双子姫の茶会

 双子の妹たちは一匹の猫を飼っている。

 真っ白く、毛の長い猫で、その瞳は金色こんじきだ。

「ブラン」

 王子はその場に膝を折り、妹たちが口にする名を呼んで招いてみる。

 猫はじっとその場から動かず、王子を見上げている。

 少し笑んで、王子は再度呼ぶ。

「おいで、ブラン」

 猫はそろそろと王子に近付き始める。

 そうして王子は初めて猫を抱き上げることに成功する。

「柔らかい……」

 猫は腕の中で大人しい。

 その白く滑らかな毛並みをそうっと撫でる。

「お兄様。ブランを放して」

 ぴしゃりと妹の声が背後から響いた。

 振り向くと、そこには妹が二人佇んでいる。

 姫が姫に耳打ちする。

「サフィル姉様が怒っているわ。ブランは今朝から具合が悪いの。安静にしてなくちゃならないのよ」

「そうだったの。部屋を抜け出してしまったみたいだから、ちゃんと看ていてあげないとね」

 王子は姫に猫を差し出す。

 姫は受け取らない。

 代わりに隣の姫が無言で猫を王子の手から引っ手繰り、睨みつける。

「ねえ、お兄様。私たち、お兄様のためにお茶会を用意したの。来てくださるわよね?」

「……そう、それは楽しみだな」

 王子は姫に視線を戻し、無理やり微笑んで見せる。

 背を向けて先頭を歩き始めた姫たちは舌打ちをする。

『兄のためのお茶会』は彼女たちの私室で行われる。

 女中たちは下げられ、茶の用意から菓子の用意までの全てを彼女たちが行う。

 王子は席に着いたまま動いてはいけない。

「今日のお茶は西から来た商人から買った特別な香料を配合してみたの。ハーブティーなのよ、お兄様」

 姫が楽しそうに言い、ティーカップには緑色の液体が注がれる。

 湯気が立ち上っており、強い酸性の香りが鼻を突く。

「お菓子はサフィル姉様が一人で作ったのよ」

 姫が姫に耳打ちする。

「キドニーパイなの」

 丸く大きなパイがクロッシュの下から現れ、目の前で切り分けられた。

 中からどろりと、臓物が生のまま流れ出る。

「はい、お兄様。召し上がれ」

 にこにこと上機嫌で勧められてしまえば、もう逃れる術はない。

 手が少し震えている。

 本当はこんな恐ろしいものを口にしたくはない。

 それでも王子は赤黒い血が滴る得体の知れない肉の塊を口に運ぶ。

「朝食も昼食も、お兄様ったらあまり召し上がってなかったでしょう? 私たち心配でしたの。お腹が空いたまま夕食まで過ごすのって、切ないものね」

 王子の咥内に生臭さと強い苦みが充満して一気に吐き気が込み上げる。

 それでも吐き出すことは叶わない。

 姫が姫に耳打ちする。

「鉄分とタンパク質の不足を考慮した特別なメニューなんですって。流石、サフィル姉様はお優しいわ。――ね、お兄様。美味しい?」

 姫に無言で勧められた緑色の茶を喉に流し込んだ。

 どうしても涙を抑えられない。

 目頭が酷く熱く、視界が霞む。

 それでも王子は妹たちに笑って見せる。

「ああ、美味しいよ。二人とも、ありがとう……」

 突然、王子の視界が闇に閉ざされた。

 まるで照明が一気に落とされて、辺りが真っ暗になったみたいに。

「!?」

 次いで椅子から引きずり降ろされた。

 床に引き倒され、誰かに馬乗りにされた。

「お兄様、今上に乗っているのはどちらだと思う?」

 双子姫の顔はそっくり同じだ。

 だが、一人は肩につくくらいの巻き髪で。

 もう一人は直線が美しい、腰まで届く長髪だ。

 一目で判別がつくのだが、視力を失った今の王子には分からない。

「……リュビ?」

「残念、サフィル姉様よ。さあ、お兄様。当てっこゲームをしましょ!」

 上着を暴かれ、外気に王子の白い腹が晒される。

 両腕は頭の上で快活な姫から抑えつけられている。

「!?」

 だらり、と腹の上に何かを流された。

 粘着力のある液体はゆっくりと腹の上を流れて行く。

「これ、なーんだ?」

「……す、スライム……!?」

 スライムとは下等なアメーバ生物だ。

 害獣とまではいかない。

 だが、素手で触り続ければ手の皮膚を溶かす力を持っている。

「惜しい!」

 でろでろと腹の上を這う何かが、不意に皮膚を突き破った。

「っ、ひゃあっ! うっ……」

「早く当てないと、お兄様の中に入り始めたわ。結構、気が早いのね、コイツ……」

「ひ、ヒル……?」

「惜しい!」

「分からない、よ……うぐ、あっ……っ」

 痛みに顔を歪めるが、王子は極力悲鳴を上げないように耐える。

「ねぇ、お兄様、痛い? それとも熱い?」

「降、参だよ……私には、分からない……! ぐぅ、あ、ぁ゛!!」

「そう? ヒントはさっきお兄様が食べていたものよ」

 王子の見えない眼から涙が止まらない。

 喉が焼けつくように痛む。

 咥内には唾液が溢れ、話すことすら辛い。

 現に口の端からは飲み込めなかった唾液が流れ、顎まで伝っている。

「これ、口に入れたら内臓を食い破りに喉奥まで潜り込むのかしら?」

 不意に口を大きく開かせられ、固定された。

 王子は懇願する。

「そ、それはやへてやめて! おねはいだはらやへておねがいだからやめて! いやはいやだ!」

「でも、これが何か分からないんでしょう? じゃあ罰ゲームをしなくっちゃ」

 得体の知れないものを口に押し込められた。

 それは無理やり喉の奥を進み始める。

「げほっ、が……あ゛ぁ゛……ぁ゛…、……ぁあ゛っ……っ!! ……!!!」

 言葉にならない悲鳴を上げ、激しく痙攣を起こす。

 口から侵入してきた恐ろしい生物は王子の体内にすっかり潜り込んでしまった。

 やがてびくびくと跳ねていた身体は静かになった。

 王子が意識を失ったのだ。

 白い腹の下だけがぼこぼこと蠢く。

 その様を眺めながら、饒舌な姫は詰まらなそうに言う。

「……今日はあっけなかったわね」

 寡黙な姫が相槌を打つ。

 次いで指でティーポットを示し、無言のまま指示を出す。

「そうね。そのためのお茶だものね。このままだとお兄様、本当に死んでしまうわ」

 スライムとヒルとナメクジを合成させた魔獣キメラを王子の腹から引き離した。

 短刀を突き立てて殺し、他の個体も全て同様にした。

 それからやっとティーポットを手に取って。

 中にはまだ緑色の熱い液体がなみなみと入っている。

 気絶した王子の喉に無理やり流し込み、全て飲ませた。

 お陰で王子の咥内は焼け爛れてしまった。

 二人は外に控えさせていた女中に王子を運ぶよう言いつける。

 こんなことは日常茶飯事だったので、女中は顔色一つ変えない。

 王子は運び出され、双子姫の部屋は何事もなかったかのように清掃された。

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