第12話 答え合わせとタイムリミット


「人造魔族計画……魔人計画とも呼ばれたそれは、人間を魔族以上の生命体に押し上げる実験だ」


「大層な名前をつけちゃいるが、やることは一つだ。 人間の身体に大量の魔力をぶち込んで強化する、それだけのこと。だがシンプル故に効果は絶大だ……人間の身体が耐え切れれば、な」


「元の上限を大きく超えた魔力を無理に詰め込めば、人間の身体が保つわけもない」


「イメージとしちゃ水袋が近い。容量に合ったものなら間題なく入るが、それ以上となると入りようがねえ。無理に詰めようとすれば袋の方が破ける」


「この場合、『袋』がどんな有り様になるかは……言うまでもねえな」


「成功する可能性が低すぎる上に非人道的だってんで、この計画は実行前に凍結された。 が、諦めてねえやつがいた」


「大戦時のこの街の領主だ。奴は貴族としての権力を使ってあらゆる状況を自分の有利に動かし、裏で計画を実行した。何かに取り憑かれたかのように」


「やつは人体実験を繰り返した。実験用の人間なんざ、戦場を歩けば簡単に手に入れられる時代だったからな。正確な人数はわかっちゃいないが、相当な『失敗』があったことは確かだ」


「失敗続きのクソ野郎が目をつけたのは、 この街の風習だ。感謝祭の趣旨は知ってるな?」


「……そう。守り神に感謝するためのものだ」


「だがそれだけじゃねえ。巫女もだ。神の隣には巫女がいる」


「巫女は神に仕える者であり、神の権能を分け与えられた者。神と人との仲介役」


「やつが注目したのはそこだ。神の力なんてもんを受け人れられるんなら、計画にピッタリだってな」


「その風習を利用しやがった。魔を超えるために神を利用する。巫女に成るための儀式を自分の都合のいいように改竄し、一人の人間の身体に神の力をありったけぶち込んだ」


「結果から言って、その人間は死ななかった。ひどく歪ではあったが、人造魔族が生まれたんだ」


「だが、結局日の目を見ることはなかった」


「元々の儀式を無理に書き換えた結果、魔術回路がボロボロになっていた」


「副次的な効果で身体能力は高いが、身体が魔力に侵されて変質してろくに動けない。しかも魔術は使えねえ。最強の魔術を使う種族を目指したにも関わらずな」


「それだけじゃねえ。細かく挙げりゃキリがないほど、身体も心もボロボロだった」


「実験を受ける前の記憶すらない……いわゆる記憶喪失、胸糞悪い話だ」


「しかも、そのタイミングで唐突に大戦が終わった。何がきっかけだったか、当時、アタシを含めて誰も事態を呑み込めなかった」


「だが、とにかく戦いは終わったんだ」


「屍の山を築き上げて、小せえガキの全てを奪って、結局何にもならなかった。 いっそ喜劇的だ。作り話だったならな」


「そして、それが認められなかったんだろう。大戦が終わって新しい実験こそしなくなったものの、クソ共はその人造魔族を手放さなかった」


「誰にもばれないよう、絶対逃がさないように」


「二〇年間、そいつは閉じ込められていた」


「その人間の過去は消された」


「この土地を象徴する神の力をその身に宿してしまった『元』人間」



「だからあいつは、この街の名前を……アークという名をつけられた」







「……何だよ、それ」


 足元が揺れているかのような錯覚があった。


 ギルド長から語られた話に、ついていけている気がしない。

 何か、事情があるのだろうと思っていた。それが重いものであるような気もしていた。


 だが、こんな話を想像していたわけではない。こんな、出来の悪い冗談のような、街中で噂される気味の悪い都市伝説のような、現実味のない悪夢じみた話を想像しろという方が無理な話だ。

 いっそなにかの物語のようですらある話だが、今の話からそんな冗談が出て来るわけもなく。


 気分が悪い。少女の笑顔に隠されていたドロドロとしたモノに胸を圧迫され、気を抜けばしゃがみ込んでしまいかねなかった。


 けれど、今はそれを耐える。だって話はまだ終わっていないのだから。

 言いたいことは山ほどあるが、ぐっと飲み込んでから話を促す。


「……あいつの事情は、わかった。けど、それと爺さんがどう関係あるんだ」

「シンプルに言うと、巻き込まれた。 偶然、本当に偶然施設から逃げ出したアークと出会ったらしい。それでもって、実験を隠匿したいお貴族様に狙われたと」


 暗い通路に足音を響かせながら二人は進む。

 辺りに薄っすらと棚のようなものが見えるここは倉庫のような場所なのだろうか。そのわりには整理されていない、乱雑とした雰囲気が窺えるが。


「じゃあ、その時に爺さんがアークを助けたのか?」

「違う。あいつは本当に巻き込まれただけでアークを助けられたわけじゃない。実際、アークは一度連れ戻された。一緒には逃げられなかったんだ。確かにその時の騒動がきっかけでアタシ達がキナ臭さを感じたのは確かだが、アークを救出できたのは数年後の話だ。むしろ、口封じされそうになったレイスを逃がしたのがアークだな」

「待ってくれ、いよいよ話がわからなくなってきた」

「安心しろ、こっちも詳しくは知らねえよ」

「おい」

「何か恩があるとは言ってるが……あの頃の話なんざ、自分から好んでしたいもんじゃねえだろ」

「ぐっ……わかったよ」

「とにかく、アークはレイスを逃がした。それからしばらくして計画もバレて、お貴族様はとっ捕まった。当主は処刑、一族からも地位が剥奪されて、デカイ家だったから取り潰しにはならなかったが、ほとんどの権力は失われた。その時に迫っ手もかからなくなったわけだから、レイスを運れ戻すことはできたんだが、肝心の本人の行方がわからなかった」

「逃がしたのはアークじゃないのか?」

「手段が問題だった。こいつだ」


 そう言って、ギルド長が指をさす。

 そちらを見やれば、布を被せられた大きな物体が部屋のど真ん中に鎮座していた。


 訝しげに思って見ている前で、ギルド長がその布を払い除ける。

 その下から出て来たモノを目にして、アキは驚きに目を見開いた。何故なら、こことは違う場所でそれを見たことがあったからだ。


「……これ、実家に置いてあったぞ」


 布の下に隠されていたのは、縦横が二メートル以上ある大きな箱だった。


 緩やかな曲線を描く、前面と後面がやや丸くなった形状と、黒々とした金属質な光沢を放つそれは重厚な素材で出来ているようで、 中心には窓が取り付けられ、内部に入れるようになっていた。

 そしてアキの記憶にある物と同じなら、 中は座席のようになっていて、 いくつかのボタンが取り付けられているはずだ。


「知ってる。おまえがレイスの孫だと確信した決め手の一つだ」

「どういうことだよ」

「こいつは水中用の脱出艇だ。貴族様が作らせた特別製のな。こいつ含めて二機しかない貴重品で、とにかく頑丈に作られてる。 大戦時の技術をこれでもかと使われてな」

「……ああ、なるほど」

「察しがいいじゃねえか。そうだ、レイスはこいつを使って街を抜け出した。追っ手がかかった状態で普通のルートを使えば、確実に外壁で捕まるからな。これしか手段がなかったらしいが……まさか、地下水路から別の大陸まで流されてるとは思っていなかった。そりゃ大陸中のどこを探しても見つからないわけだ」


 そう言って嘆息するギルド長、その言葉にアキは無言で同意する。

 目の前にある脱出艇は確かに頑丈そうではあるが、この程度の大きさで中身の人間が別の大陸まで辿り着いたというのは到底信じられない。


「アークはそうやってレイスが行方不明にならないように、一緒に逃げようとしたらしいんだが……それはできなかった」

「そりゃまた、何で」

「実験の副作用だ。守り神……土地神の魔力を手に入れたせいで、あいつはこの街に縛りつけられている。世界を巡る神だってのに、 無茶苦茶に弄られた街式のせいで土地からの魔力供給がないと生きていけない。あいつはこの街の壁を越えられないんだよ」


 だから、会いたくても探しに行けなかった。 だから、会いたい人を待つことしかできなかった。


 その言葉を聞いて、思い出すのは一緒に外壁の上へと登った時のこと。

 あの時アークは街の外の景色を嬉しそうに眺めていたが、あれはあそこから先に進めない、彼女が手に入れられる唯一の外の景色だったのか。


 彼女は、よく行くと言っていたあの場所で、 外の景色を見て何を思っていたのだろう。

 外の世界への憧れか、自分をそんな身体にした者への恨みか、それとも、 ずっと待っていたという、レイス・フィードのことを想っていたのか。


 だとしたら。


「後はオマエも知ってる通りだ。レイス・フィードは別の大陸へと辿り着き、そこでできた子どもと共にこっちに戻って来た。そしてオマエが生まれて、アタシがオマエを見つけた」


 そして、ギルド長はそれを利用したのだろう。魔力を感じることのできる少女に、ついに待ち人が来たと勘違いをさせるために。


 何故なら。



「レイス・フィードは、俺の爺さんはとっくの昔に死んでるから」



 レイス・フィードは一四年前、アキが五歳の時に死んでいる。


 アキが大きくなってから聞いた話では、 高齢の上、古傷のせいで体力に不安がある中、大陸間の慣れない船旅で病を患ったことが原因らしい。

 何年かの闘病生活の末、アキの物心がつく頃に命を落としたと。

 だから。そう、だから。




 アークは、もう待ち人に会うことなどできないのだ。




「……クソババア。騙しやがったな」

「ああ」

「俺も、あいつのことも騙しやがった」

「ああ」


 そう言って頷くエルザの顔は、相変わらずの無表情。

 その態度がアキの思考を焼こうとするが、手を強く握り込んでそれを耐える。


 会えない人間を待つ者の前に、何も知らない人間を用意する。

 この女傑はそれがどういうことかわかってやっているのだろう。今、誤魔化しを入れずにアキに話をしたのはそのためだ。

 憎まれる覚悟などできているということか。それが何とも気に食わないが、その思惑通りに怒りの矛先を向けるのも癪だ。


 何より、先の話ぶりから見るにギルド長はレイス・フィードの知己だったはずだ。アークのため、というのもあるだろうが、 探し回ったとも言っている。

 曲がりなりにも、自分の祖父とアークを思って行動した相手なのだ。


 結局、舌打ちをーつだけして握りしめていた手を緩める。その行動も何だか子どものようで、余計に苛立ちが増すだけだった。


 それに……。


「話はこれだけだ。もう愛想が尽きたってんなら、今すぐ街を出ても構わない。約束していた報酬も払う。ただし、アークにはこのことを話さないように──」

「まだあるだろ」


 ぴたり、と。ギルド長の動きが止まる。

 それを無視して、 アキは更に深く切り込んだ。


「まだ、話してないことがあるだろ」

「……」

「何で、このタイミングで俺を呼んだ?」


 そう、アークと出会ってからの根本的な疑間は解決した。だが、それに隠された疑問が残っている。


 アキとエルザが出会ったのは数年前だ。一目見て大きな反応を返したあの時からこの筋書きを考えていたというなら、年単位のタイムラグは何なのか。


「俺はギルドに個人情報を登録してるし、 両親もそうだ。アンタの立場なら血縁関係の裏を取るのに、そんなに時間がかかるとは思えねえ。 そもそも、見間違うほどに似てたら血縁じゃなかろうが問題はないんだ。じゃあ良心の呵責に耐えかねて今まで悩んでいた? いいや、アンタはこの手の決断を、やろうと思ったらすぐに下せる。なのにこんな時間が空いたってことは、元々やる気がなかったのにやらなくちゃいけなくなったから……他に、理由があるんだろ?」


 そう、この後に及んで隠していることがある。

 半ば勘ではあるが、何故か確信を持ってそう思えた。


「聞かせろよ。ここまで来て、知らぬ存ぜぬは通用しないぞ」

「…………………………………………」


 しばらく無音の時間が流れて。


 答え合わせの言葉が口から零れた。

























「アークは、 もうすぐ死ぬ」








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