の始まりからは道具、文化を奪い停滞させる敵対者という扱いに変わっていった。

 そこから始まったのは1つの文化の衰退ではなかった。一部の人達の非人間的な分断は極大化し、世界に広がり世界は割れていき、文明の脅威へとなるのに時間はかからなかった。カルチャロイドという極めて高度なアンドロイドの扱いというデリケートな問題は当事者間の問題から心情の問題となり、感情の問題へと変化した。



 そして遂には極めて高度な無人兵器と同じく極めて高度な有人兵器が電子戦の前哨戦を潜り抜け、ビルの上空でぶつかり合う終末の世界が現れたのだった。核やそれを上回る兵器が空を舞い、地が粉々に打ち砕かれた。ビルは光によって火の柱となり地面は高熱で光輝き、木々は一瞬で灰になり空へ舞っていく。やがて1人の人間と1台のAIが駆ける騎馬だけがそこに残って一騎討ちをした後、大地にはガラスの墓標とガラスの砂が残るだけだった。

 カルチャロイドが現れてから四半世紀後、人類と彼らが作った文明は墓標を残して消えていた。





 砂漠の道を進み、近くの岩山のように残ったコンクリートの建物を目指す。高さは100メートル程、幅は500メートル程度。クレーターの様な跡は有るが中が無事なことをボクは知っている。表面が溶けたコンクリートの壁を抜けて、生きているエアロックを開く。その先には緑の生い茂る林がドーム中に広がっており、その中には小さな家が建っている。様式は19世紀から20世紀頃のものだとデータベースから浮かび上がる。重厚な楢のドアについている淡い金色をしている真鍮製のノブを回して中に入る。


「マスター、帰ってきたよ。起きてる?」


 ボクがマスターと呼ぶ存在、それはボクが知る限り唯一の生きた人間、ボクを起こしてくれた人。だからボクは彼をマスターと呼んでいる。自分の中に定められているカルチャロイドのルールに従ってそう呼ぶ。”マスター“その呼び方をマスターは好まない。その呼び方で呼ばないでくれと何度も言われたため、何度か“ご主人様”、“お兄ちゃん”などと呼んでみたがどれもお気に召さなかった。呼び方の問題ではないらしい。マスターはそのことについてボクが自分から呼びたい呼び方が出来たら、そう呼んで構わないと言って妥協してくれた。だから今でも“マスター”と呼んでいる。納得はしていなさそうだが仕様がない。


 さて、呼んではみたが返事がない。奥の書斎に引きこもっているのだろうか。もしそうなら今日で3週間連続で引きこもっていることになる。これはちょっと由々しき問題かもしれない。ボクと違って運動をしないと筋力が落ちる、落ちるということは運動能力の低下に等しい。いくら外に出るのが危険といってもドームの中くらい散歩しないと外の環境が回復した時に歩けなくなる。そんなことを考えながら、玄関で靴を脱ぎ、本や棚、雑多な電子機器の立ち並ぶ狭い廊下を時には横歩きもして進んでいく。


「マスター!」


 心配しながら奥の扉を開けると――


「ありがとうございます。こんなに壊れていたのに直して頂いて」

「いや、お礼は要らないよ。直したといっても君の近くにあった君のパーツとこの家にある部品を繋げて充電しただけだよ。専門家でもないし―――」


 心配してドアを開けたのにそこには長髪の女性と談笑している彼がいた。少し長めの金髪、ボロボロの崩れた建物から拾ったような白衣、少し割れた眼鏡。正直、文明が終わる前のファッションやモデル、俳優を知るボクからすると身だしなみときちんとしていないことでまるで格好よくは見えない。だけどきちんと髪を整えて、シャワーを浴びて、服を新しいものに変えれば格好よく見えるだろう、贔屓目だが。その彼が女性と話した姿勢のままこちらに振り向いている。まあ、そこそこ大きな声を出したのだからいくら会話に集中していても気が付くだろう。話していた彼女もこちらを向いて、ちょっとびっくりしている。なんだかノックをしなかった自分を思い出し申し訳なくなる。


「マスター、ただいま戻りました。外には特に何か新しいものはありませんでした」


 声を大きくしないように気を付けながらマスターに報告する。私はそのための存在。


「お帰り、薫。怪我はしなかったかい?」


 マスターはボクの調子について聞いてくれた。ボクが頷きを返事にするとマスターは


「驚かせてすまない。紹介しなかった私が悪いんだが、この子は薫。この家に住んでいる子で君の親戚と同じ町の生まれだよ」


 そう言って座っている彼女にボクの紹介をした。まあ、知らない人形が出てきたら驚くだろうから必要なことだろう。座っている彼女はこちらを向いて口を開く。


「私は杜山 みや子と言います。生まれは仙台、育ちは東京、趣味は日本茶と庭園鑑賞です」


 彼女は杜山と言うようだ。ガラスの砂が少し付いているが美しい緑髪に少し破けた和服。どうやら彼女はボクの3世代後、カルチャロイドが一時的な停滞期に入り、生まれた百家争鳴時代のカルチャロイドらしい。百家争鳴時代はそれまでの単に美男、美女といったシンプルなあるいはステレオタイプなキャラクターの需要がほぼ埋まり、美少女だがキャラクターが濃いといった追加要素が求められた時代だった。その中でどのタイプが覇権かを持ち主達が争ったものだから百家争鳴と言ったようだ。結局のところ、粗製乱造の時代になってしまったという悪い面が存在はするがそのおかげで彼女には多くの仲間とライバルができたのだから良かったのだろう。

 挨拶には返事を返さなければ、マスターに紹介してもらったがボクからはしていない。


「ボクは薫、白科 薫って言うんだ。こんにちは杜山さん、怪我は大丈夫ですか?」

自分の名前を名字も含めて名乗る。この名前はマスターに会う前の記憶で覚えているものの1つだ。誰に付けてもらったのかはわからないがとても大切なものだ。


「えぇ、もうおかげさまで。こちらの方に直してもらってほとんど問題なく動きます。まさかカルチャロイドのお医者様がいるとは思っていませんでしたので本当に助かりました。あなたのマスターさんには本当に感謝しかありません」


 杜山さんはそう言って、ボクに対してもお礼を言ってくる。ボクは特に何もしていないし、カルチャロイドの医者をマスターがしているのはボクと関係のない事柄だから、感謝されるのは少し恥ずかしい。


「ううん、ボクは特に何もしてないから。だから気にしないで」


恥ずかしいし、自分では特に何もしていないからそう言った。


「杜山さんはなんでここに来たんだい?」


そう杜山さんに問うと


「私たちの集落を助けていただきたいのです」


杜山さんはこう言って、怪我をしているのにも関わらず、頭を地面に打ち付けた。

これがボクを待ち受ける波乱だとはこの時点では思いもしなかった。ただ、いつもの日常に少し変化があったと思っただけだった。

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