九月からがほんとうの海

星向 純

1. 須磨海岸へ

 さわやかな風が吹いていた。


 ぼくは、バスタオルとにぎめしが詰まったバッグを持って、家から出発した。

 龍華橋りゅうかばしを背にし、須磨寺すまでら参道さんどうを下った。なだらざかを降りるぼくに、日差しがりかかった。

 その強さは、真夏まなつよりいくぶんやわらいでいる。


 五叉交差点ごさこうさてんを渡ると、須磨寺商店街すまでらしょうてんがいに入った。

 ぼくは、なおも下っていく。酒屋、寿司屋すしや、喫茶店、洋品店…シャッターを閉じずにがんばっている。

 閉じている店も、月に二日ある『お大師様だいしさま』の日には開店する。近所きんじょに住む善男善女ぜんなんぜんにょが、お寺参てらまいりの後、買い物を楽しむからだ。

 山陽電鉄須磨寺駅さんようでんてつすまでらえき踏切ふみきりを渡る。そこが、商店街の南のはしだった。駅前の本屋は店仕舞みせじまいし、時計店に取って代わられてしまった。


 ぼくはまっすぐに坂をり続けた。

 天神町てんじんまち4丁目の住宅街に入った。瓦屋根かわらやねの家が、三分の一くらい残っている。阪神はんしん淡路大震災あわじだいしんさいを乗り越えたものだ。住宅街の中、ゆるやかにうねる道路を、ひたすら歩く。

 そよ風に、しおの香りが加わってきた。


 住宅街を出た。

 綱敷天満宮つなしきてんまんぐう閑寂かんじゃくなたたずまいを横目に、右折する。ぼくは、多くの車両しゃりょうが行き交う四車線道路よんしゃせんどうろに行き当たった。国道2号線だ。

 その上にわたされている、天神歩道橋てんじんほどうきょうの階段を上る。もうすぐだ……ぼくの心は、待ち受ける喜びに高鳴たかなっている。

 歩道橋を、降りた先には小路こうじがあった。知らなければ見逃みのがしてしまいそうな。そこへ入り込むと、JRの踏切ふみきりに突き当たった。

 遮断機しゃだんきが下りている……早く、早く……上がった。ぼくは、赤茶けた線路を横切よこぎり、その先には……。


 静かで、おだやかで、晴ればれとした、やさしい九月の海が、どこまでも広がっていた……。

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