第5話 ウミホタルとヲタ芸

緑芽吹き、恵みの雨が降る立夏の頃。暦は5月を指し、桜は散り、若葉が茂っていた。

今日のロングホームルームの議題は、来る球技大会についてだ。鈴宮第一高校では各科ごとに主催する年間行事があった。そして、球技大会は体育科の主催だ。ただゆえや景が所属する美術工芸科は手を痛めると作品作りに支障がきたすために、球技は免除される。その代わりに応援旗や応援合戦。三年生にもなればトロフィーの制作が義務付けられていた。

今は、応援旗のデザインについてクラスメイト全員で案を出している最中だ。日直のゆえが黒板に向かい、クラス委員が司会進行をしている。

「えーと。早速ですが、何か提案がある方は挙手してください。」

クラス委員の言葉にパラパラと手があがる。

「海が近いので大漁旗をモチーフにしたらどう?」

一番に手をあげた男子に、賛成の拍手と共に指摘の声も上がる。ゆえは黒板に『大漁旗』と書き、続きを待つ。

「他の学年と被りそうじゃない?」

「あー…。」

「俺、前に先輩から聞いたけど大漁旗って結構メジャーで、モチーフが被ると応援合戦が不利になるって。」

皆で首を捻り、次の案を絞った。日光モチーフや、スポーツ選手のシルエット案などがあがるがいまいち、ぴんと来ないようだった。完全に煮詰まったとき、景が手をあげた。

「はい、朝丘くん。」

「材料って、学校指定の物しか使えないんだっけ。」

「いいえ。申請すれば、別の物も使えます。」

「じゃあ、光らせることってできる?」

「?」

景の言葉にクラスメイトたちは首を傾げながらも、景を見た。

「蛍光塗料とブラックライトを使って、応援旗そのものを光らせてみない?」

刹那、ゆえも景の言っていることを理解した。そしてデザインについても一つ浮かんだ。ゆえはおずおずとクラス委員の肩を叩いた。

「ん?あ、何?水嶋くん。」

ゆえはクラスメイト全員に見えるように、黒板に向かった。

『海岸線のウミホタルをモチーフにしませんか。』

かっか、とチョークが黒板を叩く音が響く。

『ウミホタルは威嚇で光ります。生きるための、威勢のいい光はきっと、スポーツ選手の応援になる。』

どうですか、とゆえは振り返ってみる。景と目が合って、いいんじゃない、と頷いて拍手をしてくれた。その一人分の拍手はだんだん大きくなってやがて、全員分になった。

「いいじゃん。今まで、光を使った旗って聞いたことないよ。」

「おもしろそう!」

「やってみようか。」

皆が興奮気味に話をしている最中、クラス委員が一人手をあげた。

「体育館を暗くしたら、僕たちの応援合戦が見えなくなっちゃうんじゃないかな。」

「サイリウムを持って、踊ろうよ。」

景がにやりと笑って、再び提案する。

「え?サイリウムって、何?」

「ほら、アイドルのライブとかでファンの子が持つ光る棒みたいな奴だよ。」

「えーと、それってもしかして…。」

ゆえが黒板に向かう。

『ヲタ芸』

と一言書くと、一瞬、教室内は静まり返り、そして皆の想像が追い付いたのか次の瞬間には爆笑に包まれた。

「絶対、目立つ奴じゃん!」

「これ、皆でそろったら相当おもしろいよ。」

「ネットにも色々上がってるし、教材には困らないんじゃないか?」

その日の帰り道。駅までの道のりを、ゆえと景は歩いていた。

「いやー、ロングホームルーム楽しかったなあ。」

景はまだ笑っていた。ゆえも微笑み、手帳に文字を走らせる。

『皆、ノリのいい子ばかりで良かったよね。』

「ほんと、ほんと。これで、もっとまじめに正攻法で攻めようって言われたらどうしようかと思った。」

『正攻法って?』

ゆえの問いに、景はうーんと首を捻った。

「例えば、ほら。学ラン着て押忍!みたいな。」

『それはそれで、おもしろそうだけど。』

「ダメダメ。それだと、水嶋が参加できないじゃん。」

「?」

ゆえは立ち止まって、景を見た。先を行く景もそれに気づき、足を止めた。そして、口をパクパクと無音で動かす。その口は、声、と言っていた。

「ダンスなら、声が出なくても参加できる。皆と一緒の思い出が作れるじゃないか。」

「!」

景は声の出ないゆえが皆と一緒に応援合戦に参加できることを見越して、提案してくれたのだとゆえは知った。思えば、今までは声が出ないなりに努力はしていた。大声を出すときの手拍子や、音楽会のピアノの伴奏。でもそれは、同級生とは一人異なる違う努力の記憶だった。

「…っ。」

ゆえは照れたように先を急ごうとする景の腰に、タックルをした。

「うわ!何だよ、水嶋!」

へへ、と声を出さずにゆえは笑った。そして大きく口をかたどった。

『ありがとう。大好きだよ。』


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イヴとマリアの子供たち。 真崎いみ @alio0717

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