第12話 逃走=悪あがき
「アシスんのお土産も買えたし、そろそろ戻ろうか♪」
「そうだな、ソウヘイ達も西城門前に向かってる頃だろう」
ユレメの言葉にカイトが頷く。
帝国の警備隊に人攫いを引き渡してから、コウキとティアの2人と合流した。その後すぐアシスのお土産を選んでから、買い物は終了したのだ。
あとは、最初に決めた集合場所に戻るだけである。
「……ユレメ。カイトと仲良くなった?」
ティアがユレメとカイトを交互に見ながら、不思議そうに首を傾げる。
さっきからユレメは、カイトの すぐ隣 を歩いているのだ。そしてたまにカイトの顔を見て、その表情に笑みを浮かべる。…ほんとにどうした?
「えっとね、ティッティ。ウチら、実はみんなに隠れて付き合ってるの♪」
「……っ!!」
ユレメの言葉に、珍しくティアが驚いたように肩をびくっと動かす。その表情がまるで、受け止められない現実を突き付けられた子どもみたいになっている。いや、まさにそんな感じだ。
「おい、ユレメ。それはさっきの 嘘 だろ? それで助かったのは事実だが、もうその設定は止めてくれ」
「えへへ、けっこう面白いと思ったんだけどなぁ~♪」
「……嘘?」
ユレメはカイトの反応を見て面白そうに笑う。
しかしティアの方は、もともと色白の肌を具合が悪そうなくらい青白くさせていた。
そこでユレメもティアの反応に気付き、慌ててフォローを入れる。
「ご、ごめんね! ティッティ! さっきのは冗談だから、ね! そんなに心配しないでいいよっ!」
「…良かった。…本当に良かった」
「まず隠れていたなら、言っちゃ駄目なんじゃないか?」
ティアが安堵したように胸を撫で下ろすなか、コウキが冷静に突っ込んだのをカイトは苦笑いで返すのだった。
「そう言えば、一つ聞きたいんだけど。【転移の魔法】を使えば、帝国の出入りってもっと簡単なんじゃないの?」
「あぁそれは、帝国内に【転移の魔法】を封じる結界が張ってあるからさ。ホント、何個の結界を張ってんだよって話だな」
帝国には純血の魔法使いを入れさせない結界の他にも、幾つかの結界が張られているのは誰もが知っている常識だ。
【転移の魔法】を封じる結界も、その一つだ。そのためカイトも、正規の出入り口からしか移動が出来ないのであった。
「そうなんだぁ~…あ、あともう一つ聞いてもいい?」
「俺に答えられるなら、問題ないけど?」
ユレメが辺りを見回しながら、人差し指を口元に当てながら疑問を言う。
「ずっと気になってたんだけど、帝国にはウチみたいな
「……確かに、1人も見ていない」
ユレメの言葉にティアも頷く。
そう、帝国内を歩き回って買い物をするなかで帝国民を何人も見た。その中で
「それは帝国が<人種主義の国>だからだ」
カイトが何て答えるべきか、右目を覆う眼帯の紐を触りながら悩む。伝え方が難しい質問だったが、それを代わりにコウキが答えてくれる。
「人種主義の国?」
「帝国は人種の皇帝が創った国だからな、自分たちとは違う異種族は差別の対象なんだよ」
ユレメの問いに、今度はカイトが答える。そして、コウキが続いて口を開いた。
「帝国には 奴隷制度 がある。その奴隷は、魔法使いや異種族が多い」
「……酷い話」
コウキの言葉に、ティアがその鈴音の声を響かせる。
帝国内に異種族がいない訳ではないが、もし居たとしてもそれは、全員が奴隷であるということ。
「ウチと同じ
「そういうことだ。ユレメが
もちろん、帝国の学び舎であるゼルアニファ学院には人種しか通っていない。
しかし、帝国と違い 連邦国 は様々な種族が入り混じっている。つまり連邦国で見つかる分には問題ないが、帝国で見つかれば大問題となる。
もともと仲の悪い連邦国やマドニバルから、帝国風にいう スパイ が紛れ込んだようなものだからである。見つかれば即逮捕であろう。
「あれ? でも確か、純血の魔法使いは結界の所為で帝国に入れないんじゃなかったっけ?」
ユレメの言う通り、純血の魔法使いは帝国には入れない。だが奴隷として、魔法使いの需要が高いのは事実である。
「それは…魔法使いの弟子や拾われた子どもが捕まって、魔法使いとして売られているからだ」
コウキの言う通り<純血の魔法使い>が奴隷になるというより、そのおつかいで来た者たちが奴隷になることが多いのだ。
帝国兵たちは灰色ローブを着た子どもはゼルアニファ学院の生徒と疑わないが、人攫いたちはなぜか、その子らが魔法使いの弟子や拾われた子どもの可能性がある事を知っている。
恐らく、一度帝国の子どもと思って攫った子が魔法を使えたのだろう。それから奴隷として高く売れることを知り、誘拐するようになったのだろう。
ちなみに、人攫いが攫った子どもは身代金目当てであったり他国に売られたりするらしい。
「だから帝国へ行くの危険って、ウチの主人も言ってたわけやねぇ~。じゃあ早く、こんな危ない場所からは抜け出そう!」
納得したユレメはカイトたち他3人を見てから、笑顔で口を開く。
カイト達もそれに笑顔で返し、さっそく西城門に向かおうとすると------
「おい、そこのお前等。さっき聞き忘れた質問いいか?」
ユレメとカイトは聞き覚えのある、雄々しい男性の声が4人を呼び止めた。
「……? あれ、おじさん。さっきの警備隊の人?」
確か帝国警備隊のオウガと呼ばれていた男だ。その堂々とした立ち姿には、覇気のようなモノを感じる。
「お、オウガ隊長! いったいどうしたんですか? いきなり巡回なんてっ! あれ、君たちはさっきのゼルアニファ学院の生徒たちかい?」
腰に大剣を携えたオウガの後から、急ぎ足で駆け付けて来たのはノルディックと呼ばれていた警備官だ。この男も、先ほどは持っていなかった剣を腰に下げている。
「…どうしたんですか? 俺たちに聞きたい事って」
「何、簡単なことさ…… 一言で終わる 」
オウガはその表情に不敵な笑みを浮かべたまま、カイト達4人を見回すとその疑問を口にした。
カイトはオウガの放つ雰囲気で、何となくだが その疑問 に心当たりがあった。
------だからこそ、すぐに反応が出来たのかもしれない。
「お前ら……本当に、ゼルアニファ学院の生徒か?」
「--- みんな走れッ!!」
オウガが言葉を言い終わる前に、カイトは全員に逃走の合図を出していた。
帝国には築城されたエアニファル城を中心に、円で囲むように城壁が築かれている。その城壁にはそれぞれ東西南北に門が造られ、そこからしか出入りが出来ない。
そしてそれ以外の出入り方法と成り得る【飛行の魔法】や【転移の魔法】などは、結界によって使用できないようになっている。
門を潜ってからその先は公道となっており、幅広く設計された道が真っ直ぐに通る。つまり帝国を上から見下ろせば、門から続く大きな 十字道 が見えるわけだ。さらにその十字道から脇道へと逸れることで、幾つもの迷路のような細道が続く。
現在カイトたちは、その細道の一つを全力で走っていた。
「ど、どうしてバレっちゃたのかなっ?」
「俺が知るかよっ…とりあえず、現状が 大ピンチ ってことしか分からんっ!」
「……いま何処に向かっているの?」
「近いのは、途中まで向かってた西門だな」
灰色のローブを風に揺らせながら、カイトたち第2班は駆け続ける。とっさに脇道へと走り込んだはいいが、この道が何処に続いているかなど 地元民 でもないカイトたちには分からなかった。
「くそっ! こういう時に【飛行魔法】や【転移魔法】が使えないのは痛手だな!」
【飛行魔法】なら城壁を飛んで逃げられるし、【転移魔法】なら魔女集会学園まで一瞬で逃げられる。
「もしかして…ウチって、ケモノ臭い?」
ユレメが隣で、そんなことを呟いている。かなり気にしてるような表情だが、その顔には汗一つ見えない。対してカイトやコウキ、ティアは汗が止まらず息切れもしていた。
全力疾走もそろそろ持ちそうにない。カイトが何処かに隠れようかと提案しようとした時、
「いや、嬢ちゃんは別にケモノ臭くなんかないぞ? むしろ、ケアがしっかりしてる良い香りだ」
『------っ!?』
確かにカイトたちが先に駆け出した筈なのに、4人の前に悠然とオウガが立っていた。
この男も額に汗を浮かべることなく、それもさっきは吸っていなかった煙草を口に加えて立っている。
もちろん火も付いており、そこそこ吸ったのか煙草はすでに短くなっていた。
「不思議そうなツラだな。…帝国警備隊は、常にこの 帝国すべて を巡回してる。道に詳しくなるのも当然だろう?」
煙草の煙を吐き出しながら、オウガは余裕そうに笑みを浮かべる。
( 先回り されたのか? いや、そんな 速度 じゃない。もっと別の…)
4人もそれなりの速度で移動していた筈だ。それも【魔法】を使って---
それなのにここまでの差が出来るのは可笑しい。つまりオウガの移動速度は、カイトたちの想像より遥か上。
「オウガ隊長! は、早過ぎです…背中すら見えませんでしたよ」
すると、遅れてノルディックがやって来る。こちらは随分と疲れた表情をしていた。
「遅せぇーぞ、新入り! これくらい付いて来れなきゃ帝国の治安は守れねぇーぞ」
「無茶言わないで下さいよ、元帝国騎士団の将軍補佐に追いつける訳ないじゃないですか」
「---帝国騎士団の将軍補佐っ!!」
「……っ!!
4人の中で帝国事情に詳しいカイトとコウキは、今の単語を聞いて動揺を隠せない。
なぜなら目の前に立つこのオウガという男が、本当に<帝国騎士団の将軍補佐>という肩書きを持っていたとすれば……
「ティア、この野菜袋を持って西門に走れ。いいか、絶対に振り返らず全力で走れ」
「この小麦袋を頼む。重いから気を付けてな」
カイトとコウキはティアとユレメに、自分たちが持っていた荷物を預けると一歩前に出る。
「……カイト?」
「え? ど、どうしちゃったの2人とも!」
ティアとユレメは訳も分からないといった顔で声を上げる。その言葉にカイトは振り返らずに…
「4人捕まるより、2人の方がいいだろ? いいから先に行ってくれ」
『------っ!?』
カイトの言葉を聞いて、ティアとユレメが息を呑んだ。その言葉が嘘であると思えるほど、2人は楽観主義者ではない。
それでもカイトに手を伸ばそうとするティアの手を引き止め、ユレメがティアを連れ少し強引に駆け出す。
どうやら、カイトの気持ちは伝わったようだ。
「…コウキ、お前はいいのか?」
「1人じゃ荷が重いだろ? まぁ、2人でもたいして変わらないが」
「たしかに、どっちも間違いねぇーわ!」
それだけ伝え合い、カイトとコウキは覚悟を決めた。
「あのさ、会話できそうな内に---質問、いいかな?」
「ん、何だ?」
カイトの声に、オウガが煙草の火を消しながら答える。
「どうして俺たちが、ゼルアニファ学院の生徒じゃないって分かったんだ?」
「あぁ…それか、これだよ」
そう言ってオウガは、自身の右手を見せる。
何の変哲もない、ただの右手を。
「……?」
「分からないってツラだな、ほら触っただろ?」
(触った? 触っただけで、何処の学校の生徒か分かるのかこの男?)
ちょっと頭の可笑しな人だなと、カイトが考えていると…ふと、思い出した。
「------そうか、頭かっ!」
そう、オウガは確かカイトとユレメの頭を撫でた。その時に触ったんだ…
「ゼルアニファ学院の生徒に、
ユレメの 犬耳 に触ったからこそ、カイトたちの正体がバレたのである。ローブのフード越しでも、ユレメの頭に付いてある犬耳の感触が分かったわけか。
「なるほど、それで俺たちが 部外者 って分かったわけだ。…さて、どっちだと思う?」
「関係ないな。お前らが 連邦 か マドニバル かの手先なのは確実だ。とっ捕まえた後に、じっくり話を聞けば分かる」
腰に携えていた大剣を抜き、オウガが戦闘態勢に入る。しかしその姿から、依然として余裕は消えていない。そしてそれに続き、ノルディックも急いで抜剣した。
「コウキ、お前はどっちとやりたい?」
「……あの新入りと呼ばれた男とだな」
「あれ? 意外と 弱気 なのかな、コウキくん?」
「あのオウガと呼ばれた男とは、いくらなんでも分が悪すぎる」
コウキが言っていることは、まさしく当然といった所だ。カイトだって、オウガとは戦いたくない。
その戦力差はそれだけ 明らかなもの なのだ。
(------どうやったって、捕まる未来しか見えないぜ…)
そんな状況の中で 逃走 は終わりを告げ、カイトたちは 悪あがき を始めるのだった。
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