第11話
砂浜に赤々と松明が燃える。その松明を囲むように竜の陰影が砂浜を彩っていた。そんな松明を背景に、シエロが舞っている。彼女の体を浮かび上がらせるように橙色の明かりは揺らめいて、褐色の肌をオリーブ色に彩る。
肩に巻いた蒼布を大きく広げ、シエロは松明の周りを優美に駆ける。
それは、竜の飛翔を模した踊りだとルケンクロの住人たちは教えてくれた。
翻る蒼い布には、竜の刺繍が施されていた。ルケンクロを見分けるための意匠があり、それがルケンクロに住む空の民たちを見分ける手立てとなっているのだそうだ。
そんなシエロの周囲に、布を大きく広げた乙女たちが集っていく。他のルケンクロの巫女たちだ。
白。黄色。赤。
彼女たちの掲げる布の色はそれぞれ違い、そこには各ルケンクロを表す意匠が施されている。翻る布は松明の炎によって山吹色に輝き、その布を少女たちが翻す。
地の底から響くような銅鑼の音が、あたりに響く。銅鑼の音に合わせ、少女たちは意匠の施された布を翻す。空に舞う竜たちの陰影が砂浜へと集っていく。
陰影の先端は成竜たち。中央には子竜の小さな影が踊り、最後の後尾には、強大ないくつものルケンクロの影が砂浜を覆った。
シロエたちの踊りを見ていた咲夜は、上空へと顔を向ける。骨の羽を翻すルケンクロと竜たちが夜の空を舞っていた。
暗いルケンクロの内部は炎に照らされ、周囲に朧げな光を投げかけている。
彼らは海ノ国に対抗するため、集ってくれた同胞たちだ。
「始まるのね、争いが」
レイの声がする。そっと手を握られ、咲夜は彼女へと顔を向けていた。桜色の眼を鋭く細め、レイはシエロの踊りを見つめている。
「どこへいっても、争いはあるのね」
「だから、俺たちが終わらせるんだ」
そっとレイの手を握り返し、咲夜は決意を口にする。陽介を討つ。自分はそのためにこの世界に呼ばれたのだから。
陽介がそれを望んでいるのだから。
「咲夜……」
レイが自分を呼ぶ。彼女は顔をあげ、そっと咲夜を見つめていた。
「顔が、恐いよ」
ぎゅっと咲夜の手を強く握りしめ、彼女は不安にゆれる眼を向けてくる。
「お前がいるから、大丈夫だ……」
レイの手を握り返し、咲夜は彼女に優しく微笑んでみせる。
そう、陽介を殺すのは自分ではない。この少女の形をした愛機を使って、自分は戦友を殺すのだ。つらい選択のはずなのに、体の血が滾るのを感じてしまう。あの陽介と戦える。その嬉しさに罪悪感を覚えてしまう。
「あの人は、咲夜の敵……。だから、大丈夫よ」
自分の心を読むように、レイが言葉を紡ぐ。
「ああ、倒そう。陽介を……」
「あなたがそれを望むなら……」
そっと指と指を絡み合わせ、二人はしっかりと手を握る。これから自分はこの少女を使って、戦友を殺す。かけがえのない友だった男を。
松明の爆ぜる音がする。陽介は顔をあげ、布を翻しながら踊るシロエを見つめていた。彼女たちが布を捌くたび、火の粉が周囲を舞い銅鑼の音があたりに響く。
蒼き布が翻れば、赤き布が、白の布が翻れば、黄色の布が漆黒の空に弧を描いて放たれるのだ。
それはマレビトとして呼ばれた咲夜に捧げられた舞い。そっと彼女たちは菱形の円陣を組んで、咲夜に頭を垂れる。翻っていた彼女たちの布は静かにゆれながら、地面へと落ちていった。
眼を瞑っていたシエロが、そっと瞼を開ける。赤い眼が松明の光を浴びて淡く輝く。その眼はまっすぐに咲夜へと向けられていた。
そっと彼女は咲夜へと歩み寄り、片膝をつく。頭をさげ、彼女は厳かに言葉を告げる。
「どうか私たちをお守りください。マレビト様。ルケンクロの守護者よ。鉄の竜をお倒し下さい」
ルケンクロの巫女たる彼女が、自分の役目を口にする。咲夜はそっとレイの手を離し、彼女の前に膝をついていた。
「守るよ。君を、君の故郷を」
そっとシロエの頬に手を添え、咲夜は告げる。その言葉を聞いたシロエの眼に、美しい光が宿るのを咲夜は見逃さなかった。
シエロの顔に笑みが浮かぶ。彼女は咲夜の手をそっと頬からはなし、ゆったりと頭をさげた。
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