第四章「天命篇」

『我々星間連合最高評議会は、幾千億の国民を代表し協議の上、人類に対し戦争を終結する機会を与えることで一致した』

『星間連合軍は増強を受け、日本に最後の打撃を加える用意を既に整えた。この軍事力は、人類の抵抗が止まるまで、地球に対する戦争を遂行する一切の星間連合の決意により支持され且つ鼓舞される。我々の国民が支持したこの軍事力行使は、人類とその文明が完全に壊滅することを意味する。人類が、無分別な打算により死を選ぶか、それとも我々に奴隷奉仕の道を歩むかを選ぶべき時が到来したのだ』

『我々の条件は以下の条文で示すとおりであり、これについては譲歩せず、執行の遅れは認めない』

『人類を欺いて我々に逆らう過ちを犯させた地球連邦大統領を含む地球連邦指導者全員。そして皇族、王族、貴族、国家主席、大統領、首相、以下各国の指導者を全員粛清する。無責任な軍国主義が地球から駆逐されるまでは、宇宙に平和と安全と正義の新秩序も現れ得ないからである』

『新秩序が確立され、戦争能力が失われたことが確認される時までは、我々の指示する基本的目的の達成を確保するため、地球全域は占領され人類は我々の奴隷とする』

『我々は人類が地球連邦の即時無条件降伏を宣言し、またその行動について地球連邦政府が十分に保障することを求める。これ以外の選択肢は完全なる破滅があるのみである』



 ……以上の文言が、地球外生命体が発した最後通告。降伏勧告である。

 

 静まりかえった危機管理センターに深い吐息が響く。

 東城美咲内閣総理大臣が両手で顔を覆い、うなだれた。肘がテーブルに乗せられる。

「最悪の最後通告ね。奴隷として生きるか。死ぬか」

 外務大臣、と美咲が呼びかける。

「地球連邦政府、バシス大統領は、この最後通告に何と……??」

「荒垣前総理の指示を仰ぎたいとのことです。荒垣前総理はバシス大統領により地球連邦防衛総省長官、そして『抵抗軍総司令官』に指名されています」

「……引き受けてくれるかしら」

「今、天皇陛下と荒垣前総理が話されています」


 現代において天皇が政治軍事に関わることはない。天皇が神聖不可侵の現人神と定められていた戦前ですら、天皇が実権を行使したのは二・二六事件と終戦の御聖断のみである。

 だが、二〇四六年の今上天皇は違った。

 地球外生命体の侵略を、政治軍事の概念すら超越した人類そのものを脅かす危機と捉え、聖断を下そうとしている。

 

 ……美咲が椅子から立ち上がる。皆彼女を注視した。


「荒垣閣下……」


     *    *


 ……御座所ござしょと呼ばれる天皇の執務室は明るい木目調で纏められており、簡素でありながらも気高さと落ち着きが感じられるあるじにふさわしい部屋だ。


きょうに、抵抗軍総司令官を務めてもらいたい」


 卿とは、君主が用いる臣下に対する呼び方である。前時代的な言葉ではあるが、天皇にはその言葉が似合う風格と威厳があった。

 その威厳に、世界を幾度も救った英雄、荒垣健ですらおののく。

「私は七十六の高齢で、司令官としては不適当です。……何とぞ辞退をお許しいただきたく存じます」

「奥方のことは知っている」

 そこまで知っていたのか、と荒垣は目を見張る。同時に彼の脳裏に妻、峯坂の最後が浮かんだ……



 ……身体中を包帯に包まれ、医療機器に繋がれた最愛の女性、峯坂優衣みねさかゆい

 自身が建設会社役員であるために、建設車両を駆使して、地球外生命体の侵略で破壊された街の救援にあたっていた──それがあだとなった。

 彼女はまぶたを開き、右手を伸ばしゆっくりと荒垣の頬を包む。大切なものに触れるように荒垣も彼女の右手に手を添えた。

「泣かないで。総理は何度も世界を救った英雄じゃないっすか。こんなことで落ち込んでたらだめっすよ」

「優衣……!」

「だから、必ず皆を助ける救世主になっ……て……」

 ──医療機器が鳴り響く! 心拍、血圧を表すバイタルサインが急速に低下した。

 見守っていた高原が肩を落とす。首をゆっくりと横にふった……



「……もう他に人はいない!」

 頭を垂れる荒垣に、天皇は断言した。

「頼むから、どうか、承知してもらいたい」

 三〇以上も年下のはずの天皇が、荒垣には神々しく、圧倒的な存在に感じられた。

 天皇の麗しい黒髪が揺らぎ、澄んだ瞳がまっすぐ荒垣を見つめる。

 ──頼むから、どうか。

 荒垣は天皇から賜った言葉を反芻はんすうする。絶対的存在であるはずの天皇が「頼む」と言ったのだ──断れるはずがなかった。


     *    *


 荒垣が姿を現したのは危機管理センターだった。


 黒ジャケットを着こむ荒垣。背に朱字で【防衛省】と刻まれ、胸には【防衛大臣荒垣健】とある。

 腕には日の丸のエンブレムが輝いていた。

 防衛大臣時代から彼が愛用するジャケットだ。


 荒垣の決意が現れた服装だ。

 その気迫に美咲たち閣僚が立ち上がる。


 猛禽類のように鋭い眼光で決然と荒垣は命じる。

「バシス大統領に伝えてくれ。防衛総省長官として抵抗軍総司令官に就任すると!」

 おお、と皆がざわめく。荒垣は美咲に向き直る。

「地球連邦防衛総省長官より日本国内閣総理大臣に通達。地球連邦憲章に基づき、長官権限で自衛隊を即応軍に組み込み、統合運用する」

「わかりました!」

 荒垣が後ろを振り向く……出入口にもうひとつ人影が現れた。


「「陛下!!??」」


 天皇は閣僚を見渡し、口を開いた──

「内閣では至急、開戦の詔書を用意してもらいたい」

「詔書!?」

 美咲が呟いた。


「現代の玉音放送──!?」


     *    *


 二〇四六年、八月十四日──


『この度の地球外生命体襲来は、全世界に幾億もの犠牲者を出し、人類は未曾有の脅威にさらされています。私はこの非常事態にあたり、国民の皆さんに思いを伝えたいと思います』


 電波、地下や海底の光ファイバーケーブルにより、天皇の玉音放送は世界各地、津々浦々にまで届いていた。


『私は、地球外生命体に対し、星間連合最高評議会の最後通告を拒否する旨、抵抗軍総司令官に通告しました』


 天皇が抵抗軍総司令官を動かした!

 衝撃が地球全土に伝播する。


『そもそも日本と世界の平和と人々の安寧を祈り、苦楽を共にすることは、私の願いであり、歴代の天皇が紡いできた天皇のあり方です。地球外生命体に宣戦布告した理由もまた、人々の暮らしを守ることであり、地球外生命体の主権を排して交戦することはもとより私の望むことではありません』


 代々の天皇は民の幸せを祈り、喜びと苦しみを分かちあってきた。平和を願っていた。


『しかしながら交戦からわずか数日により、地球連邦即応軍、各国の軍隊、自衛隊、警察、消防、海上保安庁、国や地方自治体の人々、すべての公的機関の人々が最善を尽くしたにもかかわらず、状況は日に日に悪化し、私たちは決して有利ではありません』


 天皇のねぎらいに洋祐ら軍人たちは泣いた。


『それどころか、敵は残虐なる殺戮兵器を投入して大勢の人々を殺傷しており、被害、犠牲者が天文学的数値となってしまいました。このまま地球外生命体の侵略を受け入れれば、日本国の滅亡を招くのみならず、人類の文明をも破壊してしまうでしょう。そのような事態を許したならば、私はどのようにして国民の皆さんと歴代天皇の御霊に詫びることができるでしょう……これが、抵抗軍総司令官をして地球外生命体の要求を拒否せしめた理由です』


 地球外生命体パワードスーツの情報は天皇の耳にも入っている。


『私は日本国と共に奮戦した地球連邦のすべて犠牲者に対し、感謝と哀悼の意を表します。戦禍に倒れた遺族に思いを致せば、五臓六腑の引き裂かれる思いです。なおかつ負傷し、被害を受け、生活を失った人々に思いを致す時、心痛まずにはいられません』


 天皇は一旦原稿を置き、画面の向こうの民を慈愛のまなざしで見つめる。


『思うに、これから世界人類を待つ試練は尋常ではありません。人々の苦しみも私はよく理解しています。しかしながら……今は耐えがたきを、耐え……忍びがたきを、忍び、明日を生きる若者たちの未来のために未来を切り開く時です』


 百年前の玉音放送と同じ言葉が、再び天皇の口から発せられた!


『私は今、地球連邦の一員、最後の砦としての日本国を護持することができ、人々の思いを信じ、常に皆さんと共にあります。もし感情のままみだりに社会秩序を乱し、あるいは同胞を陥れ連帯を崩し、大道を踏み誤り、地球外生命体に対する一致団結の輪を失うことは、私が最も戒めるところであります』


 天皇は人々の団結をうながす。


『どうか世界がひとつになり皆で未来をつなぎ、固く人類の不滅を信じ、担う使命は重く、進む道のりの険しいことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、道義を大切に思いを強くして、日本、世界、人類の英知と力を発揚し、地球外生命体に対する、生き残る断固たる決意を示すことを願います。私の思いが人々の理解を得られるよう、切に願っています』


 ……そう締めくくり、天皇は一礼した。


     *    *

 

 ……憲法が変わり、時代が変わっても、天皇は日本人の心を灯しつづける。


 八月十五日──


 決戦の日は奇しくも終戦記念日だった。

 夜明け前の靖国神社には幾千人もの太陽鎮守府関係者、自衛隊関係者、異世界関係者が集った。靖国神社を心の拠り所とする民間人も集まっている。

 天皇の言葉に戦う意味を見いだし、または勇気づけられた者たちだ。もはや気分は天皇に味方した武将、楠木正成くすのきまさしげである。


 あ! と観衆がステージを指差す。


 ──天皇、荒垣抵抗軍総司令官、東城内閣総理大臣だ! 異世界からは精霊王国『方舟』女王ミュラ、魔界皇帝ガリウスの姿もある。


 観衆は万歳三唱しそうになるが、天皇が制する……荒垣を見やった。


『おはよう諸君……』


 マイクを持ち、荒垣は聴衆に語りかける──


『……これから諸君は、陸海空の総力を結集し、人類の存亡をかけた史上最大の作戦に臨む……』


 皆が拳を握りしめる。


『……百年前、人類は同胞で対立し、覇権を競いあった。だが時代は変わった。日本神話のカグツチ……魔界軍、人類は共通の試練のために団結し、ついに統一政府たる地球連邦政府を作った! 今日は八月十五日。これも何かの運命だ。我々は国家、民族、宗教の壁を超え、ひとつの目的で結ばれる──』


 さまざまな人種が顔を見合せた。


『──勝利を手にしたなら、八月十五日は第二次世界大戦の悲しみの記念日ではなく、地球外生命体の侵略に対して人類が勝利の進撃を開始した戦勝記念日になるだろう!』


 皆が総司令官荒垣の演説に呑まれる──

 朝焼けが東の空を染め上げていた……


『──今日、我々の戦勝記念日を祝おう!!!』

 

 一帯は轟音にも似たシュプレヒコールの嵐となった。異世界関係者の中には両手を頭の上で叩き荒垣を囃し立てる者もいる。自衛官らは直立不動の敬礼を送った。


 それを見届けた天皇は荒垣に微笑み、靖国神社にて祈祷を始める、と言い残し去った。

 魔界皇帝、方舟女王も準備を始める。


 アレクシスが遥と口づけを交わし、抱擁した。

「行ってくる」

「気をつけて……」

 挨拶もそこそこに、即応軍空軍の整備兵が割って入る。

「──ではアレクシス殿下、搭乗機にご案内します。こちらです。装備一式はこちらのラックに。ヘルメットはお好きなものを」

 

 ……アレクシスが乗り込むのは、空気抵抗を考慮した白銀の機体。左右両主翼は斜め後方に伸び、機首が鋭いラインを描く──日本異世界共同開発戦闘機【 F3『ジークフリード』 】だ。


 コックピットに収まり、操縦系統、動作系統をチェック。整備兵に合図を送る。

『ジークフリード1、滑走路進入を許可する、続けて離陸せよ』

『了解、ジークフリード1、離陸する──』


 バーニアの噴射で、機体が滑走し、大地を離れた──


 ──来るべき最終決戦に向かって。

 

  

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