第12.5話 赤と青

 ヨロヨロと男が歩く。赤い髪は濡れ、シャツに薄らと残る朱は水玉の紋様のように彼の服を彩る。ゼーゼーと息を漏らす男は様々な色の光が主張し合う街の外の外、コンクリートで固められた地面へと大の字で寝転がる。


 左手に付けられているブレスレットの三つの石がジャラりとコンクリートに打ち付けられ嫌な音を辺りに残す。


「我の体力もこの程度であるということか。」


 息も絶え絶えな男はそのままうっすらと開いていた瞳を閉じる。そしてそれは朝日が昇るまで開かれることは無かった。



 すっかりと乾いたその体。コンクリートの地面には濡れていた後すらも残ってはいない。男はムクリと起き上がると、大きな欠伸をした後に街の方へと歩みを進める。


「我とした事が、余りにも無防備.......余りにも不用心であったな。」


 男がは自身の顔を右手で覆い、厭な笑みを浮かべる。流麗なその顔立ちに似合わないその笑みを見たものはきっと誰であろうと逃げ出すであろう、まさに悪魔の様な笑み。


「僕じゃなかったら死んでるからね。本当、自分がどういう立場でどういう者なのかくらいちゃんと把握した上で行動してよね。」


 歩く男の真正面。距離は決して近くはないがそこには着物姿の長い青髪の女が立っていた。やれやれとでも言いたげに呆れた表情を浮かべる彼女の首元には四つの石がはめられたペンダントが淡い光を放ちながら揺れている。


「なに。優等生を気取る貴様の地であったか。現世の全てを見通すはずの貴様であれば寝ている我を始末する等造作も無かったか?

ふん、まぁいい。どうであろうと我は既にここにいるのだから貴様は死に際で我と対峙したことを後悔するであろうさ。」


 男は口元を吊り上げて笑う。その目はまるで路傍の石でも見るように興味の無いように、まるで転がる蟻を見るように嘲笑う。狂気に満ちたその雰囲気は周囲の空気を巻き込み伝播していくようにすら見えるだろう。


「君が僕に勝ったことなんて一度でもあったかい?争いはご法度。だとしても君だって薄々は分かっているんだろう?皮肉のつもりだろうけど、僕が優等生じゃなくて君が劣等生。いちいち説明する必要なんてないとは思うけどね。」


 対称的に青い女は何処か慈悲を込めたように。その目は憐れみに溢れ、皮肉の内にも慈悲が見え隠れしているようにすらも感じられた。


「そうか。イーディア、ただこの詰まらぬ大地を巧く育てただけで満足するような下らない命。我がここで貰い受けるとしようか。」


「たった三つ。大地を焦がし、まともに発展させる事すらも出来なかった竜神の面汚しで.......どうやら自分の大地の欠片すらも満足に集められない程度のネルヴァが僕に勝てるとでも?」


 ネルヴァはギリッ.......と口元から音を漏らす。そして突き出した右手を強く握りこんだ。


 グワンと空気が揺れる。


「図星.......でしょ?」


「何故.......」


 イーディアの立っていた場所。そう、立っていたであろうその場所はコンクリートが大きく抉れ砂塵が散っていた。


「現世の全てを見通す眼。だから君の攻撃を予測できない.......なんてそんなこと思ってたんでしょう?単純なネルヴァなら。」


 イーディアは曇りのない笑みを浮かべる。全てを知るようなその口振り、全てが見えてるようなその余裕はネルヴァを焦らせるには充分なものだった。


「貴様.......。我を愚弄するか。」


 ネルヴァは右手を大きく前方へと振るった。ガリィッという音と共にその口元からは赤いものがポツリポツリとその足元を赤く染めて行く。


「闇雲っていうのは怖いものさ。だとしても僕には当たることはない。ねぇ、ネルヴァ。これ以上君がどうこうした所で僕を仕留めるには至らないよ。


僕は別に君を殺してまで神の座に着きたいなんて思っては居ない。だからただ君は降参して、他の二匹の説得に協力してよ。」


 イーディアは両手を広げ、ネルヴァへと近づく。敵意が無いとアピールしているのだろう。その表情にも雰囲気にも偽りの色は見えない。きっと万人が万人、彼女のその行動の前には敵意を失うことだろう。


 しかし、ネルヴァは人では無かった。


「実に下らない。」


 圧倒的に不利であろうネルヴァは彼女のその言葉を鼻で笑っていた。下らない.......と吐き捨てるように言うとまた厭な笑みを浮かべる。


「そう?僕は出来れば他の竜たちを傷付けたくはないんだけどね。でも君と.......うーん、申し訳ないけどヴァイスにも任せられないからもし跡を継ぐとするなら僕が緑ってことにはなるとは思うけど。」


「我はそんなことになど興味はない。」


 ネルヴァの言葉にイーディアの表情は若干の固まりを見せる。


「どういう事?」


 驚きを隠せていないその声色。イーディアは明らかに困惑していた。後継者争いという大義名分の元に何を考えているのだろうかという問い。きっとイーディアの頭にはそんなことが浮かびつつ、その答えすらも理解出来ているのだろう。


「我はただ退屈だった。大地を貰った?

それがどうしたというのだ。こんな下らない人間などという下等な種族を育て上げることになんの意味がある?どう興味を持てという?


我はただ、詰まらなく退屈で興味を持てるものが欲しかっただけなのだ。


しかし、今はどうだ?貴様らと争う理由がある。必要がある。そして我には貴様らに興味がある。光栄に思うが良い.......我はただ貴様を殺す快感を得たいのだから。」


 ネルヴァは恍惚に。嬉しそうにそう語る。視線の先のイーディアには明らかな嫌悪が滲み、憐れみを通り越した感情すらも見え隠れしているようだ。


「君はただの獣.......いや、それ以下だったんだね。僕は君が神になりたい故の行動だと思っていた。君が自分の大地で行ってきた行動の数々、それが僕には見えていたさ。


でもそれもなにか目的がある.......いや、そうあって欲しいと僕は思っていた。事実が違うものだとしても僕達は同じはらから産まれた兄弟なんだから、最低限そういうものなんだって決めつけていた。


けれど、そうじゃなかった.......。君はただ快楽を求めるだけの殺人鬼。人間じゃない分それはさらにタチが悪いし、君はきっと存在してはいけない者なんだって今わかったよ。」


 冷たい。イーディアのその声は凍ってしまったかのように冷たく、無機質に聞こえた。先程までの慈悲は蒸発し、既に彼女の元からは消え去っているだろう。


「酷い言い様では無いか。我はただ他の竜より自身の欲望に忠実で、ただほかの物事に興味が持てないだけと言うのに。


だが良いだろう。貴様の生温いだけの雰囲気が我は本当に気分が悪かった。殺す気で来るがいい。我は貴様が嫌悪するただの獣、やらねば貴様が死ぬまで私は何度でもその首落としに掛かる。」


 イーディアの様子から察したのか、ネルヴァは落ち着いていた。言葉の通り、その首のみを見据えただ抉る一瞬を狙っているかのように。その様子を見たイーディアは何を思ったのか、その目を閉じた。そしてゆっくりとその右手を胸元のペンダントへと伸ばす。


 指先が光る石を優しく撫でると、彼女の背中に青い光が走り前方が大きく歪んだ。表現ではない、空気そのものを引き裂きその波は見えない螺旋となってネルヴァを襲う。


 ネルヴァはそれを予期していたのか、すんでのところで見えない槍を右へと回避する.......しかし、避けたはずの彼の体は槍の通った後の余波に吹き飛ばされ右へと大きく転がる。


「全てがって、神様も随分と曖昧な言い方をするもんだよね。」


 目を見開き、転がるネルヴァの方へとゆっくり歩み寄るイーディアはまた呆れたような表情を浮かべる。


「全くだ。」


 ヨロヨロと力なく立ち上がるネルヴァ。コンクリートに打ち付けられたことで破れかけたそのシャツには新たな朱が滲む。しかしそれは、今までのような外から降り掛かったものではなくゆっくりゆっくりと内側から染み出している。


「貴様には何が見えている。」


「僕には全てが見えている。」


 ネルヴァの問いにイーディアはふてぶてしく答える。


「貴様には何処が見えている?」


「現在の全て。」


 その言葉を聞いたネルヴァは何故か薄らと、笑みを浮かべた。その意味を理解できないのか、イーディアはわざとらしく首を傾げてみせる。フラフラと体を揺らし、ネルヴァは空いてる右手でその顔を覆い笑う。


「壊れちゃったのかい?」


「いいや、壊れるのは貴様だ。非常に残念ではあるがな。」


 ネルヴァはそう言うと右手で鉤爪の形を作り、横一線を薙ぎ払う。振るわれた右手は、異形のものへと姿を変えてイーディアのいる場所へと大きな風を吹き荒らした。


「そんなの、僕には無駄だって事くらい.......」


 目を覆ったイーディアが言いかけた.......が、開いた先にネルヴァの姿が無い。しかし、特に慌てた様子は無くペンダントへ手を伸ばすとその背中には淡い青色をした大きな翼が現れる。白銀の光を放つそれをゆっくりと羽ばたかせると、イーディアの体を加速させた。


 晴天の空。そこには真っ赤な翼と淡い青色の翼。赤を青が追う形だ。


 時速にして数百.......いや、千にすら届くだろう。人間であれば蒸発、龍の鱗を持つ彼等であるからこそ出来る芸当。しかし、赤が失速する。バタバタと苦しそうに羽ばたいていたがそれは徐々に自身の体すらも支えられなくなり、急落下する。唐突にレースは終わりを迎えたのだった。


 轟音。


 タイルを何が破壊するような音が鳴り響き周囲がざわめく。街の中央、たまたまなのか狙ったのか大きく拓かれたその広場の中央を何かが穿った。それは攻撃などではない。


 土煙の中、ゼーゼーと苦しそうに息を漏らす彼はボロボロと崩れ落ちるシャツを破り捨てなんとか立ち上がる。


「生きてたの。分かってはいたけど。というか、その傷はなんだい?まさか、自分の大地の人間にやられたの?」


 イーディアは胸元を指さす。ネルヴァの胸元には大きな傷跡がある。それは月に出来たクレーターの様に大きな衝撃により周囲を削り取られた跡のような。


 笑いながらゆったりと舞い降りるイーディア。その目は可哀想なものを見るようだった。


「イディア様.......これは一体!?」


 緑色の衣服を身にまとった男がイディアに詰め寄る。何が起きたか分からないという不安。首都に突然降った謎の物体と、それを追いかけるようにして現れたその都市の竜神。人々が群がり、問いただすのも無理はないだろう。


「あれはね、僕と同じ竜神。.......いや、それはあくまでも肩書きなだけで実際はただの快楽殺人者。皆も離れていた方がいいよ。あんなのに目をつけられたらどんな人でも殺されちゃうから。」


 集まる人々を追い払うようにしてイーディアは言う。その背中の羽は白銀の光を周囲に溶かしてゆっくりと消えていった。


「殺人者.......殺人.......者?」


「うん、殺人鬼じゃなくてただの殺人者。」


 イーディアは強調する様にそう言い放つ。ネルヴァは奥歯を噛み締め怒りの色を濃くしてゆく。


「我を下等な人間如きと評するか.......我を劣等種である人間と同等であると言うか.......。」


「うん。君は神でもなければただの人。いや、無駄に力を持ってるだけとてもタチの悪い人.......かな?」


 ニッコリと屈託のない笑顔を向ける。言葉を差し替えればそれを別の何かと勘違いする人間はきっと少なくないと思えるほどに純真な笑顔でイーディアは言葉を紡ぐ。そして、だからとイーディアはペンダントに付いた鈍い金色を放つ石を外すと近くにいる緑色の服を着た男に手渡す。


「イディア様!?これは.......。」


「うん。だって僕の相手は三つしか持ってない。何れ神になるかもしれない僕がたかが一介の人間相手に有利状況で勝ったなんて後々の傷になるからね。


そうでしょう?たまたま竜っぽい特性を持ち合わせただけの憐れな人間さん。」


「そうか。それほど迄に死に急ぐと言うならば私は止めやしない。」


「皆、離れて!」


 イーディアの声で近くの人々が逃げる。直後、おぞましい真っ赤な竜の爪が轟音と共にイーディアを捉える。


 凄まじい衝突音。ガガガと鋼鉄を削るような嫌な音と衝撃が辺りを包む。


「近接能力だけ.......それだけは認めるよ。」


 青い竜の腕。細い体から伸びたその左の腕は、三本の大きな傷をつけられ赤黒い液体を辺りに零していた。


「貴様如きが真正面から受けて無事であるほど我の膂力は伊達では無い。雑魚が.......あまり良い気になっていられるような状況では無くなったな。」


 辺りに溶ける赤と青。シュウゥと蒸発するような音と同時に彼らの腕は人間のものへと戻る。


「僕は、全てが見えるって言ったよね?」


「そうだな。」


 だからなんだと言わんばかりにネルヴァは余裕の表情を浮かべる。遠き未来までをも見通す眼を持つネルヴァ。その情報量は決して少なくはないが、対象を選ぶ上にその対象の未来のみしか見ることが出来ないという欠点を持つ。


 全て。そんな言葉に対して最も憤りを覚えているはずであろう彼は、何故か表情を崩すことはない。


「今の全てを視るってことはさ、今までの全てを視てきたってことだとは思わない?」


 対してイーディアはその傷だらけの左腕を抑え、俯いたままだ。しかし、その声色にはゆっくりと威圧の念が込められてゆくようだ。


「何が言いたい?」


「もし、君がここに来ること。君がこの場所に降り立つこと。もし君がこの僕の大地の最も人々が集まる場所に来ることまでを君のこれまでの行動から読んで計画していたとしたら?」


 見上げたイーディアの碧眼にはなにが映っているのか.......それは誰にも分かりはしない。しかし、その正面にいたネルヴァはが一瞬震えていた。


 淡い光と共に三本の螺旋が飛ぶ。空気すら置き去りにするそれは砂塵を舞いあげてネルヴァを襲った。不可避の一撃.......見てから行動など出来るはずもなくイーディアの言葉に硬直したネルヴァが避けられるはずは無かった.......。


「だとしても本質は変わらない。」


 ネルヴァは無事だった。その身に新たな傷は無く飄々と歩いてみせる。対してイーディアは本当に驚いていた様で、歩み寄る足を止め呆然と立ち尽くす。


「何故.......。」


「貴様が甘過ぎる故だ。」


 見ればネルヴァの立ち位置の後方には数人の人間が立っていた。イーディアはネルヴァの行動を読み、不可避の位置に槍を飛ばしたがネルヴァはイーディアの性格を読み絶対に来ないであろうそこへと予め移動していたのだ。


「貴様は全てが見えると言った。しかし、未来が見えている訳では無い。そういうものだから。


それ故に貴様は全てが見えている振りをしているのであろう?だがそれはどう足掻こうと結局は見えていないのと同じこと。たまたま貴様の描いた幻想の幾らかが起こっているからさも見えている様に振舞っては居るが結局本質は何一つ変わってはいない。」


 ネルヴァはゆっくりとイーディアの方へと歩み寄る。鉤爪の形を右手で作る。ギリギリと奥歯で噛み締められた淡い光を放つ石、頬から伝う朱がポツポツと足元に跡を残す。


 何ら今までと変わらない。避けようと、イーディアはゆっくりと後退しながら辺りを見渡す。誰もいない事に安堵したのか、ほっと息を吐き胸元のペンダントに手を伸ばす。


「さ・よ・う・な・ら」


 グワッとネルヴァの腕がその形を変える。それを予期していたのだろうイーディアはその背に翼を発現させて宙に舞う。


 しかし、その腕は正面ではなく真後ろ。そう、先程イーディアの槍を避けるために利用した少女達に向かって振るわれていた。恐ろしいその腕は柔らかい少女の肉体を易々と切り裂き、辺りには細々とした肉片が転がった。真っ赤な液体が広場に張られたコンクリートのタイルの上に散らばり、ネルヴァの後方だけを染め上げている。


 吐き気を催す様な腐臭に鉄分を混ぜた匂いが辺りに広がる。しかし、それを最も吸い込んでるであろう男は満足気に笑う。


「フフッ.......フッハッハッハッハッ」


 高く、高く。誰かに聞かせるように大きくひたすらに男は笑う。小刻みに震えるイーディアを笑っているというのを理解できない者はきっといない。


「お前.......。」


 怒りに震えるイーディア。唯一本気で人間という種族を愛している龍神故の怒りだろう。その表情にも怒りも作り物ではないという事実がそれを表している。


「我を恨むのはお門違いってものだ。貴様は先程私がここに来ることまで読んだ上で行動したと言ったであろう?


ならば自分の大地の人間くらい守り切って見せる程度の余裕を持てないのならば、貴様は神を気取るべきではないのだからな。」


「その通りだ。それでも僕は思ったより精巧には出来ていなかったみたいだ。」


 イーディアは無造作に右手を振るった。異形の腕が大きく伸ばされ、ネルヴァは反応が追いつかない。


「なっ.......。」


 浅い。しかし、その爪は確実にネルヴァを捉えその上裸の胸の肉を抉りとった。鮮血が飛び散る。ハァハァと荒い吐息が聞こえる。それはどちらからもだった。


 欠片の力は本来人間の肉体が耐えられるものでは無い.......それは彼らも例外では無かった。ネルヴァの口元からは液体が滴っているが、それが内なるものかそれとも欠片を噛み続けた結果のものかは分からない.......しかし、どす黒く濁った液体が足元を染める度に彼の生気が失われていくように見えた。


 イーディアはゆっくりと歩み寄る。何度詰めようとそれを阻んで来ていたネルヴァが、今回は一切動こうとしない。だんだんと距離が詰まる。


 きっと彼らの一撃ならば当たってしまえばもうネルヴァには体を守る術すらも無いだろう。だというのにネルヴァは笑っている。壊れている.......先程そう形容されていたが、案外それは間違ってないのかもしれないと思えるほどに狂ったように笑みを浮かべている。


 冷静なイーディアであれば疑問を持っていたかもしれない.......しかし、その足を止めようとはしない彼女はきっともう冷静ではいられていないという事なのだろう。


「空にいた頃は別段お前のことは嫌いではなかったよ。」


「我は貴様の様な優等生ぶった奴には嫌気が差していた。だがそれも今日で終わりだ。」


「そうだね。今日で終わりさ。」


 ネルヴァは観念したのか、動こうとせずイーディアは勝ちを確信したように右手を前へと伸ばしトドメを刺そうとペンダントに触れる。立ち尽くし、俯いていたネルヴァ.......。彼はゆっくりとその顔を上げる。


「貴様のな。」


 その悪魔のような笑みに何を見たか、イーディアの表情が一気に曇る。一瞬、ほんの一瞬。ネルヴァは真横に大きくそびえ立つビルを睨んだ様に見えた。


 イーディアは先程の映像がフラッシュバックしたのか、顔から表情が消える。そしてビルの方へと傷だらけの竜の腕を伸ばした。



 ぐしゃっ



 肉を握りつぶす嫌な音。決して大きくは無いはずの音が何故かいやに響いている。


「全てが見える。敗因はまさにそれだったな。」


「お、お.......前.......。」


 胴体をぐじゃぐじゃに潰されたイーディアが仰向けで血を吐きながらも言葉を吐き出す。既にその体に残された時間は僅かほども無い。


「たの.......む。ここ.......のひ.......とには.......てを.......ださな.......いで.......。」


 なんとか。イーディアはなんとかそう言い切るとそこで力尽きた。ドタ.......。


「我の勝利だ.......。」


 その場に倒れたネルヴァは動こうとしない体を無理矢理に引きずって二度と動くことの無いであろうイーディアの体へと這い寄る。


 ぐじゃ、グチャ。


 イーディアの閉じられた瞼をこじ開け、その奥の碧眼を抉りとる。小さな半球体。


 ネルヴァは恍惚な表情でそれを見つめると、一気に口元へと運び飲み込んだ。そして貪るようにもう片方へと手を伸ばすと同様に眼球を抉りとり飲み込んだ。腕には真っ赤な液体が滴る.......しかし、それも残すまいとネルヴァは執拗に舐め取り、余韻に浸るように空を見上げる。


「い、イディア様.......。」


「イディア様ぁぁぁぁぁ」


「イディア様、死んじゃったの.......?」


 影から見ていたと思われる人間の幾人かが姿を現し、口々に嘆き叫ぶ。そしてそれは波のように広がり広場全体を埋めつくしていく。だがネルヴァはそれを気に留める様子は無くただイーディアの胸元のペンダントを奪い取り、空を見上げている。


「イーディア様を返せ.......。この外道.......。」


 緑色の衣服を纏う男女の数名がその手に幾つかの剣、また鉄の筒に引き金を付けた武器を構える。


「残りの一つ.......。誰だ。」


 ネルヴァは奪い取ったペンダントを咥える。真っ赤な光がネルヴァの体を包み込む。眩しすぎる光に、近くの人間は皆目を保護する。そしてその光が消えた時、ネルヴァはその体を軽々と起こす。


「我は気が長い方ではない。」


 青の地、イーディアが育ててきたその土地には地獄が具現化していた。

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