1.4 チーズバーガーと禁断の乙女

 ささやかな諦念の術が終了した校庭で、ゆたかの技が語られる。

 舟も他の生徒もけげんな表情を見せる。

「笑いって?」

「笑い。楽しいやつ」

「笑いというと、笑顔? なんだろう?」

 生徒たちの困惑は深まるばかり。

「おう、そんじゃ、やってみてくれんか?」

 深見先生に出番を止められた柴木大吾が口を開く。

 ゆたかは自信ありげに深くうなずく。


 宝来ゆたかはその特技を初披露する。


「では、形態模写」

 ばっと上着を脱ぐ。

 正座して上体を折り曲げ、丸めたそれをおなかにはさむ。両腕は地面と平行に輪をつくる。

 

 生徒たちが小声で「なにがはじまるの?」、「儀式?」、「念を使う?」などと語り合う。

 注目が集まる中、高らかに宣言する。


「ハンバーガー!」


 沈黙。

 ハンバーガーの形態模写を目の当たりにして、生徒たちはただ立ちつくし、時間の流れが遅くなったのを感じる。


 ゆかたはあわてず、次の段階に進む。

 そのままの姿勢で胸のポケットから黄色いハンカチを引き出す。


「チーズバーガー!」


 ハンカチを開きながら地面へとたらす。


「とろーり」


 自信の2段階ネタが決まる。

 だれもが無言でゆたかの後頭部を見つめる。

 校舎では授業が終わり、チャイムが鳴る。音が遠い。

 沈黙が空間を重く支配する。


「ははは、おもしろいのう、はは・・・・・・」

 大吾がかたい表情のまま笑い声を上げる。

「そうだね・・・・・・」

 舟や他の生徒もなにかから逃れるように力なく笑う。

「これが笑いの技か」

「笑いだよね」

「そう、笑い」

 口々に漠然とした感想を述べる。


「いけません!」

 白倉清らの声が不穏な緊張を切り裂く。

「人の努力を笑ってはいけません」

 白い衣をまとい、圧倒的な正論を放つ。

 チーズバーガー姿勢のゆたかに手をさしのべる。

「拝見しました」

 天使の笑顔でゆたかに問う。

「これはなにをなさっているのでしょう?」

 想定外の質問にゆたかが困惑しながら答える。

「なにって、ハンバーガー・・・・・・」

「食べものですか?」

「はい。これが肉で、この手がパンです。丸い形に」

「まあ。それがどうなるのでしょうか?」

 くもりなき清らの瞳が正座するゆたかをやさしく追いつめる。

「人間がハンバーガーになるという・・・・・・意外性が、チーズの風味もあわせて、こう、西海岸の風を感じさせるような・・・・・・」

 自分のギャグを自分で解説する、自ギャグ自説の地獄を味わう。

「サンドイッチのようなものでしょうか?」

 話がややもどる。

「はさまってます」

 やさしさ、まじめさ、正義感、すべてを満載した少女が、バラ色の唇から禁断の問いを発する。


「それがなぜ、おもしろいのでしょう?」

 

 真正面で花のような笑顔でゆたかの答えを待つ。

 大吾が、ゆたかに笑いをリクエストしたことをわびるように、両手を合わせる。

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