【完成】

黄金郷にて

 悪魔が作っていたからくりの外装が整ってきた辺りでレコードを止めた。

 そのからくりは俺の姿をしていた。

 いや、そのからくりこそが俺だった。

 俺が執事に作られたことは知っていた。

 王子のために作られたことも知っていた。

 だが、その執事がかつて悪魔だったことは知らなかった。

 俺という存在は、悪魔を辞めた悪魔の苦肉の策だったのだ。

 王子が目覚めたときに傍にいられるように作られたからくり。

 それが俺だ。

 王子は最後の最後で悪魔から愛されていること知った。

 そして目覚めたときも、やはり王子は悪魔を愛している。

 だがそこで悪魔がすでにこの世には存在していないと知ってしまったなら。

 すでに死んでしまったのだと知ったなら、王子は今度こそ狂ってしまうだろう。

 悪魔の心臓を食べ、生まれ変わった王子は今度こそ心無い魔王になってしまう。

 そして理性を失った下等な魔族となれば簡単に殺されてしまうだろう。

 そんな末路など、悪魔は望んでいなかったし、俺も望まない。

 なるほど、そのために俺がいるのだ。

 俺の姿形は悪魔が悪魔だった頃の、若かりし姿を模したものだった。

 俺が知る悪魔の姿はただの老執事だった。

 お陰で俺の姿が執事と瓜二つに作られていたとは全く気が付かなかった。

 かつて存在していた女中たちもそんなことは一言たりとも言わなかった。

 いや、きっと詳しい事情を知る者はすでに残っていなかったのだろう。

 俺はレコードを再生し続けた。

 王子を失ったあとの、悪魔を辞めた執事の生涯を全て見るために。

 全ての記憶を引き継ぐために、俺は記録を見続けた。

 そうして全ての記録を閲覧した俺は、やっと完成した。

 己の名も知った。

 俺の名はリュクス。

 ベリアルじゃあくなものを照らすためだけに在るリュクスひかりだ。

 王子様が目覚めるまで、あと八百六十五年、四百六十一時間、七分、二秒。

 そのあいだはいっそ休止してしまおうかとも考えた。

 だが、それはできないとすぐに思い直した。

 誰が無防備なまま眠り続ける王子を守る?

 機械の体で、眠る時間を必要としない俺しかいないだろう。

 なるほど、機械を用いたのはきっと、この点も考慮したに違いない。

 老いぼれ執事め、やるな。

 この城はもう古城という名の廃墟と化している。

 そして滅亡に至るまでの禍禍しい逸話が人を寄せ付けなかった。

 だが一方で夜盗が隠れ家にしようとしたり、宝探しに人が来たりもする。

 決して油断はできない。

 この城に目ぼしい財宝の類は無い。

 あるとすれば白骨の山と、眠り続ける王子だけだ。

 けれど好き者によっては、眠り続ける美しい王子自体が宝になるかもしれない。

 きっと世に二つと無い、珍しいコレクションに成り得てしまうだろう。

 冗談じゃない。

 俺は王子を守り続けることを決めた。

 王子がまだあどけなく、たどたどしく笑んでいた頃の記録を再生する。

 その笑みを、俺もこの目で見てみたい。

 俺はここにいるよ。

 ずっと傍にいる。

 だからかつて悪魔だった俺も安心しろよ。

 俺は待つ。

 いくらでも待つよ。

 王子がその長い睫毛に縁取られた目蓋を開くまで。

 深紅の双眸が俺を映すまで、ずっと、ずっと待つよ。

 寂しくはない。

 俺には記憶がある。

 何度も繰り返し再生して、眺められる記憶がある。

 そうするうちに、俺はどんどんリュクスそのものになっていけるだろう。

 俺も生まれ変わったんだ。

 悪魔を辞めて、王子のためだけに動く人形になった。

 愛を返す人形。

 それが生まれ変わった俺だ。

 王子の深い傷を癒すには、人間では到底、力不足で。

 悪魔では価値観が深刻なほどに違い過ぎる。

 だから王子が全てのものをただ愛したように。

 ただ単純に愛することができる人形でなくては駄目なのだ。

 それでいつか、悪魔の永い生の中で心が癒えたときには俺を捨てればいい。

 子供は人形を手放して巣立つものだ。

 それまではずっと、ずっと俺が傍にいてやる。

 俺が愛してやる。

 それが悪魔だった俺の、利己的な愛を受け入れてくれたお前への償いになる。

 躊躇うことは何も無い。

 今度はお前が全てを奪え。

 奪うんだ。


【END】

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ELdorado 松本蛇夢 @jam-m

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