第13話 【魔法】vs【天法】

「【斬り裂け】」


 先に動いたのは、オウガ。

 片手で持っていた大剣を、その場で真横に振るう。するとその大剣から、光の粒子が集まったような斬撃が飛んで来る。カイトは身を低くしてその斬撃を躱し、オウガに向かって駆け出す。


「【かz---」

「…遅せぇよ」


 カイトが【魔法】を放つよりも早く、オウガの大剣がカイトに振り下ろされる。カイトは間一髪でそれを躱すが、側方に飛んで避けたカイトにオウガが左足で蹴りを叩き込む。


「---うっ!」


 思いっきり蹴り飛ばされたカイトは、道脇に並ぶ建物の壁に叩き付けられた。そのまま地面に転がり、さきほどの衝撃で意識が遠退きそうになる。

だが、カイトには休んでる暇なんか与えられない。カイトが地面から起き上がり顔を上げると、すぐに光の斬撃が飛んで来た。


(詠唱を言ってる暇がねぇーっ!)


 カイトは地面から立ち上がらず、そのまま横に転がることで斬撃を避ける。しかし、避けた先にも光の斬撃は容赦なく飛んで来続けた。それを躱しながら、カイトはオウガの方に視線を向ける。

 カイトが反撃を行うためには、【魔法】を使うしかない。しかし、【魔法】を使うには詠唱を行わなければならないのだ。こんな風に間髪入れず攻撃を受け続ければ、口を開くことすら叶わない。


(魔法使いとの戦い方を熟知してるな、さすが 将軍補佐 なんて役職に着いてただけはあるな)


 帝国には <帝国10万とりで> と呼ばれる、 約10万人の兵士 たちが主戦力となる軍隊が存在する。

 その軍隊は1万人ずつが10個の部隊に分けられ、そしてそれぞれの部隊に1人ずつ 将軍 と呼ばれる者に統括されていた。

 その将軍たちは <円卓の10将> と呼ばれ、帝国のの集まりであった。


 オウガは元ではあるが、その将軍の補佐役だったのだ。実質の1万人部隊のナンバー2である。


 そんな相手がいま、カイトの目の前に居るのだ。


(こりゃあ、仕方ないよな)


 カイトはいくつも飛んで来る光の斬撃を躱しながら、その右目を覆う眼帯を外す。


 オウガの周りに浮遊する光の斬撃を、カイトは自身の蒼玉色サファイアの瞳に写した。


 刹那---光の斬撃は全て、蒼玉色サファイアの焔に包まれる。


「…ほう、この力は…」


 オウガは不敵に笑うと、今度は自分が持つ大剣に手を翳す。


「【光を纏え】」


 詠唱を言い終えると、オウガが持つ大剣が光に放ち始める。オウガはその眩く輝く大剣の剣先を、ゆっくりとカイトに向けた。

 カイトは奥に薄っすらと幾何学な模様の入った蒼玉色サファイアの右目で、その大剣の剣先を見つめる。


「【蒼玉焔サ・ファイア】」


 カイトが呟くと、オウガの大剣は蒼玉色サファイアの焔に包まれ焼け落ちた。


 カイトが持つ蒼玉色サファイアの瞳は、物質や生物には効果が無い。しかし、その物質や生物が

 異能を灼く力を持つ蒼玉色サファイアの瞳は、異能を纏っている物質や生物も異能の力と一緒に灼き払うことが出来るのだ。


 つまりオウガの大剣も、【魔力】を纏っていたため焼き払われた。

 いや、オウガが使っているのは【魔力】ではなく……【天力】。


「【天法】か……さすが、元でも将軍補佐ってだけはあるな」


【魔法】と【天法】は根本的には同じものであるが、独自の進化を遂げているため今では違う物として扱う者もいるらしい。まぁもともと、一緒にすると殺されそうになるほど怒られるんだけど。


「お前のその瞳は…<魔女の魔眼>か。それも、<蒼玉色サファイアの魔女>のモノだな」

「やっぱり、あんたレベルになると知ってるわけか」


 カイトが待つ蒼玉色サファイアの瞳は、一般的には<魔女の魔眼>と呼ばれる代物だ。


 <魔女の魔眼>は------


 それが<魔女の魔眼>の効力であり、無詠唱で【魔法】を使う方法の一つでもあった。


「お前は、あの 女 の弟子か何か?」

「あの女ってのは、あんたが言う<蒼玉色サファイアの魔女>のことか?」


 <蒼玉色サファイアの魔女>。その二つ名を持つ 女性 にカイトは心当たりがあった。というより、一緒に住んでいる。


蒼玉色の魔女サーリンなら、俺の主人だよ。ちなみに俺は 弟子 じゃない、拾われた身なもんでね」

「そうか。あの女に拾われた子ども、というわけだな」


 オウガはカイトの言葉を頷きながら聞いている。その手には、先ほどの大剣のような武器は見られない。


「でもいいのか? これでも魔法使いの端くれの俺に、こんなに喋らせて。魔法使いとの戦いの基本は、喋らせないことだろ?」


「いまのお前からは魔力の流れを感じない。【魔法】の詠唱は行ってないはずだ」


「あんたが使う【まh…っと、【天法】は 光属性の攻撃特化型 だ。たしかそれは付与する 依り代 がないと扱いが困難になるって聞いたことがある。それに、いまの俺に向けて異能は使わない方がいい。…意味がないからな」


 依然としてオウガの表情からは 余裕の色 が消えていない。

【天法】が使えないこの状況下で、【魔法】が使えるカイト相手に少しも表情を崩さない。


 ---カイトは蒼玉色サファイアの瞳を使っていても、自身は【魔法】が使えるのだ。


 この芸当は帝国風にいうコントロールってのが難しいのだが、カイトはすでに問題なく扱える。これならオウガ相手にも善戦できるはずだと、カイトが考えていると……


「おらっ!」


 オウガがいきなりカイトに向かって駆け出す。その速度は、目で追うのもやっとなほど。


「っ! 【天法】なしで、この速度かよ!」


 カイトは、オウガから繰り出される拳や蹴りの連撃を何とか捌く。しかし、徐々に押され始める。


「ふんっ、ガキ相手に【天法】を使うまでもないが、体術は久しぶりだから疲れるな」


 そう言ってオウガは背中から 細身の刀 を取り出した。


(仕込み刀っ!? コイツ! 見た目の割に、けっこう姑息な手をっ)


 カイトが急いでオウガと距離を取る。先ほどまでカイトが居た場所に、オウガが刀を振り下ろした。すると、地面に大きな穴が空いた。


「な、なんて力だよっ!」

「はっはっはっ! これぐらい出来て当然だろう」


 オウガがまるで子供のような笑みを浮かべ、大きな声で笑う。

 カイトは距離をとったまま、それに構わず詠唱を始める。


「【風よっ!】」


【天法】を使った遠距離攻撃ができないオウガになら、距離さえ取っていれば【魔法】で攻撃できる。


「…? なんだ、この程度か?」

「---っ!?」


 オウガはカイトが生み出した風を、いとも簡単に斬り裂いた。


「【水よ】、【空気よ】っ!」


 今度はカイトが、間髪入れずに【魔法】を叩き込む。しかしその全てをオウガは、刀1本で打ち払ってしまう。


「随分と威力がないな。想描が足りてないのか?」

「俺はもともと、攻撃特化じゃないんでね」


 オウガは刀を肩で担ぎながら、カイトに近づいてくる。


「まぁいい、そろそろ終わりにしようか。魔女の犬め」


 オウガがカイトに向けて笑みを崩さず伝えてきたので、


「それは貶してるつもりか? ---魔女の下僕を目指してる俺たちにとったら、それは誉め言葉だぜっ」


 カイトも何とか、その表情に笑みを浮かべて返すのだった。




「うぉぉおおお!!」

「---っ!」


 その頃、近くの開けた場所でノルディックとコウキが戦っていた。

 戦っていたと言っても、剣を持つノルディックの攻撃を一方的にコウキが受けているだけなのだが。


「そりゃぁぁあああ!!」

「---っ!!」


 ノルディックの剣撃をギリギリで躱していたコウキだったが、その攻撃が頬をかすめ体勢を崩す。そのまま地面を転がり、近くにあった商店の中まで転がってしまう。


「---っ、? この店は…」


 コウキが転がり込んだのは--- 武器屋 だった。コウキはとっさに、そばにあった剣を手に取る。そして感触を確かめると、店の外へと駆け出した。


「まさか、転がった先で武器を手に入れてくるとは。運が良いみたいだね」

「日頃の行いだな」

「…でも 剣 で、僕に勝てるかな?」


 これでもノルディックは、ゼルアニファ学院時代に剣の腕では5本の指に入っていた。【天法】があまり得意ではなかった彼にとって、剣での戦いが強くなるための道だった。


「俺も、もともとの主武器は------ 刀だ」


「え? それ刀じゃなくて、剣で…っ!?」


 ノルディックのツッコミを無視し、コウキは持っていた剣を振るう。その剣撃は、ノルディックでも捌くのが困難なほど。


「な、なんて速度だよ! 君、ほんとに剣が主武器メインアームみたいだねっ!」


 ノルディックを追い詰める、コウキの美しいとまで言える洗練された剣技。なぜ本人の言う主武器カタナを持ち歩かないのか不思議になる程だ。


「---く! でも負けるわけにはっ!」


 ノルディックが渾身の一撃を叩き込むも、コウキはそれを剣で受けずに身を逸らして躱す。そのまま剣をノルディックの手元に振るい、ノルディックから剣を弾き飛ばした。その手際の良さは、剣の腕に自信を持つノルディックでも息を呑むほどである。


「…まだやるか?」


 剣を失ったノルディックの首元に剣を構え、コウキが小さく呟く。


「いや、僕の負けだよ。好きにするといい」


 まさか、こんな子どもに負けるとは思っていなかったノルディックは死をも覚悟して声を出す。

 ---だが、


「そうか」


 それだけ言うと、コウキはノルディックを置いて走り去っていく。残されたノルディックは、


「……え?」


 なぜか助かったため、わけも分からず口を開くことしか出来なかった。




「【風よ! 吹き飛ばせ!】」

「さっきより威力は増したが、まだ足りんぞ!」


 普段より長く詠唱を行い、魔力を多く流す。そうしたカイトの放つ高威力の【魔法】でも、オウガに傷一つ付けることは出来ない。すでにこの攻防戦を始め、かなりの時間が経っていた。


「それだけ【魔法】を使って、いまだ 魔力切れ にならないとはな……。魔力量は一端か」

「…魔力の量は、取り柄の一つなんだよ」

「では---これならどうだ」


 オウガはそう言って、さっきまでとは比べ物にならないくらい加速する。そのまま何撃かカイトに刀を振るうと、後ろに回り込み…


「【斬り裂け】」


 刀に光を纏わせ、カイトに振り下ろしてくる。

 カイトはそれを地面に伏せ、真横に全力で飛ぶことで回避した。


「反射速度もなかなかのもんだ。どこで身に付けた?」

「 狩り が趣味だからな、そこで自然と身に付いたのさ」


 カイトは息を整えながら答える。対してオウガは、息一つ乱れていない。


(俺の視界から出ることで、<魔女の魔眼>の効果から逃れたのか…。ったく、やっかいだぜ)


 <魔女の魔眼>の発動条件は、対象をその瞳に映すことが前提である。そのためその視界から離れれば、魔眼の効果を受けない。

 オウガはそれを分かっていて、カイトの視界から姿を消し【天法】を放ってきた。それを可能にする身体能力が、オウガにはあるのだ。…【天法】に頼らずとも。


「さて、お前もよく頑張った。いい加減に諦めて、投降したらどうだ?」


 オウガとカイトの間にある戦力差は、圧倒的なまでに大きい。それはカイトだって解っていることだが…


「それでも、何もしないなんて選択肢はねぇーよ」

「そうか……なら、仕方ない」


 すでにカイトに向けて、オウガはゆっくりと刀を振り上げ---


「腕の一本は、斬り飛ばすことになる」


 そう言って、再びカイトへ刀を振り下ろしたのだった。





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