第五章「鉄血篇」

 北朝鮮の核、ミサイル技術は異様な早さで発展を遂げている。

 今や海に布陣する巡洋艦【白頭山ペクトゥサン】が弾道ミサイルを海から中継誘導することにより、精密攻撃が可能となっているのだ。


 北朝鮮最高指導者の金公正キムコンジョンは巡洋艦白頭山艦内、CIC(戦闘指揮所)にいた。その傍らに控えていたのは──地球連邦大統領、バシス大公だ! ……地球連邦最高権力者にして方舟の精霊王族である彼が何の用だろうか?

「見せてもらおうか、北朝鮮の弾道ミサイル技術を」

「ああ。父の仇をとってやる。魔法での援護は頼むよ」

 バシスは魔法にて北朝鮮ミサイル攻撃を援護するために最前線に来ていたのだ! 荒垣が防衛総省長官兼抵抗軍総司令官として奮闘しているのだから、負けられないという思いもある。


 ──果たして、精霊魔法と北朝鮮の合体技とは何か?


 ……金は正面に向き直った。

「──弾道ミサイル、発射用意」


     *    *


 敵宇宙艦隊から分かれた一隻の中型宇宙艦は首都東京に迫りつつあった……

 灰色の艦体に、幾層もの装甲板やパネルを組み合わせた複合装甲だ。スリットからはカラフルな発光パターンが灯る。


 東京都港区には、陸上自衛隊対ゲリラコマンド部隊が展開していた。全員がレンジャー資格を持っている。大小の火器、ロケットランチャーなど重火器を持っているため駆り出された。

 すでに東京スカイツリーに役目を引き継いだ東京タワーは半壊しながらも瓦礫の散らばる街にそびえていた。

 瓦礫を盾に、幹部の二尉を中心に陸曹、陸士らが顔を突き合わせる。

「ミサイル誘導装置ですか?」

「ああ。だがいかんせん北朝鮮から貸されたもので旧式でな、誰かが東京タワーの非常階段を上り、誘導電波を出さなければならない」

 皆が息を呑む。

 ──つまり、誰かが命と引き換えに志願しなければならない──

「俺がいきます」

丸花まるはな三曹……」


 ……半壊した東京タワーを、息を切らせながら丸花はかけ上がる。二〇四六年現在、建造から一〇〇年近く経過している。

 適当な高さの踊場に伏せ、誘導装置を起動させる。

『──こちらサムライ、北朝鮮戦略ミサイル軍によるミサイル攻撃を要請する。電波誘導する──』

『こちら白頭山、了解、誘導コード送れ』

 その間に、数機のパワードスーツが東京タワーに侵攻してきた。パワードスーツは電波に反応したようだ。丸花は焦りながらも、努めて冷静に無線連絡をとる。

『──誘導コード、8・8・1・9・5・3・6・2,! 繰り返す、8・8・1・9・5・3・6・2!』

『了解。標的まで五分』

『了解──』

 丸花は無線機を持ち変える。

『小隊長! ミサイル到達は五分後です!』

『了解! 丸花、誘導装置を置いて東京タワーから離れろ!』

『はい!』


 レンジャー持ち隊員の身体能力は常人のものではない。丸花が飛ぶように階下へ駆け出すと──


「──!」

 ツヤ消しされた灰色のボディ、長く無骨な四肢が伸び、背には二発のエンジンを背負う──

 ──敵のパワードスーツだ!

 パワードスーツは腕を丸花に向け、駆動音を鳴らし小型カノン砲を起動させる。

「くそっ……!」

 丸花は目を閉じた──


 ──東京タワーの中腹が爆発!


「丸花三曹!!」

 小隊長は顔を歪め大地に拳を叩きつけた。

『こちら空中管制機ヤタガラス、北朝鮮弾道ミサイル発射の兆候を探知』

「小隊長! 我々も待避を!」

「わかっている……!」


     *    *

 

 バシスは魔力を集中させていた。

「転移魔法、座標入力!」

 北朝鮮から飛ばされた弾道ミサイルを青色の魔方陣が囲み、姿を消す──


 ──弾道ミサイルが次に出現したのは東京都港区だった。ミサイルが迫る──!

 敵宇宙艦、パワードスーツが慌てて待避しようとするが、遅かった。

 辺りを爆炎が包み、キノコ雲が立ち昇った……丸花まるはな三等陸曹の勇敢な犠牲と引き換えに、敵宇宙艦の東京侵攻は防がれたのだ。


 ……靖国神社から場違いな音楽が響きわたる。


 きらめく星々のようなイントロから、バイオリンの荘厳な旋律が始まる──音が弾けた!

 しびれるようなベースが弾かれ、遥が歌い出す。

 それは、四十年近く前に流行った、可変戦闘機を乗せた宇宙開拓船団の生き残る意志を歌ったアニメソングであった。

 栗色の髪を揺らし、熱唱する。

 この曲はデュエット曲であるからもうひとり歌手がいる。彼女は──方舟女王、ミュラだ! 方舟女性王族特有の赤い軍服がさながら衣装となる。

 ミュラもエメラルドグリーンの瞳を輝かせ、シルクのような金髪を疾風に揺らしながら歌う。

 サビに差し掛かる。

 何も景気づけや道楽で歌うわけではない。

 太陽因子を込めた歌声が、天皇の祈りを助け、戦場の戦士たちに届くことを信じて……


     *    *


 ……沖合にて敵宇宙艦隊と交戦する日本、方舟、魔界の連合艦隊の戦況はかんばしくない。

 戦艦三笠を護衛するため、先鋒となり前衛で道を切り開いていた魔界軍が飛竜で攻勢をかけるが、次々とパワードスーツの餌食となる。

 だが、黙って手をこまねいている魔界皇帝ではなかった。


 ──突如、海原を進撃する敵宇宙艦隊の上空に、紅蓮の魔方陣が現れる。

 出現したのは、一見、岩石の塊であった。同じく岩石で構成された四肢が生えている。ファンタジー創作作品に詳しい者ならこう答えるだろう──ゴーレムと。

 魔方陣からは飛竜も出現し、翼をはばたかせる。

「これでも食らえぇ!!」

 魔界皇帝ガリウス一世の叫びと共に、ゴーレムが重力に任せ降下──敵宇宙艦に体当たりする!

 鈍い音を立て凹みができる。

 魔界皇帝の最上位の魔法が地球外生命体のバリアに拮抗しているのだ。


 ──と、パワードスーツ部隊が飛竜に襲いかかる!


「全騎散開! 各自ぶちのめせ!」

「「了解!」」

 縦横無尽の機動でパワードスーツのビームキャノンをかわしながらのガリウスが部下に檄を飛ばし、自らも飛竜を操り、反攻に転ずる。

 敵のビームキャノンは防御魔法で防ぎ、パワードスーツに迫る──

 ──強靭な飛竜の爪でパワードスーツを鷲掴みにすると、敵宇宙艦へ思いっきり投げ飛ばした!

 衝撃に機能停止し、四肢が力なくぶら下がる。


 再三にわたる物理的攻撃に敵宇宙艦隊から黒煙が立ち昇る。


 ……その戦況は後方、戦艦三笠にももたらされていた……


 ……戦艦三笠の艦橋に立つのは地球連邦即応軍少将の東城洋祐とうじょうようすけ、洋祐の父にして公益財団法人三笠保存会理事長の東城宏一とうじょうこういち、そして方舟からは魔導士にして侍従長のロストだ。

「親父、転移魔法で一気に敵宇宙艦に迫り、ゼロ距離で砲撃する」

「了解した。──侍従長、頼んだぞ」

「かしこまりました」

 ロストが藍色の麗しい髪を揺らし、呪文を詠唱した──


     *    *

 

 ──地球外生命体の宇宙艦隊の前に、青色の魔方陣が閃き、白波の飛沫とともに戦艦三笠が出現する。

 マストには誇り高き日の丸、旭日旗、そしてZ旗が高らかにはためく。


 皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ。


 日露戦争のフレーズを皆、闘志とともに念じる。

「取り舵いっぱい!」

 洋祐の命令で舵を切り、ビームをかわしつつ、それでも直撃してくるビームは防御魔法で防ぐ。

 三笠の主砲が起き上がり、ターレットが宇宙艦を追い旋回する。砲口に深紅の魔方陣が出現、回転しエネルギーを蓄積する。

 宏一が吠えた。

「痛いのをぶちかましてやれ」

「撃てえ!!」


 ──洋祐が手を振りかざし、戦艦三笠が砲撃する!


 放たれたのは火炎系魔法で強化された砲弾だ。

 次々と宇宙艦の外殼を穿うがち、地球外生命体はなす術もなく蹂躙される。


 地球人の反撃が始まった。


「東城少将! 敵艦隊に動きあり!」

 洋祐が双眼鏡を覗くと、敵宇宙艦の扉が開きパワードスーツを発進させつつあるのが見えた。

 いずれ三笠に飛来する。いくら魔法で強化されているとは言えど、対空戦闘能力は持っていない。つまり──

「親父、三笠の砲弾は残りわずかだな」

「ああ」

 東城父子は覚悟を決めた。烈火のごとき壮烈な決意だ──残った砲弾は、三笠を守るためではなく、敵宇宙艦を叩くために撃つと!

「親父、共に戦えて光栄だった」

「俺もだ」

 悟りきった穏やかな表情で頷くと、洋祐は命じた。

「……敵宇宙艦を撃て!!」

 

 三笠が爆炎と共に魔導弾を放つ!

 敵宇宙艦に直撃し、パワードスーツごと粉砕するが、一部のパワードスーツが三笠をめがけ突っ込んでくる。

 東城父子が覚悟を決めた、その時だった──


 ──耳をつんざく爆発音が響き、洋祐が目を開けると、そこにはパワードスーツの姿はなかった。

 代わりに現れた機体は、白銀にかがやく流線形のフォルムに、誇り高き日の丸の翼──

『ターゲット、ロックオン!』

 一瞬青空を映していたバイザーの奥には、金色の髪と青の瞳があった。

 ──方舟公爵アレクシスの乗り込む、日方共同開発戦闘機『ジークフリード』だ!


「アレクシス!」

『遅くなりましたお義父さん』


     *    *


 靖国神社地下危機管理センターにて、東城美咲内閣総理大臣ら政府高官は状況の推移を見守っていた。

 異世界からの担当者が美咲に歩み寄る。

「総理……」

 耳打ちされた内容に美咲は驚く。

「靖国神社のライブ映像と戦場の衛星写真を見せて!」

「え!?? ……り、了解」

 画面が切り替わる。はたして何事か。


 ……靖国神社から金色の光の粒子が立ち昇り、一方戦場には熱源が集合していくのが映された。


「これは、まさか……!?」

 自らも精霊魔法の根幹である太陽因子を持ち、日本国政府の異世界専従チームに所属してきた美咲が直感する。

「うむ。太陽因子ですな。天皇陛下の祈りが英霊を動かしたのでしょうな」

 映像のひとつには、光の粒子が飛行機の形に結集するのが見える……輪郭やディテールこそ金色に色どられているものの、濃緑色のボディに日の丸輝く翼は、間違いなく──零戦である!


 天皇は魂を捧げ祈るとともに、その身に英霊の思念を感じとっていた。

「「もう一度戦うんだ!」」「「日本をやらせてたまるか!」」

 怨念などではなく、強く優しい力だった。真に国、故郷、家族、恋人を愛した青年たちの想いだ。その想いが天皇により具現化したのだ。



 ……第二次世界大戦から一〇〇年を経て、地球外生命体から日本を、そして世界を守るべく英霊が立ち上がった!

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