　気が付いたぼくの目に、最初に映（うつ）ったのは……。

　おだやかな陽光（ようこう）と、それをさえぎる何かの影（かげ）……誰（だれ）かの頭（あたま）だった。

　それは、見たことのない、女の人の顔（かお）だった。

　その人は、ぼくの頬（ほほ）に手を触（ふ）れていた。

　嬉（うれ）しそうな声を立てている。ぼくが目を開いたからだろうか。ぼくは、その人に頭をぶつけないように、そっと体を起こした。

　その女の人は、濡（ぬ）れた長い黒髪（くろかみ）を、ふくよかな頬と、小麦色の体に貼り付けていた。真っ黒な目が、吸い込むようにぼくを見ていた。うっすらと開いた唇（くちびる）の間に真珠（しんじゅ）のような前歯がのぞき、知らない国の言葉で歌っているような笑い声を、静かに発していた。

　その人は、上半身に水着を着けていなかった。ぼくは目を反（そ）らした。その人は、下半身に水着を着ける必要がなかった。

　滑（なめ）らかな肌（はだ）の下に、発動機（はつどうき）のように強靭（きょうじん）そうな筋肉のうねりがあった。そこに足はなく、太い筋肉のうねりの先には、イルカに備（そな）わっているような鰭（ひれ）が付いていた。

　彼女は、人魚（にんぎょ）だった。

　ぼくは、驚（おどろ）きながらも、彼女にお礼を言った。

　「助けてくれて、ありがとう」

　その言葉は伝（つた）わったのだろうか、彼女は笑顔になり、ぼくに抱きついてきた！　彼女は、全身で喜びを表（あらわ）していた。

　ぼくは、目頭（めがしら）が、涙でじんと熱くなるのを感じた。

　命が助かって嬉（うれ）しかった、それだけじゃない。こんなにも真（ま）っすぐな好意に出会ったことが、今までなかったのだ。

　ぼくは周（まわ）りを見回した。

　ぼくたちは、半（なか）ば海に沈んだテトラポットの上に横たわっていた。

　ぼくが目指していた沖合（おきあ）いの防波堤は、岸側（きしがわ）が船溜（ふなだま）まりになっており、海側（うみがわ）には、波による侵食を防ぐため、たくさんのテトラポットが沈められている。ぼくたちは、入り組んだテトラポットの隙間（すきま）に隠（かく）れており、ウィンドサーファーたちの視界には、入っていなかった。