第25話 古物商

ああ、恐れ入ります。どうぞお構いなく。


この度は突然のアポイントメントに応じて頂き、誠にありがとうございます。


はい、名刺に御座います通り、陸奥みちのくで古物商をしております。


ええ、メールでもお話しましたが、ぜひご所蔵の帯留めを拝見致したく。もちろん、もし販売を検討されているようでしたら、私共でご協力させて頂ければと考えております。


そうですか・・・・・・。


いえ、とんでもないことでございます。あれは一点物ですから、それだけお目が高いということです。それでは恐れ入りますが、拝見することは可能でしょうか。


ありがとうございます!拝見致します。


ああ、本物ですね。素晴らしい。ごくごく貴重な品でして、当店でも先代が一回り小さなものを取り扱ったという記録が残るばかりです。その写しがこちらですが、そっくりでしょう?それにこの材質、この抜け出た後をつなぐ細工の癖。間違いなく、本物です。


幼い頃、この抜け殻細工についての不思議な話を寝物語に聴いて以来、ずっと実物を見てみたいとそればかり願っておりました。古物商仲間にも随分頼み込んで、手に入れた仲間を拝むようにして見せて貰って。まさか、これほどの大きさのものが実在するとは。他の物はかんざしや根付けが精一杯の大きさでしたよ。


え。ええ、そうです。霧の中の果樹園と、そこの住人の話でした。


行かれたのですか。実際に、在るのですか。彼の、不思議のそのは。


なんと。


この商いをしておりますと、色々と不思議な話を聞くこともありますが、ああ、体験された方とお話する日が来ようとは。


・・・・・・はは、お気遣いありがとうございます。ええ、確かに憧れの場所ではございます。が、あの場所の住人は、「霧」の中に商人あきんどを入れたがらないそうです。ただ、気まぐれにふらりと店先にやって来て、何かを売ってくれることもあるとか。


そうです。父も、やはりそこに足を踏み入れたことはありません。ただ、店先に現れた住人と商いをしたと、そう申しておりました。


ええ、ですから私はずっと待っております。彼の地の住人が、訪れてくれるその日を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る