最終話:旅立ちにして出発の日

 卒業式は思ったよりドライだった。

 こいつ以外は。


嶺紗れいさ〜、梨子リーコ〜、俺は明日からどうすればいいんだよ〜」

「知らないわよ。誰よ、嶺紗と同じ大学に行くとか言っといて結局浪人生活になったのは」

「うぐぐ」

「まあ、啓吾けいごが地元を守ってくれてるのは喜ばしいことだよ。頼んだよ、啓吾」

「何言ってんだよ、嶺紗。まんまと恵当けいとを家に居つかせてるくせに」

「ほほほ」


 春3月。


 高校のわたしの近しい友人たちは概ね進路が決まっている。啓吾は今言ったとおり地元で浪人生活だし、梨子は名古屋の大学に行くことになった。


 そして早々と進路を決めていたわたしは典型的な地方都市の公立高校にもかかわらずこんな企画をぶち上げていた。


「プロムやろう! 卒業式の夜、体育館に集合!」


 アメリカのハイスクールで卒業に合わせて開催されるダンスパーティーのことだ。

 そして、掟がある。


 必ず誰かパートナーと一緒に行くこと。


「梨子」

「なに、啓吾」

「俺と一緒にプロムに行かない?」

「はあ・・・しょうがないよね、お互い」


 わたしは以前からこの2人はいい感じだと思ってた。

 なので、ちょっと強引にでもくっついてくれたらしめたものだ。


 日本で、しかも地方都市でこういうイベントをやるのはハードルが高いってわかってたけど敢えてやることが、『エンターテイメントが人を救う』ことへの一歩になると思ったのだ。

 強制的にパートナーを誘うことで、カップルに必ずしもならなくても、男女が人間同士の友情やつながりを持つだけでも意義深いと思うんだよね。


 そして、わたしのパートナーは、もちろん恵当。


「いいの? 中学生の僕が出ても」

「もちろん。卒業生が招待すればそれはアリ。中には妹ちゃんや甥っ子ちゃんを招待してる子もいるし」


 そしてダンスパーティーなので、バンドは必須だ。


「やっほー! みなさーん、ご卒業おめでとうございまーす!」


 ステージにセットされたキーボードの前でさきさんが、ぴょんっ、と跳ねる。その後ろには彼女がジャズバーでトリオを組んでるアフリカ系のベーシストとドラマー、そして。


 ガキン!


 というタイトなエレクトリック・ギターをかますセイジくん。


「Everybody Kicking!」


 とマイクでフロアを煽るカナちゃん。


 あと、なんと沙里ささとさんも参戦してくれた。

 さすが芸術大学で最新のエンタメ機器を使いこなしてるだけあって、バンドのマニピレーションをPC使って一手に引き受けてくれた。


 あ。心配しないで。

 ちゃーんとみんなにはギャラ払って仕事として来てもらってるから。


「ではではでは。プロムなんて馴染み薄いだろうけどわたしはこのステキな映画で知ったよ。モリー・リングウォルド主演のとにかくキュートな映画、プリティ・イン・ピンク。当然一曲めはこれよ!」


 さきさんが流れるようなMCで曲紹介する。


「サイケデリック・ファーズの、『プリティ・イン・ピンク』!」


 ドラマーがスネアをすたっ、と叩く音でこのキュートでカッコいい曲が最高のバンドによって奏でられる。


「恵当! 踊ろ!」


 わたしは恵当の手を取ってフロアの真ん中に躍り出た。


 恵当はタキシード、わたしはピンクのドレス。

 この会場にいる全員が、生まれて以来一番のオシャレをしている。


 夏にさきさんのジャズバーで踊った時は身長差がありすぎてうまく噛み合わなかった恵当とわたしのダンス。


 少しずつ背が伸びてきた恵当は逆にわたしをエスコートしてくれる。


 そしてこんなことまで。


「嶺紗。きれいだよ」


 ダンスのステップの距離がどんどん縮まるわたしと恵当。


 こんなアップテンポな曲なのに、踊れたよ。


 チークダンス。


 ・・・・・・・・・


 そしてわたしの出発の日がやって来た。


「お弁当、作ったから」

「わ。ありがとう」


 いじらしい。

 卵焼き、筑前煮、ブロッコリー、ポテトサラダ + おにぎり2個。


 恵当のレパートリーも随分増えた。

 もともと器用だし覚えはいいし熱心だし。

 それに多分武士は戦場で自炊してた。


「ねえ、恵当。昨夜の恵当、よかったわよ」


 新幹線のホームの待合シートでそう話しかけると、隣にいる淑女が顔をしかめた。


「ちょ、嶺紗。変な言い方しないでよ」

「えー、だってよかったんだもーん。もう、背筋がぞくっ、として悶えるぐらいだった」

「嶺紗!」


 ふふふ、と淑女が席を立つのを見送ってわたしは恵当の腕を組む。


 よかったのは、彼の、ラ・カンパネラだ。


 やっぱり恵当はすごい。

 小学校6年生からピアノを初めて2年足らず。とうとうこの難しく、誰しもが憧れる曲を弾ききったのだ。


 キッチンに電子ピアノを置いて、恵当がそれに向かい。

 母親と、わたしと。

 そして祖母も。

 トイレとデイサービスに行く以外で自部屋から初めて出てきてくれた。


 うんうん、と弟子の成長を聴き遂げる祖母。そして、多分わたしのレッスン力をも褒めてくれているのだろう。

 それから祖母は思わぬ人を褒めた。


「ちーさん」


 左頬を歪ませながら、母の名前を呼ばわる祖母。


「はい」

「アンタ、いい嫁だよ。ありがとう」


 麻痺で発音は字で書くように明瞭ではなかったけれど、母は嫁いできてから初めての感謝の言葉を祖母から聞き、うっすらと涙ぐんだ。


 ・・・・と、昨夜の回想を終え、新幹線がホームに到着する。


 デッキとホームで向き合うわたしと恵当。


「じゃあ、気をつけてね」

「うん」


 どうしよう。

 いてもたってもいられない。


「恵当!」

「わ!」


 ぎゅーっ、と恵当をスプリング・コートごと抱きしめた。


「安心して、キスはしないから」


 そういいながら、わたしは恵当にこれでもかというぐらいに頬ずりした。


 春の強い風で冷え切っていた恵当のほぺがみるみる火照って熱くなってくる。


 わたしはさらにわたしの冷たいほっぺを恵当に押し付けて、冷やしてあげる。


 ドアが閉まる。


 わたしは、とっ、とステップに立って恵当へ最後の言葉を送った。


「恵当はわたしのモノだからね!」





 FIN


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