3. 週末に笑みを

3.1 豊かな食卓

 団栗山高校諦念科は遠方から通う生徒が多いため、寮が設置されている。

 そのひとつは古い木造アパートを改装したもので、今春から3名が入居する。

 学科対抗戦の夜、共同の台所にその3名が集まっている。


「ゆたか、初日から大変だったのう」

 太鼓の呼び手・柴木大吾がねぎらう。

「ゆたかくんは諦念師の訓練を受けてないそうだし、本当に災難だよ」

 羊毛の投げ手・仁藤羊太がエプロン姿でつなげる。

「楽しかったよ、もりだくさんで」

 笑いの呼び手・宝来ゆたかが笑顔で応える。

「飯も大盛りで食ってくれ。羊太の料理はうまいぞ」

 大吾が丼にごはんを盛る。

「ただし、寮の予算がなくてね。タマネギだけは食べ放題、あとは自家栽培のモヤシだけだよ」


「いただきます!」

 メインは卵丼。よく炒めて甘みの出たタマネギを卵でふわりと包んで醤油で味つけしてある。モヤシサラダは、さっとお湯に通したモヤシに酢のドレッシングをかけ、黒コショウをふってある。やわらかな卵とごはんを食べて、しゃっきりとしたモヤシを刺激に、またごはんが進む。

「おいしいね。いくらでも食べられるよ」

 つつましい食事でも仲間がいて、会話と笑顔は絶えない。

「どんどん食ってくれ」

「うちは農家だから野菜を送ってもらうよ」

「本当かい。これで食生活が豊かになるよ」

 3人は丼をうち合わせて乾杯する。

 楽しく食事しながら、羊太がゆたかに気を回す。

「白倉清らさんはとても真面目なだけで怒ってるわけじゃないと思うから、気にしないで」

「そうじゃ。下ネタ禁止なら、まっさきに自分が反則じゃ」

 3人の男子たちは清らのボディラインを強調する特技を思い出し、頭をふる。


「ぼくも失敗したよ。宝来家に伝わるとっておきのネタを使っちゃったからね」

「とっておきを初日に? ・・・・・・気前いいね」

「ネタはつねに新鮮なものを用意しないとね」

 ゆたかがお茶をすする。

「ぼくの笑いの技は田畑に実りをもたらすための儀式に使ってたものだから、諦念師とは違うのかもね」

 羊太と大吾が感心したようにうなずく。

「だから、おもしろいことを思いついたら教えてよ」

「しかし、おまえは笑いの専門家じゃろう。ワシらのような素人が考えても」

「楽しいのが一番大事だよ」

「のう、ゆたか」

 大吾はやや真剣みを増して言葉を続ける。

「諦念師は自分の技を大切にするもんじゃ。ワシも羊太も、これで世の中のお役に立ちたいと思っとるんじゃ」

 ゆたかがうなずく。

「おまえの技はつまら・・・・・・いや、軽いというか、なんじゃ、こう」

 大吾が言葉を探して、つなげる。

「人を笑わせるより、笑われてるんじゃなかろうか」

「同じだよ。同じ笑い」

「むむ、技術とは人を圧倒するもんでないとのう」

「だれかがよろこんでくれるなら、ぼくは笑われたいよ」

 ゆたかはくったくなく笑う。

「自分が信じれば、それが最高の技になるよ」

 羊太が技のヒントを提案する。

「笑いの技は連続しないといけないから、簡単な言葉遊びとか、だじゃれとかもいいんじゃないかな?」

「たとえばどんな感じ?」

 羊太がしばし考える。

「電話にだれも出んわ、みたいなの」

 ゆたかは背後にある共用の電話機を見る。

「鳴ってないよ」

 だじゃれが素通りする。

 羊太と大吾が顔を見合わせ、口を半開きにする。

「ああ、電話に出ないから、でんわか」

 ゆたかがかなり遅れて理解する。

「なるほど、そういうことか。でも、言葉遊びはおもしろくても世界で通用しないよね」

「世界?」

「やっぱり言葉の壁を超えていかないと」

「グローバル・・・・・・」

 おどろいたようなあきれたような奇妙な表情がふたりの顔にあらわれる。

「そうじゃのう、明日は休みじゃから、ゆっくりするとええぞ」

 長身の男2人が背を丸め、じっと食卓に目を落とす。

 沈黙を破るように電話が鳴る。

「電話に出ようわ!」

 ゆたかが取る。

「ゆたかくんですか?」

 白倉清らの声が聞こえる。

「明日、お会いすることはできますか?」

 おおぅ、と3人が大口を開けておどろく。

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