2.2 残念砲に指を立てろ

 横道灯里の放った調査・妨害用ドローンは大吾・羊太組の活躍ですべて墜落した。 

 しかし、ステージ上の灯里は平然とかまえる。

「いいわ。データは取得できた」

 冷静に操作盤に細い指を走らせる。

「数理魔法陣、発動」

 電気科と諦念科の間に緑の光がともる。

「数は世界を支配する」

 緑の光が数字となり、それが連なって線となり、同心円を十字で切った数理魔法陣が現れる。

「人工残念発生装置、始動」

 灯里が指さすと、並んだ電気科の男たちが三角の帽子をかぶり、順に声を上げる。

「灯里ちゃんに消しゴムを貸してもらおうとしたら無視された」

「灯里ちゃんに六角レンチをあげたら捨てられた」

「灯里ちゃんにおはようっていったら分度器を投げられた」

「バカ! なんでわたしのことばっかりなの」

 灯里が武骨な安全靴をじたばたと踏み鳴らして怒る。


 状況の変化をちほが察知する。

「電気科のみなさんから強い残念が発生しています」

 妨害念波から立ち直ったちほがステージを見わたす。

「前方に念が集まっていきます」

 緑に輝く数理魔法陣の上にゆらめく白い影が現れる。

「なにあれ、人の形みたいだよ」

 影が棒状から手足を伸ばし、ゆたかの目にも見えるようになる。

「なんか、気持ち悪い」

 ダンスの呼び手・大鳥世音が不安げにつぶやく。


「はっはっはっ、これが横道灯里の開発した人工残念発生装置。残念を可視化し操れるようにしたのだ」

 丸山先生が高らかに笑う。

「人の形っていうか、なんか猫背。落ち込んでるみたい」

 世音がこわごわとながめる。

「危険度を測定します」

 ちほが両手の指で四角をつくる。念に反応してポニーテールがゆれる。

「これは、『楽しみにしていた深夜アニメがレコーダーがいっぱいで録画されてなかった』級の残念です」

「もうちょっとわかりやすい表現だと助かるんだけど」

「わたしは残念測定士甲種一級です。問題ありません」

 舟の疑問にちほが胸をはって答える。


 困惑する諦念科に灯里が非情な攻撃を開始する。

「残念砲、発射」

「サビシーィ!」

 人影は高速で打ち出され、奇妙な叫びを発しながら飛ぶ。

「来た来た来た! 不気味な顔、だめだめだめ! モテなさそう!」

 世音が悲鳴を上げる。

 電気科生徒の残念が結晶化された砲弾は頭から大吾の太鼓に直撃し、大音響とともに爆散する。

「うわぁぁぁぁ!」

「うわぁぁぁぁ!」

「だから、モテないのよ・・・・・・」

 諦念科の生徒たちがいっせいに飛びのく。


「万歳! 万歳! 灯里ちゃん万歳!」

「バカバカ、うるさい!」

 ステージ上の電気科がよろこびに盛り上がる。

「どうだね、諸君、この装置があれば諦念師は不要だ。文字通り、あきらめて、退場するがいい」

 丸山先生が勝ち誇り、得意の科学の光ポーズを決める。

「個人の生まれつきの資質などに頼った技術は科学の前に敗北するのだ!」


 ゆらゆらと白い煙が立ちのぼる中、諦念科の生徒たちが呆然と立ちつくす。

「みんな無事だね。いい仲間にめぐまれたよ」

 級長の舟が平然とほほえむ。

「次の攻撃が来る前に、ぼくたちがただのおもしろ集団じゃないことを証明しようか」

 穏和な顔立ちの舟の堂々としたふるまいに生徒たちが立ち向かう姿勢をとりもどす。


「神妻舟、千年を超える歴史を有す神妻神社の神官。時代が違えば、われわれは彼に仕えていただろう」

 深見先生がつぶやく。


「投げ手には、ぼくが出る。世音さん、風貴ふうきさん、呼び手をたのめるかな」

 舟の問いかけに、世音が困惑する。

「え? 呼び手が2人もいると、混乱して念を操れないんじゃない?」

「いっこうにかまわない。踊りには音楽があったほうがいいしね」

 舟の言葉を受けて、細身の少女がうなずいて、手で襟首から背中をまさぐると、銀の棒を抜き出す。

 笛の諦念師、薄井風貴うすい ふうき

 すべての笛を奏でる術師は白銀のフルートを唇に当て、息を吹き込む。

 澄み切った音が響き、白い煙が晴れると、世音が踊り始める。

 事前の練習もない即興で、風貴が世音の動きを見て音色を変え、それに合わせて世音がステップを踏む。

 緊張していた世音の表情もやわらいで、体の動作に情熱がみなぎり、踊る。

「美しいね。天もおよろこびだ」

 空の上で赤と緑の星がまたたく。


「バカバカバカ、向こうが準備を始めたでしょ」

 灯里は男どもを気味悪がりつつ罵倒して残念を蓄積する。


 舟は右手の甲を掲げ、灯里に向けて一本指を突き立てる。

 それを見た灯里がむっと口をへの字に曲げる。

「失礼な」

「指が違うよ。古来より医師はこの指で薬を調合してきた。快癒を祈りながら」

 薬指。

「天神招来」

 静かに告げると、笛とダンスで呼び寄せた赤と緑の光が落ちて、舟のメガネを輝かせる。

 舟の薬指の上できらめく星々が回転しながら、念の玉になる。

「灯里さん、少し頭を下げようか」

 指を前に倒し、告げる。

つぶて!」

 念が凝集された玉が光の輪を尾にして飛ぶ。

「回るべし」

 玉は急旋回して、電気科の男子生徒たちの頭上にある三角帽子を打ち落としていく。

「ずげっ!」

「ぬごふ!」

 声にならない叫びを上げて男たちが倒れる。

「すごい、依代よりしろも使わず、念を正確に操ってる」

 羊太が感心して見上げる。羊太が毛糸を使うように、多くの諦念師は道具を媒介しなければ念を操作できない。

 玉は軌道を変えて、上空から灯里の前の操作盤に落ち、火花を吹かせる。

「昇るべし」

 舟の指に導かれるままに玉は上昇して灯里をめがける。

「わわわわわわわわ」

 おののく灯里の帽子をはねあげ、玉は天に消える。

「はい。おしまい」

 装置は破壊され、男たちは倒れ、灯里はステージに座りこむ。

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