第15話
太陽が昇るにつれ、朝焼けに染まっていた空は美しい蒼を帯びていく。蒼い色彩は海に跳ね返り、この世界を青一色に染め上げていた。
その蒼の中で赤く燃え続けるルケンクロは存在する。砂浜に腰を下ろして、レイは遥か沖合で燃え続けるルケンクロを見つめていた。
「あなたは、痛くないの? 悲しくないの?」
問いかけても燃える神は沈黙したままだ。自分が手をかけた神は、レイに何も教えてはくれない。
この太陽がもっと高く昇るころ、きっと自分は戦いに身を投じている。愛する人をその身に乗せて。
咲夜がいないと分かった瞬間、レイは彼がどこにいるのか悟っていた。分かっている。自分はしょせん兵器だ。人間たちの絆に立ち入ることなどできない。
人間たちの中に、立ち入ってはいけない。
ただ、自分は主たる咲夜の望むままにいればいい。この身が壊れようとも、朽ち果てようとも、それが自分の生きる存在意義なのだ。
そもそも、兵器である自分は生きているといえる存在なのだろうか。この世にいていい存在なのだろうか。
咲夜は、自分と共にあることを望んでいるのだろうか。兵器のくせに、戦いに涙する自分を彼はどう思っているのだろう。
「きゅん」
愛らしい声が聞こえて、レイは我に返る。上空へと顔を向けると、真っ青な翼を翻すベルダの姿があった。
「ベルダっ!」
この世界に来て一番親しくなった竜に向かい、レイは跳びあがってみせる。レイの背中に飴色の翼が生え、レイを空へと誘っていく。ベルダは嬉しそうに、そんなレイのもとへと飛んでいく。
「よかった、ベルダも無事だったのね」
ぎゅっと首に抱きつくと、友人はきゅんと鳴き声を返してくれた。あの戦いの中で、ベルダが無事だったことが何よりも嬉しい。明け方まで燃えるルケンクロに身を投じる竜を見続けてきたレイにとって、彼の存在は何よりの救いだった。
目覚めたとき暗い砂浜に自分は独りでいた。咲夜の姿はどこにもなく、ただ静かな漣の音だけがレイの耳朶に木霊していた。咲夜を探し砂浜を彷徨うレイが見つけたのは、闇の海の向こう側で燃え続けるルケンクロと、そのルケンクロに身を投じていく竜たちの姿だった。
ルケンクロが捕縛されれば、そこに住んでいた竜たちは竜兵へと改造されるという。負傷した竜は、海の民たちに囚われ、その身を竜兵へと変えられることすらあるようだ。彼らは兵器として生まれてきて訳ではないのに。
「この世界にも、私たちみたいな兵器があったらよかったのに」
そっとベルダの頭をなでながら、レイは呟く。もしこの世界に兵器があれば、人は竜などに見向きもしなかっただろう。そうでないからこそ、人はこの世界を形作った竜を兵器として利用する。
もし竜骸なかったとしても彼らは、別何かを利用して争うことを続けるだろう。彼らがいる先にはいつも争いしかないのだから。
「でも私たちは、戦くことしかできないのかな。ベルダ……」
ぎゅっと親友の頭を抱き寄せ、レイは想いを口にする。この身が兵器である限り、自分にできることは咲夜と共に戦場を飛ぶことだけだ。
それが自分の存在意義のはずなのに、『もしも』を考えてしまうことがある。
もし、もし自分が人間だったら、咲夜は自分をどんな存在として扱うのだろうか。彼は自分を愛してくれるだろうか。兵器でないただの人である自分を。
「でも私は、子供だからな……」
「きゅんっ!」
鋭いベルダの泣き声にレイは眼を見開いていた。そんなことはないといいたげにベルダはレイを睨みつけてくる。君は魅力的だと彼に言われたみたいで、レイは少しだけ嬉しい気持ちを抱いていた。
「ありがとう。ベルダ……」
そっとベルダの首を離し、レイは砂浜へと着地する。飴色の髪を白い砂浜に流しながら、レイはそこに横になっていた。元の場所にいなければ、咲夜が戻ってきたときに心配する。それに、とても疲れた。昨日は、たくさんの命を殺したから。
美しいこの世界の神をこの手で殺したから。
今日はもっとたくさんの命を奪わなくてはならないかもしれない。
今のうちに寝て、万全の状態で戦いに挑もう。機械である自分が人間のように寝る方がおかいけれど。
桜色の眼をゆったりと閉じて、兵器の少女は夢の世界へと旅立っていく。
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