ギブミー本命チョコレート

無月兄

第1話

 バレンタインのこの日、学校から帰るころになると、俺の鞄の中にはいくつかのチョコが収められていた。もちろんどれも、女の子から貰ったものだ。

 だけど……


「はぁーっ」

「どうした、ため息なんかついて?」


 女の子からチョコを貰えたことは素直に嬉しい。数だけで言えば、クラスの男子の中でも上から数えた方が早いだろう。なのに今の気分はとっても微妙。


「だってこれ、全部友チョコなんだぜ。本命なんて一個もねえの」


 チョコは好きだ。帰って食べ比べするのが楽しみだ。だけどバレンタインでチョコと言ったら、その先には恋愛を期待してもいいだろう。なのに俺が貰うのは、どれもこれも友達用。たった一個で良いから、本命チョコが欲しかった。


「どうして誰も俺に本命チョコをくれないんだろうな。女子とは結構仲が良い方だと思うんだけどな」


 それは決して自惚れではなく、今持っているチョコの数からいっても間違いないだろう。友チョコ、義理チョコとは言え、まったく親しくない相手に渡したりはしない。


「今日だって、チョコ貰うついでに話して、結構いい雰囲気だったと思うんだ。お返しに、俺が作ったチョコを渡したりしてさ。そう言う親しい関係から恋に発展する事だってあるだろ?」

「まあな。ところでお前、自分でチョコ作ったのか?」

「ああ。お菓子作りは好きだからな」


 この時期になると、チョコはもちろんそれ以外にも様々なお菓子作りの器具や材料が大々的に売り出される。そんなのを見るとつい自分でも作ってみたくなるし、せっかく作ったのだから俺にチョコをくれた子にもその場でお返ししたい。


「男がお菓子作りが好きねぇ。ひょっとしてそんなだから、あんまり男として見られでないんじゃないか?

「なんだよそれ」


 これには少しムッとする。男がお菓子作りを好きで何が悪い。今時、料理=女の仕事だとでも思っているのかコイツは。


「いや、菓子作りが悪いとは言わねえよ。けど、つい女友達みたいな感覚になって、恋に発展はしないんじゃねーの?」

「お菓子作りが好きなだけでか?」


 そんな事言ったら世の中の料理男子は全員泣くぞ。だけどそいつは、それからさらにこう続けた。


「動物とか、マスコットとか、ゆるキャラとか、可愛いもの好きだよな?」

「ああ、好きだよ。まさか今度はそれが原因って言うんじゃないだろうな?」


 可愛いは男女問わず誰でも持ってる感覚だろ。何がおかしい。


「少女漫画も好きだよな。あと、角川ビーンズ文庫やビーズログ文庫なんかの少女小説。それに乙女ゲームもやるだろ」

「恋愛要素のある話が好きだからな」

「最近好きな歌はなんだ?」

「HoneyWorksの楽曲全般かな。動画も見る」

「…………なあ、一応聞いておくが、お前の恋愛対象は男女どっちだ?」

「女の子に決まってるだろ!」


 確かにコイツがさっき上げたものは、女性目線の恋愛モノが数多くある。もちろん俺はそう言う作品が好きだし、そこに出てくるイケメンキャラも好きだ。けどだからと言って、恋愛として好きになるのは紛れもなく女の子だ。


「さすがに今のは言いすぎたかもしれねーけどよ、それらの趣味が積み重なった結果、あまり恋愛対象として見られなくなったんじゃねーか?あとお前、アヒル座りも何の苦もなくできるだろ。大抵の男は俺あれをやろうとするときついんだよ」

「えっ、そうなのか?じゃなくて、なんだよその理不尽は。別に何が好きだっていいだろ!」


 果たしてこいつの言っている事が本当に正しいかは分からない。だがもし本当にそうなら悲しすぎるぞ。


「まあ、今のはただの仮説だ。本当はそんなの全く関係なくて、単にお前に男としての魅力が全く備わってないだけかもしれないぞ」

「余計嫌だよ!」


 こいつに愚痴なんて言うんじゃなかった。おかげで最初はちょっとモヤモヤしてただけのはずだったのに、今では結構な傷ができた様な気がする。

 こいつも流石に悪いと思ったのか、慌ててこんな事を言う。


「でもさ、お前本当に全く告白された事とかねーの?彼氏にしたいとか、付き合いたいとか言われた事もゼロ?ひょっとして、」

「ゼロだよ。言われたのといえば……」


 なんとかフォローしようとしたつもりかもしれないが、なんの効果も無かったな。

 だけどそう言われて、何か少しくらいは前向きな事を言わていたのではと記憶を辿ってみる。少しでもそれらしい事を言われていたのなら、この傷ついた心をちょっとは癒してくれるかもしれない。


「…………あっ」

「どうした?何かあったか?」

「弟にしたいって言われた。同級生に……」


 苦い記憶がよみがえる。別にこれを言った子を好きだったとかじゃないけど、同級生の女の子にそんな事言われたら正直へこむ。それって、頼りないってことですか?

 記憶なんて辿るんじゃなかった。ほら、聞いてたこいつも引いてるよ。


「……い、いや待て。ここはポジティブに考えろ。もしかしたら、その子が年下好きだったのかもしれないだろ。だからつい、弟なんて表現をしたんじゃないのか」

「そのすぐ後に、妹でもいいって言われたよ。妹にして、ケーキ焼いてもらったり、マフラー編んでもらったりするんだって」

「…………」


 どうやら、とうとう掛ける言葉を失ってしまったようだな。


 あれ、おかしいな?どうして涙が出てくるんだろう。

 この日帰ってから貯めてチョコの味は、なぜかちょっぴりしょっぱかった。

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ギブミー本命チョコレート 無月兄 @tukuyomimutuki

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