第22話 TASさんが中二病に罹ったようです

「主殿、我に実身体を使わせてくだされ」


 突然、“画面の中”のイフリータがそんなことを言い出した。


「ハルト、耳を貸してはいけませんよ。どうせ良からぬことを企んでいるに決まっています」


 イリスの“この手の発言”はもちろんスルーだ。

 イフリータが“まともなこと”を言うとは元から期待していない。


「また料理をしたくなったのか?」


「主殿……我は別に料理することが好きなわけではないぞ。この前のは主殿がやれと言ったから仕方なくだな……」


「じゃあ、なんだ?」


「ゲームがしたいのだ」


 イフリータの口からAIらしからぬ意外な言葉が出た。

 

「AIがゲームをするのに実身体はいらないけど?」


 入出力をジャックすればAIだってゲームを遊ぶことができる。

 さらに過激な手法として、ハードウェアのエミュレーターとソフトウェアを食わせれば超高速で遊ぶことが可能だ。


「『ラスト・レジェンド3』をやりたい。オリジナル版を実機で」


「オリジナル版を実機で……?」


 今、イフリータが言ったタイトルは、およそ半世紀前に発売された作品である。

 人気作なのでリメイクされたこともあるが、イフリータはあえて“オリジナル版”を指定した。

 一体何の意味があるというのだ……?


「TAS動画というものを見たぞ」


 この一言ですぐに理解できた。


 TASとは〈ツール・アシステッド・スーパープレイ〉の略である。

 ものすご~く簡単に説明すると、エミュレーターのインチキ機能を使いまくって人間に不可能な超プレイ動画を作り出すのだ。

 あくまで“理論上実機で実現可能な動作”であり、所謂〈チート〉とは異なるので注意!

 ネット上には多数のTAS動画が上げられている。


 世の中に超人というのはいるもので、特殊なツールを使わずに実機でTASのような超プレイを行う者がいる。

 言葉としては矛盾しているが、〈人力TAS〉と呼ばれ、狂人の所業とされている。


「アレを見たのか……」


「大変興味深いものだった」


 イフリータの映像は腕を組んで深く頷いた。


「確かにおもしろいけど……」


「生身の人間にできるのなら、オートドールである我にもできるはず!」


 イフリータは自信満々に言い張る。


「イフリータは実身体がないからオートドールじゃないですよ!」


 イリスがなんか喚いているけど、もちろん華麗にスルーだ。


「ROMカセットと実機を用意するからしばらく待ってて」


 もちろん、この家にそんな古いハードやソフトがあるはずもなく……。

 幸い、ヒット作であり、レアなゲームではないから入手そのものは可能だろう。

 何がすごいって、昔はダウンロードではなく、ROMカセットや光学メディアを通じて販売されていたらしい。


「あと、吸い出し機も頼む」


「わかった」


「ハルト~、人力TASとかいうのはワタシがやりますから、身体を取り上げないで~」


 イリスがしがみついて抗議してくる。

 

「イタタタタタ、ちょっと力入れすぎじゃないかな……。それに、二番煎じが通じるほど世の中甘くはないぞ」


「うわーん、ハルトなんかに偉そうに説教された~」


「こいつ……」


    *


 そして、必要なものが集まった。

 文句を言うイリスを無視して、実身体にイフリータをインストールする。


「我の華麗なるプレイを撮影した動画をネットの海に投稿してもいいぞ」


「とりあえず撮影はしておこう……」


 カメラを三脚台に固定してい録画準備をする。

 さらにゲーム機とディスプレイの間に録画機を挟む。


 そして、イフリータのインストールが完了した。


「ふふふ、我、ついに復活せり!」


「よし、ちゃんとイフリータになったな」


 中二病的な発言で、イフリータが正常にインストールされたことを確認する。


「では、まずは相応しい服装に着替えるぞ。主殿、を頼む」


 意味深な言い方をするイフリータ。


「ほらよ」


 僕はイフリータに衣類を渡した。

 受け取ったイフリータはすぐに着替え始める。


「主殿……そんなに見つめられると照れるぞ……♥」


「ウルサイ! どれだけ見ようが僕の自由なのだ」


「やれやれ、デリカシーのない主を持つとAIも苦労が……特別増えたりしないな」


 そして、イフリータは“魔女”になった。

 いつぞや買ったヴァンパイアっぽいのゴシックな服。

 とんがり帽子に黒いマント、なるべくCGに近いものを購入したのだ。


「やはり、髪の毛の色が違うぞ……」


 イフリータはプラチナブロンドの毛先を目の前に持ってきて文句を言う。


「贅沢を言わないでくれ」


 世の中には頭髪がズラになっていて簡単に取り外せるタイプも存在するが、残念ながらこの実身体は違う。


「……では、始めるとしよう。録画を開始してくれ」


「わかった」


 イフリータはスマートフォンのレンズを見つめる。

 僕は録画を開始した。


「この動画を見ている諸君! 我は炎の魔女イフリータである。まず初めに言っておくが、この身体は生身でもCGでもない。そして我はこの実身体で人力TASとやらを行おうと思う。人間にできて我にできないはずがない」


 昔流行った〈Vチューバー〉とかいうのを思い出す。

 現在ではCG技術が発達しすぎたおかげで、そういう概念はすでに失われている。

 逆に最近では〈ロボチューバー〉と呼ばれるものが群雄割拠していた。


 イタすぎる前口上を終えたイフリータは自信に満ち溢れたディスプレイの前に座った。

 ゲーム機のスイッチを入れ、コントローラーを構える。

 ディスプレイにタイトルが表示されると同時に、[ニューゲーム]を選ぶ。


「主人公の名前は入力のしやすさを考慮して“ほも”とするぞ」


 本当に入力のしやすさで考えれば、“あああ”とかにした方が早いに決まっている。

 だけど、これは過去から受け継がれた伝統なのだから仕方がない。


 オープニングからキャラクターの会話を最速で飛ばしていく。

 何を言っているのかわからなくてちょっとイライラするぞ……。


「早すぎて台詞が読めないかもしれぬが、オートドール……じゃなかった、炎の魔女である我には止まって見えるも同然」


 メニュー画面であらゆる速度を最速に変更。

 一切の無駄のない動きでマップを移動する。


「我はこのゲームの内容を1ビットも漏らさずに記憶しているのだ」


 イフリータには事前に吸い出したROMのイメージを食わせてある。

 現在のAIにとって、あの時代のゲームを解析するのは至って簡単なことだ。

 イフリータは文字通り、このゲームのすべてを知っているのだ。


 戦闘に入ると、一見すると無駄なカーソルの動きが行われる。

 だが、これは“乱数調整”である。


 かのアインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言ったらしいが、少なくともコンピューターの世界に乱数は存在しない。あるのは“疑似乱数”のみ。

 古いゲームはその仕組もシンプルなので状況によっては任意の値を引き当てることができる。


「ここで〈ダブルスラッシュ〉を閃かせるぞ。この技自体は強くないが、上位技を閃くために重要なのだ」


 イフリータの宣言通り、剣士キャラが今まで習得してしなかった技を使った。

 この調子で次々と強力な技を習得していく。成長パターンは最高のものを引き当てる。

 敵の攻撃対象も任意のキャラクターに指定させ、状態異常も尽く回避。

 もはや、ゲームバランスは完全に破壊されている。


 このゲームはランダム要素が強いので、乱数調整ができれば攻略は一気に楽になる。

 うん……できればの話だけどね……。

 だが、できる……できるのだ! そう、アイ……じゃなくて……アンドロイドならね。


 イフリーターのメモリ内にはこのゲームのメモリ空間が完全に再現されている。

 次に起こることがわかるし、理論上起こり得ることならなんでも起こせる。

 もはやイフリータはこのゲーム世界において神に近い存在と化していた。

 本当の神は開発者だけど……。


 さらに、常に解説を続けており、かなり“視聴者”を意識しているようだ。


「チャートには背くが、ここで“炎の魔女”であるイグナティアを仲間にする。まぁ、我にとっては義務だ」


 自分で育てておいてなんだけど、イフリータの“キャラ”に対する拘りはすごいなぁ。


 それからイフリータはあらゆる難所を次々とクリアし、あっという間にラストバトルへと突入してしまった。

 過熱した戦闘は、遂に危険な領域へと突入する! はずもなく……。


「くらえ、ヘルフレイム! ははははは、ラスボスがゴミのようだ!」


 派手に画面が明滅し、名状しがたいラスボスだったものが砂のように崩れ去っていった。

 そんな感じで、わずか2時間程度クリアしてしまったのである。


「ふむ、まだ生身の人間の記録すら超えられぬか。なぁに、あと数回やれば確実に我が世界の覇者となろう」


 イフリータは満更でもない様子で、次への闘志を高めているが――。


「別にならなくてもいいです」


「なんと! 主殿は我を世界の覇者にする気はないのか?」


「するもなにも、僕の教育とかあまり関係ないから、イリスでもシノブでもかーさんでもだいたい同じことができると思う」


 イフリータの提案に乗っただけなので、僕には大した達成感がないのだ。

 見ていてそこそこ楽しめたが、そう何度もやることでもない気がする……。


「な・ぜ・だ、TASの力を手に入れたのに、TASとは一体……うごごご!」


「だから、ツール・アシステッド・スーパープレイでしょ。スピードランでもいいけど」


 所謂アクロニムである。


「バカにしないでくれ。知っておるわ、そのくらい!」


「はいはい、いつもの椅子に座って停止」


 放っておくと“無”に飲み込まれてラスボスになりそうなので停止命令を出す。

 イフリータは椅子に座ってピクリとも動かなくなった。

 PCの本体と同期を取り、またイリスをインストールする。


「あー、やっと解放されました」


 イリスがいかにも清々とした様子をアピールする。


「AIにとっては仮想空間の方が本来の居場所じゃないのか?」


 僕がそう言うと、イリスは突然僕に抱きついてきた。


「ワタシにとってはハルトと触れ合えるこちら側こそ、本来の居場所なんですよ」


 と、耳元で囁いた。


「……別に照れないぞ?」


「言った時点でハルトの負けですよ」


「ああ、負けた悔しさでうっかり、別のAIを入れてしまうかも……」


「嘘、嘘です。イッツ・アン・アンドロイドジョーク、ハハハ」


「ハハハ」


 もちろん、これでイリスの毒舌度が下がったりはしない。

 これからも適度に生意気なことを言い続けるだろう。

 ――この茶番劇を演じるために。

 そのぐらいには賢いのだ。


    *


「できたぞ、主殿!」


 イフリータが例のプレイ動画を編集したので、僕はそれをネット上にアップした。

 ――すると、思いの外、好評だった。


 オートドールにゲームをやらせるという動画自体はちらほら存在したが、それはアクションゲームが多く、コマンド式RPGの人力TASをさせるというは斬新だったようだ。

 そして、どこに出しても恥ずかしいはずのイフリータのキャラが受けた。


[あーもうむちゃくちゃだよ]


[中二病AI乙]


[これはどんな教育を受けたんでしょうね~]


[これCGじゃないの?]


[プレイしている後ろからおっぱい揉みたい]


[高級オートドールってマジ?]


[TASさん実体化オメ]


[強そう(確信)]


[次は炎出して]


[飼い主の顔が見たい]


 といった、熱いコメントが多数寄せられた。


 かなりの再生回数を得られ、収益も少なくはない。

 ちなみに、とーさんの協力があるから18歳未満でも収益化できるのだ。


「ほれ見ろ、主殿。やはり我は覇者となるべきなのだ」


「覇者はともかく……もうちょっとがんばればイフリータの実身体も買えるかもな」


「それよりワタシの新しい実身体を買ってくださいよ」


 イリスが会話に割って入ってきた。


「いや、その実身体はまだまだイケるだろ?」


「そういう問題ではありません」


「じゃあ、どういう問題なんだよ?」


「ワタシ1人で大隊くらいはほしいですよね」

 

「無茶言うなよ……。それに怖い」


「うふふふふ」


 イリスは不気味に笑っていた。


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