第15話 おつかい終了

 帝国内でのおつかいも、何とか終わらせる事ができた。


 ネズミ組の8人は、カイトの【転移の魔法】にて魔女集会学園へと帰り着く。そしてすぐに担任教師へ帝国内での出来事を報告した。

 しかし、特に何かを言われることもなく下校の許可が下りたのだった。


「いろいろ遇ったようだが、今回も全員無事のようだな。…それなら、問題ない」


 それだけ伝えて頼んでいた小麦粉を受け取ると、担任教師のグランは職員室へと戻っていった。


「あの担任、俺たちのことを何だと思ってるんだ? まるで『怪我して来いよ』みたいな扱いしやがって」


「まぁさすがに、あの態度はないよな」


 カイトが右目を覆う眼帯を着け直しながら呟くと、それを聞いていたソウヘイが頷く。

 ネズミ組の担任であるグランの態度は、教師としてあるべき姿とは到底言い難いものがある。


「カイトっち、ソウヘイっち! 早く買って来た食材運んじゃお! このあと男子4人で、コウキっちの家に遊びに行くんだからさ!」


「この時間なら、ちょうど夕刻のパンが焼けている頃だ」


 おつかいで買って来た食材を抱えて、チロルとコウキがカイトとソウヘイを呼ぶ。

 カイトはグランが歩いて行った方向に一度だけ視線を向けると、すぐにソウヘイと一緒にチロルとコウキのもとへ走って行った。




「エリウッド先生。…生徒に対して少し 厳し過ぎる んじゃないですか?」


 職員室に戻ったグランにそう告げるのは、ヘビ組の担任教師である---ケルビン・ランズ。

 ケルビンは魔女集会学園に勤めて長く…今年に入職したばかりであるグランの、先輩教師であった。


「ランズ先生。彼らは 1年生 といえど 魔法使い です。…帝国内での争い程度、問題なくこなせるようにならないと」


「魔法使いとしては…ね。でも…君の発言にもある通り、彼らはまだ 1年生 だ。---帝国への課外授業は本来、2年生から行うのが基本なんだよ」


 グランの発言にケルビンは両手を挙げながら、やれやれといった表情で答える。


「それも、入学したばかりの 4月 に課外授業なんて前代未聞だよ? 僕が受け持ってる 戦闘訓練重視 のヘビ組の子たちでも、まだでの授業しか行っていないのに」


 学園内…つまり、<迷いの森>での活動すら行っていないのだ。

 将来は国を護っていく守護者となるよう教育される、ヘビ組の生徒たちですらだ。

 1年生から 実践導入 なんて普通に考えて在り得ないことであった。


 さらにそんな無茶な授業を受けているのが、将来は 国に残ってのんびり暮らすだけの ネズミ組の生徒たちである。

 教師の間でも、グランの教育方針に疑問を持つ者が多かった。


「君の教育に口を挟むつもりはないけど…ここに通う生徒たちが全員、君みたいに 特別な存在 ではないことは理解して欲しい」


 ランズは掛けていた黒縁メガネを指で押し上げながら、グランに対して忠告する。

 グランの キャリア については触れないでおくが、これ以上無茶な教育を行うなら教師として許しはしない。

そんな意味を込めて---


「理解しています。……ですが、この国の中も平和であり続けるなんて保証は、どこにもありませんよ」


「その平和を護るのが、君の<後輩たち>の仕事じゃないですか。これでも<彼ら>のことは、とても信用してるんですよ」


 いつになく真剣な表情で口を開くグランに、ケルビンは笑みを浮かべて返す。


「<アイツ等>のことを俺に言われても、俺の知るところではありません」


 グランはそれだけ言うと、デスクワークを行い始める。

 ケルビンもそれ以上は追及せず、さっきまでやっていたクラスで行う課題の製作を再開するのだった。




 カイト・ソウヘイ・チロル・コウキの男子4人は、現在コウキが主人と2人で住んでいる家の前まで来ていた。


「ここが<紅玉のパン屋>か?」


 カイトは、その家---店を見ながら口を開く。


 コウキの主人が営んでいるという、<紅玉のパン屋>。


 掃除が行き届いているのか、清潔感のある建物の様子が伺える。ドニバの商店街からは少し離れているが、この店のパンを買いに来たと思われるお客も何人か見えていた。

 パンを置いてある棚を見る限り、売れ行きも悪くはないようだ。


「たしかまだお店ができてから、あんまり経ってないんだよな? けっこう人気があるみたいだけど」

「主人のパンは、絶品だからな」


 ソウヘイがコウキに尋ねると、コウキはいつも通りの無表情で答える。

 しかしその表情はいつもに比べると、どこか誇らしげなものが感じられた。


「とりあえず、店の中に入ろうよぉ~。俺っち、もうお腹減って倒れそうだわ」

「そうだな、まずは店に入ろうか」


 チロルの言葉に全員が頷き、カイト達は<紅玉のパン屋>へと入店した。




 店の中は広いとまではいかないも、整理整頓されており狭いと感じるほどでもない。

 壁際に置かれた棚に、色んな種類のパンが売られている。

 どうやら、カウンターの奥がパンを作る工房になっているようだ。


「--- ルル 。ただいま」


 コウキがカウンターの奥に向かって歩いていく。すると、中から1人の女性……いや、が出て来る。


「お帰りなさい、コー君。ごめんね、いま新しく焼けたパンを…あれ、その子たちは?」


 コウキが ルル と呼んだその少女は、外見は10歳にも満たないほど小柄な体躯であった。

 妖精と見紛うほどの端正な顔立ちに加え、肩に届かないくらいに短く切り揃えた紅玉色ルビーの髪が、色鮮やかな印象を与える。

 さらに特徴的なのは、その髪と同じ紅玉色ルビーの輝きを放つ---瞳。


 、その奥には薄っすらと幾何学的な模様も見える。

 それは間違いなく、<魔女の魔眼>であった。…そしてこの人物を、カイトはよく知っている。


「--- ルルさん。まさか、貴女がコウキの主人とは思いもしませんでした」


「あ、カイト君! どうりで見たことある顔だなって思ったよ! ほかの子たちもコウキの同級性の子たちなの?」


 カイトの姿を見て、嬉しそうに笑うルルとは何度か顔を合わせたことがあった。

そう……魔女集会で。


「まさか、<ルル・ルビー>さんですか! あの<紅玉色ルビーの魔女>の!」


 今度はルルの姿を見て、ソウヘイが声を上げる。まぁ目の前に 有名人 が居れば、誰だってこういう反応をするだろう。


「うっわぁ~、コウキっちの主人って---<八宝石やほうせきの魔女>の1人じゃん!」


 チロルの言葉にあった<八宝石やほうせきの魔女>。


 カイト達が住む魔法使いの国マドニバルに存在する、8人のの総称である。


 他の魔法使いたちと比べて 圧倒的なまでの魔力 を有し、自身の名にある宝石名を用いた<魔女の魔眼>を持つ帝国風にいうトップクラスの 魔女たち なのだ。


 そんな<八宝石の魔女>の1人であるルルが、何か自営業をやっていることはカイトの主人サーリンから聞いたことがあったような気がする。

 サーリンとルルは昔なじみで仲が良い……そして、同じ<八宝石の魔女>であるのだから。


「ルル、今日はクラスメイトの…友達を連れてきた」


(…おぉ、なんかコウキの口から 友達 って聞けるとは…なんか柄にもない感じだな)


 コウキみたいな帝国風にいう クールキャラ は、友達なんて作らずに一匹狼みたいな印象が強い。そんなクールキャラに、友達と言って貰えるのは光栄なことだろう。


「え、コー君の友達! コー君、学校で上手くやっているか心配したけど、お友達が出来たんだね!」


 ルルがすごく嬉しそうにコウキに駆け寄る。その光景はなんというか、兄妹みたいにも見える。


「今日は、ルルのパンを買いに来てくれたんだ」

「そうなの? じゃあ、今日のおすすめ品を持ってくるね!」


 ルルが壁際の棚に向かって走っていく。こうやって見ると本当に、お兄ちゃん大好きな妹だな。


「ちょっと待っててくれ、いま主人がパンを持って来てくれる」

「いやぁ~驚いたよ、マジで! コウキっち、実は超有名人なんじゃね!?」

「…有名人?」

「<八宝石の魔女>って言ったら、超有名じゃん! それに魔女集会じゃ、いつも交代で 議長 をやってるし! その付き人なら、集会でも声かけて来る人多いっしょ?」

「俺は魔女集会には行ったことがない、主人が集会に行っている間は代わりに店番をしている」

「えぇ~、そうなの? 勿体ないなぁ~」


 ルルが戻って来る間に、コウキとチロルが話をしている。

 その間に、ソウヘイもカイトに近付き声を掛けてきた。


「カイトの主人も<八宝石の魔女>だったよな、コウキとは面識なかったのか?」

「さっきもコウキが言ってたが、集会じゃ会ったことないな。ルルさんはいつも1人だったし」


 定期的に開催される魔女集会では、魔女たちが自分の付き人を連れてくるのが恒例だ。それは自身の弟子であったり、拾った子どもであったり様々だが。


「ごめんね、待たせちゃって! 今日のおすすめはね、新作のクリームパンが自信作なの」


 少ししてから、ルルがお盆に4つのパンを置いて持って来た。


「コー君のお友達だから、今日はサービスするね。お金は要らないから、よかったら食べてみて!」


『ありがとうございます!』


 ルルから渡されたそのクリームパンを、お礼を言ってから受け取る。

「食べてみて」と言われたので、その場で一口食べる。

 食感はとても柔らかく、さらに中から紅色のクリームが出てくる。口の中に広がるその風味は、イチゴ。どうやら…イチゴのクリームを使ったクリームパンらしい。


「めちゃくちゃ美味しいですよ、これ!」

「イチゴの味をすごく感じますね!」

「あぁ、すげぇー美味しい」


 味の感想が単純で申し訳ないが、それだけこのパンは美味しかった。


「喜んでもらえてよかったよ、今後もぜひ<紅玉のパン屋>をよろしくね」


 ルルはそう言って、カイト達に微笑むのだった。




 コウキ・ソウヘイ・チロルと別れたカイトは、【転移の魔法】を使って自宅へと戻っていた。

 中に入ると、珍しく本を読んでいない主人サーリンが目に入る。単に机に伏して寝ているだけだが。


「こんなところで寝ると、風邪ひくぞ?」

「……あら、お帰りなさい」


 カイトが声を掛けると、サーリンは目を覚ます。

 大きく伸びをしながらカイトに視線を向けると…


「あら、随分と 魔力を使った のね。帝国で何かあったのかしら?」


 その蒼玉色サファイアの左目でカイトを見ながら、面白そうに笑う。


「あぁ---不幸にも、オウガとかいう 帝国騎士団の将軍補佐 と会ってな。まぁ元らしいけど」

「…オウガ? …ふふ、随分と聞き覚えのある名前ね」


 サーリンも昔はよく やんちゃ をしていたから、おそらくその時に会っているのかもしれない。


 この<八宝石の魔女>の1人、サーリン・サファイア---またの名を、と出会って生きているとは…


(…やっぱり、あの時の判断は正しかったぜ)


 カイトは安心して胸を撫で下ろす。あの時、オウガに戦いを挑み続けていたら確実にカイト達が負けていただろう。それだけ警戒すべき相手なのだ。もう出会わないことを祈るしかない。


「そういえば、小説の続きは買って来てくれた?」

「買って来てるよ、ソウヘイに頼んでな」


 サーリンから頼まれていた おつかい は、こっそりソウヘイに頼んで置いたのだ。

 リゼットのお土産に戦闘訓練用の書籍を買うことにしていた第1班に、書店に行くなら一緒に買って欲しいとお願いしていたのである。

 大人気シリーズであったが、そのぶん在庫もかなり確保されていたため問題なく買えたらしい。


「ありがと、続きが気になっていたのよ」

「だからって、同じ本を何周もするかよ…普通」


 サーリンは続きの本を手に入れるまで、その前までの本を何周もしていた。よく飽きないものである。


「ふふ、面白いモノは何度みても面白いものよ」

「はいはい、そうですか」


 カイトはサーリンの言葉を軽く受け流し、気になっていた 本題 を話しかける。


「1つ聞きたいことがあるんだが、ルルさんがパン屋をやっているのは知ってるか?」

「えぇ、知ってるわよ。あの娘とは、ながい付き合いだもの…2年くらい前かしら?」


 どうやらサーリンは、前から知っていたようだ。たしかに2人は 長い付き合い のはずだ。


「あの娘が紅玉色の魔女に、50年くらいの付き合いね」


「ルルさん、だいぶ若いもんな」


「まだ 80代 だったかしら? カイトは 若い子 がタイプなの?」

「普通は、80代は若いって言わねぇーよ」


 ---魔法使いは、人間より寿命が長い。

 その身体に流れる異能の力(魔力)が、人間よりも多いためと考えられているが…詳しい理由は分からない。でも確かなことは、人間の 10倍 は長生きするはずであった。


「たしか、サーリンは 250さ…」

「【本よ】」

「---イタっ!」


 いきなり宙に浮いた本に殴られた。


「女性の年齢を口に出すのは、帝国風にいうとデリカシーがないわよ」

「だからって叩くことはないだろ」


 カイトは頭を押さえながら、サーリンに目を向ける。

 見た目は20代中ごろであるが、200年以上生きている<魔女>に。


「そろそろ夕飯の時間ね。今日は何を作ってくれるの?」

「来週、調理実習があるからな。今日はその練習で カレー を作ろうと思う。時間が掛かるから、ちょっと待っててくれ」

「ふふ、それは楽しみだわ。なら、新しい本を読みながら待ってるわね」


 カイトが用意した本を読み始めたサーリンを横目に、カイトは夕飯の支度を始めるのだった。





    Next Story Coming Soon!!!

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