第2話 拾われた少年

 ここは大陸の4分の1を占める迷いの森。


 肌を温めるような穏やかな風が吹き抜け、あたり一面は緑の草木が生い茂る。

 生物たちは穴倉から顔を出し、獣たちは自ら食料を求め大地を駆けていた。

 そんな中……


「【――――――風よ】」


 この場に居るかも分からない程、小さな声で呟く1人の少年が居た。

 少し癖っ毛のある黒髪を春風に踊らせながら、その少年はに野兎を捉え草木に影を潜める。彼はこの世に生を受け、15年の月日を過ごしていた。そんな彼にとって毎日の日課である狩りを、今さら失敗する筈もなかった。


 刹那、野兎の周りに一陣の風が巻き起こる。

 その風は野兎の足を切り裂いた。そして野兎が少し遅れ、驚いたように駆け出す。それを見た少年は素早く片手に持っていた弓を構え、矢を持たずに弦を引く。


「【――――――矢よ】」


 少年が小さく声を上げると、その弓に 光輝く矢 が現れる。

 間髪入れず少年は、その矢を放つ。勢いよく飛んだ光の矢は、野兎の急所を射抜いたのだった。


「さすがの俺でも、動きが鈍くなった的なら当てられるな」


 そう呟いた少年は、満足そうに笑みを浮かべる。しかしそのは、若干の幼さを残したその顔に不釣り合いな 闇色の眼帯 で覆われた所為で見えていない。

 その時、ガサッ! と草木を掻き分けた音とともに、もう1匹の野兎が現れる。


「おっと、これも日頃の行いの良さかな! 【矢よ!】」


 少年はもう一度、急いで弓を構えた。すでにその弓には、矢が引かれている。少年が矢を放とうとした瞬間、少年の左目のみの視界が 黒く陰った 。


「嘘だろっ!? こんな時に!」


 少年が矢を放つのを躊躇した間に、野兎は茂みの奥へと駆けて行くのだった。




 現在、少年は迷いの森でもその更に奥深くに居た。少年の前に建つのは、年期の入った木造の一軒家。ここに少年は、自分の主人とともに住んでいる。


「……ただいま」

「あら、早かったわね。獲物に逃げられでもしたのかしら?」


 扉を開け家の中に入った少年を出迎えたのは、これも木造の椅子に腰掛け本を読んでいた1人の女性。

 外見から見ると、歳は20代中頃から後半。その端正な顔立ちは、この世の者とは思えない程であり、1度見れば忘れる事はないだろう。

 黒と青が混ざったような深海色ディープマリンの髪が美しく、その左目は鮮やかな蒼玉色サファイアで、薄っすらと幾何学的な模様が覗く。そんな不可思議な左目とは違い、その右目は何所か作り物に見えるほど一般的な瞳であった。


 そして、その右目は少年の左目と 全く同じ物 。何故なら、


「そ、それは否定しないけど……ただの調子が悪くなったから、早めに切り上げただけだよ」


 少年は明後日の方を向きながら、早口に否定する。


 ―――そう、少年の左目と女性の右目は、義眼なのだ。


 少年は机を挟んで女性の向かいの椅子に腰掛けると、その義眼を外す。更にその顔に不釣り合いな右目の眼帯も取り外した。そこには、女性の左目と全く同じ 蒼玉色サファイアの瞳 が鮮やかに輝く。


「義眼が不調なら、私が与えたを使えば良かったんじゃないの?」

「むやみにこの目を使うなって言ったのは、あんただろ?」

「その目はもう、貴方のモノなんだから、どう扱おうが貴方の勝手よ?」

「言ってる事が、むちゃくちゃじゃねぇーか……」


 女性の言葉に、少年は頭を抱える。この人はいつもこうだ。自由勝手というか気紛れが過ぎるというか。

 まぁ、これも仕方のない事だ。理由は単純にして明白。この女性の性格を構成するのは、溢れんばかりの好奇心と知識欲。そして、秋の空よりも自由な気紛れさなのだ。


「あら? いま、何か失礼な事を考えなかった?」

「いえ、まったくこれっぽっちも」


 少年が大袈裟に首を横に振る。


「【―――本よ】」

「痛っ!」


 女性が小さく呟くと、彼女が持っていた本が独りでに宙を舞い、少年の頭を打つ。

 これが彼女の最大の特徴と言えるだろう。


 今のは【】であり、


 世間一般的に言うとこの女性は魔女と呼ばれている。


 だが、この世界では魔女はそんなに珍しくない。むしろ、この迷いの森に住む住人の殆どが魔法使いなのだから。


「ほら、のんびりしてないで早く朝食の支度をお願いね。 カイト 」

「はいはい、仰せのままにご主人様」


 少年―――カイトは魔女の言葉に頷くと、椅子から起ち上り台所へと向かう。今朝捕った野兎を調理する為に、




 これは、魔女に拾われた少年カイトの物語である。




   Next Story Coming Soon!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る