人魚は溺れる

星屑

人魚は溺れる


 

 

 

 水の中で呼吸はできる。地上でもちょっと乾いて動きにくいだけで、ちゃんと呼吸だってできる。

 

 

 歌も上手だとあなたは言ってくれる。

 

 会いたかった、会えない日は胸が痛くて心が沈んで、悲しくて…でも会えればそんなの忘れるくらいに嬉しくなるの。

 

 ねぇ、微笑んで。

 

 ねぇ、私の髪を優しく撫でて。

 

 「シルヴィ」

 

 《なぁに、アル》

 

 「君の腕を頂戴」

 

 例え、瞞(まやか)しでも。

 

 愛してる、そう言ってくれたあなたが好きよ。

 

 人魚の肉を食べれば、不死身になれる。そんな話が人々の中では広がってると私は知っていた。けれど、それでも遊び相手が欲しくて。

 

 あなたの心が弱いと分かっていても、話しかけられた時逃げることもしなかった。それはきっと私の罪。そしてそれはきっとあなたの終わり。

 

 「愛してる、シルヴィ。だから──」

 

 病に毒される体は嫌だったんだよね。走れない体が嫌だったんだよね。王子なのに誰にも見向きもされないのが悲しくて辛くて、きっとあなたも私と同じだった。

 

 

 誰かと触れ合って、愛されたくて、そのために必死になって。

 

 

 《私の腕をどうするの?》

 「…母様に…あげたいんだ」

 《あなたの体が治るかもしれないのに?お母さんにあげるの?》

 「だって、僕が死んでも誰も困らないから。母様が死んだら、陛下も悲しむし、殿下も悲しむ…だから…。」

 

 可笑しいことを言うあなた。本当は愛されたいだけのあなた。そのために人間じゃないと言うだけの私の腕を欲するの。

 

 治るかもわからない。

 

 

 そんな腕を欲して、王妃に渡して、食べさせるのね。

 

 

 なんて可笑しいのだろうか。

 

 「シルヴィ──」

 《ねぇ、アルヴァンス》

 「…」

 《あなたはそれで幸せになれる?》

 

 愛した人、愛しい人。大切なあなた。壊れてしまったあなた。それでも願うのをやめないあなた。

 その柔らかな銀髪が珊瑚礁のようなピンクに近い赤い目が愛しいの。

 

 

 「僕は、幸せになんかなれないよ」

 《…アルヴァンス、お城は好き?》

 「好き…じゃない。でも…帰らなきゃ」

 《私は?好き?》

 「シルヴィは好きだよ!」

 《好きなのに、腕が欲しいの?》

 「…それは」

 

 目を潤ませ泣きそうなあなたの髪を優しく撫でる。いつも私にしてくれるようにいつもの様にゆったりと。でもね、あなたは分かっていないの。私を好きだと言ってくれるあなたは。

 

 

 《腕を取るって、生えてくるわけじゃないわ。切ることになる。きっととても痛くてとてもとても血が出るわ》

 「…」

 《それなのに腕が欲しいと言ったその口であなたは私を好きだというのね。》

 

 泣きそうになるアルヴァンスをぎゅっと抱きしめる。アルと出会って十年。五歳だったのに、いつの間にか大人になってもう結婚できるような歳になった。でも、アルは二十歳までしか生きられないと占い師が言ったそう。だからアルヴァンスは必死なんだ。

 

 

 死ぬ前に生きた証が残したくて。

 

 爪痕を残したくて。

 

 私に自分を忘れて欲しくなくて。

 

 

 なんて可哀想な人。

 

 なんて残酷な人。

 

 

 私が人魚だから片腕がなくても人よりも生きやすいから。そんな理由で言えてしまうのだから。やはりこの人は狂ってしまっている。壊れてしまっている。

 

 

 「シルヴィ…」

 《死ぬのが怖い?》

 「…怖い」

 《一人になりたくない?》

 「なりたくない」

 《私を愛すると誓ってくれる?》

 「誓うよ…だから」

 《──腕は渡せない》

 「っ」

 

 唖然と固まるあなたをみて、胸がズキズキと痛む。

 

 ああ、届いて。どうかどうか。届いてちょうだい。優しい人、愛しい人、可哀想な人、あなたの歪みに、届いて欲しい。

 

 《でも、あなたに生命をあげる。》

 「…え?」

 《あなたが生きれるように。あなたが愛されるように。アルヴァンス。貴方に人魚としての命をあげるわ。》

 

 王妃に腕をあげるなんて嫌。きっとアルヴァンスをここまで歪ませたのはあの女。何度も私のところに来てたものね。たくさんの兵を連れて。老いるのが怖い、そんな理由で私を欲した汚い女。

 

 「人魚に…?」

 《一緒に泳ぐの、この広い海を》

 「僕も、なれるの?」

 《なれるわ、魔法を使って》

 「…魔法?」


 《あなたを私はずっと愛すわ、あなたも私を愛して、そう誓うだけよ。裏切ればあなたは泡となる。…それでも良い?》

 

 目を見開いて、泣きそうな顔で笑ったあなたをぎゅっと抱きしめる。

 

 《行きましょう》

 「…うん」

 《後悔は?》

 「母様が死なないか心配」

 《大丈夫よ、あの女は仮病なのだから。老いるのが怖いだけなのよ》

 

 どこまでも純粋で、残酷で、貪欲なアルヴァンス。愛してあげる、守ってあげる、ずっと傍に──いてあげる。

 

 

 だから、どうか間違わないでね。

 

 泡になってしまえば、もう会えなくなってしまうんだから。

 

 優しく口付けをしてその目に微笑む。

 大丈夫、人魚はね老いること無く長い時を生きるの。その美しい姿も永遠。寂しさを感じることなく、この広い海を泳ぐのよ。

 

 「っぁ…シル…ヴィ」

 こみ上げてくる熱に耐えかねるような喘ぎがあなたの口からもれるのを私は抱きしめることで押さえつける。

 

 大丈夫。私がそばにいるわ、だから恐れないで。変わることを…人でなくなることを。

 

 「シ、ルヴィっぁぁあ」

 

 

 バキバキと骨が折れる音がする。人魚の口付けは魔力を持って与えれば人を人魚にすることが出来る。それは女性ばかりの人魚が子を成すために人魚が作った“呪い”。

 

 「いた、いっ痛い痛い」

 

 その呪いがあなたから足を奪うの。足を奪い、海へとあなたを縛り付ける。愛しているわ、アルヴァンス。本当よ?

 

 あなたには魔法といったけれど、これは呪いなの。

 

 

 「っしにたく、ない」

 

 死なないわ。私が死なせない。だってあなたが選んだんじゃない。生きることを私と共にあることを人魚であることを。

 

 「ぁ…」

 

 骨の折れる音がなくなればアルヴァンスはその綺麗な目を伏せて眠りについてしまう。足があった場所を見れば綺麗な白銀の鱗の尾ビレが見える。

 

 

 ああ、耐えた。あなたは耐えてくれた。自分の存在が書き換えられる痛みを私の──私の伴侶となるその為だけに。

 

 なんて愛しいのかしら。

 そしてなんて愚かしいの。

 

 

 もうあなたに私から離れる足はない。死に絶えるその瞬間まであなたは姿も変わらず海に縛り付けられ、私の傍に居てくれる。

 

 あの王妃は仮病だ。だけど、死ぬのも事実。次期にあの女は死ぬでしょう、でもそれは虐げられた人たちからの呪いでだ。

 

 けれどあなたはその事実を知ることもない。

 

 

 だって、あなたは人魚になったんだから。

 

 人魚が陸に上がるなんて可笑しいでしょう?

 

 

 眠り続ける私の伴侶を抱きしめて深い海の底の楽園へ泳いでいく。

 

 

 愛しいアルヴァンス。

 愚かで残酷で純粋で。

 

 

 その全てが愛おしい。

 

 

 《ふふっ愛してるわ…私のアルヴァンス》

 

 あなたが“真実”に気付いてしまうまでは──ずっとあなたの傍に。

 

 

 

 

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人魚は溺れる 星屑 @hitotuno-hosikuzu

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