あの日の空は青かった

夏木


 冷たい空気が身を包む。

 太陽もまだ昇らない時間に目が覚める。そしてせっせと身支度を整え、朝食をとって駅へ向かう。

 まだ時間が早いため、やってくる電車に乗っているのはほんの数人だけだ。どの人も疲れた顔をしている。


 もちろん自分もその一人。

 毎日同じことを繰り返して生きている。

 早く起きて会社へ行き、残業までやって家に着いたらもう寝る時間。

 家に帰ることができればいい方で、深夜まで仕事をすることも多い。そうすると電車もなくなるから会社で寝泊まりすることになる。

 月曜日から金曜日まで、時には土曜日、日曜日にも仕事をする。

 それでも貰えるお金は少なくて、ただただ生きていくのに必死だ。


 そんな生活の中で、自分と向き合う時間なんてなかった。

 だから今、点滴を繋がれ、病院のベッドにいる。

 ハッキリとは覚えていないが、会社で倒れたらしい。

 らしいというのは会社側から支給された携帯に、上司からの怒りの連絡が入っているからだ。

 メールに留守電、どちらにも『体調管理が出来ないなんて、社会人として失格』といった内容が入っていた。


 社会人になって、真面目に働いてきたつもりだ。同期が次々と辞めていく中で、残って仕事を続けてきた。

 上司の『人員を減らしても、成果を上げろ』という無理難題のせいで、手当ての出ない残業をしてきた。難題を突きつけた上司は定時で帰るのに、残ってひたすら働いた。

 その結果が今の状態だ。

 こんな状態になるなんて想像すらしてなかった。



 小さい頃はしっかりとした夢があった。

 野球もサッカーも水泳もテニスもありとあらゆるスポーツ好きで、将来の夢にはスポーツ選手って書いた。

 大きくなったらスポーツ選手になって、お金持ちで楽しく暮らすんだって想像を膨らせていた。

 それがいつしか夢は叶わないもの、現実は厳しいものというのを理解してその夢はなくなった。

 小学生、中学生のときは、友達と遊んでいることが好きだった。ただそれだけで楽しかった。青い空から赤い空に変わるまで、飽きずに外を走り回ったものだ。ずっとこの時間が続けばいいのにって何度も思った。

 高校生からは将来について考えろと言われ、大学生になると人生を考えろと言われる。漠然とした将来設計をしたが、希望の職種に就けなかったためすぐに設計は無駄になった。

 そして今、コンクリートで固められた建物の中で、日々を過ごしている。




 今のこの生活を誰が想像しただろう?

 大人になれば、夢も叶うし、何より自由が手に入ると信じていた。

 結局夢を叶えられる人なんてほんの一握りで、誰にも自由なんてないし、縛られた世界で生きている。

 その縛られた世界は人によって広さが違うのだろう。

 今は身動きできないほどとても狭い。

 もう少しで首まで絞まるところだった。



 もうこんな狭い世界じゃ生きていけないと思って、三年間働いた会社に辞表を出した。

 上司は必死に止めてきたけど、無視した。

 さすがに小さい頃持っていた夢は叶わないけども、大きな空の下で、新しく夢を探してみようと思う。

 後悔はしていない。むしろ胸がスッキリしている。

 新しく仕事を探したりするのは大変だけど、何より子どもの頃のようにワクワクしている自分がいる。

 広がった世界に一歩踏み出せた。


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