大阪にしてたこ焼き!(大阪城と芸大と)

 移動中に買い食いした。


「う、ウマい!」


 舟皿に乗っかったたこ焼きを3人でつまようじでつっくんと刺して〜


「はふふふっ!」


 と頬張り、熱と旨味と「大阪で食べてるんだ!」というプロ意識(?)でもって堪能し尽くす。


沙里ささとさん。たこ焼きをひっくり返す千枚通しみたいなやつ、なんて言うんですか?」

「え? 知らない」

「大阪人なのに?」

「わたし、大阪弁だって使ってないし。大学だって地方出身者はみんなそうだよ? 付け焼き刃は危険危険」

「結局、なんて言うんですか?」

「『たこやきをひっくり返すやつ』じゃない?」


 3人で大笑いした。


 そのままのテンションで、これまたズブズブのザ・大阪!とでも言えそうなその城を見上げる。


「やっぱり感慨深いなあ」


 わたしと恵当が声を揃えると、沙里ささとさんがニコニコする。


「いいね、嶺紗れいさちゃんと恵当くん。ほんとに似たもの夫婦、って感じ」

「ふ、夫婦って・・・」

「あれ? 恵当くん。当然そういう意識あるでしょ? もちろん恋愛の形は様々だけど、結婚を目指す恋愛はまた各別よ」

「沙里さん、なんだか思わせぶりな発言ですね」


 わたしがそう言うと彼女は少し俯いた。


「好きな人がね、漫画家なんだ」


 あれ。そうなんだ?

 と、意外な気がした。

 そもそもわたしは沙里さんの、「わたしはプロにはなれない」というつぶやきにいてもたってもいられなくなって大阪へやって来た。

 好きな人が漫画家で、もしもその恋愛が脈あるものならば好都合なのではないかと。


「沙里さん。もしかしてその人って、相当すごい漫画家なんじゃないですか」


 恵当がいとも自然に質問する。

 やっぱりすごいなあ、とわたしが心服してると、沙里さんの答えは更に驚きを与えるものだった。


「そうだね。『近田ケル人』っていうんだけど、知ってる?」

「え! 嘘でしょ!?」

「『サブリミ・シアター』の!?」

「あ。わたしが好きだ、ってだけなんだけどね」

「じゃあ、片想いですか?」

「んー。では、ない。彼からアプローチしてきたから。ウチの教授もやってるんだよね」

「え!?」

「ほら。彼って一切世間に顔を晒してないでしょ? だからウチの大学では本名で教授やってるんだよね。実は、ごく近い人しか事実認識してないんだけどね」


 天守閣目指して登りながら続きを話した。


「実は彼はすごく若いの。まだ32歳よ」

「わー。それであんなに漫画が売れててしかも大学の教授だなんて」

「なんか、世の中のバランスって局部的に崩れてるんですかね?」


 わたしと恵当が彼を羨むそぶりを見せると、すかさず沙里さんは否定した。


「ううん。バランスはとれてる。彼の見た目はキモいの」


 天守閣めがけて登るごとに人が増えて来て溢れかえっているような感覚になった。

 夏休みだから、当然か。

 目立つのは小学生。

 親子連れだけでなく、単独でこの太閤秀吉の城を体験しようという目論見のようだ。

 人の流れに押しやられてわたしたち3人も、天下統一を実際に成し遂げたそのから下界を見下ろした。


 大阪。

 いい街だ、と思う。


 わたしは沙里さんに核心部分を訊いてみる。


「もしかして、から別れ話が?」


 黙ってしまう彼女。

 わたしは根気よく待った。


 待っている間に大阪上空の雲が刻一刻と形を変える。

 それがさっき食べたたこ焼きのような形になった時、沙里さんはようやく回答してくれた。


「別れ話、というか、一緒に居るべきじゃない、って彼が言うの」

「なぜ」


 恵当がまるで小説のワンシーンのような、たった二文字の問いかけをする。恵当のリアルはやっぱり絵になる。


 でも、沙里さんの返しはもっとだった。

 切ない小説のワンフレーズだ。


「『創作のために』だって」


 大阪城を見たあと、今度は沙里さんが通う芸術大学にお邪魔することにした。


「凧揚げやらへん?」

「え? え?」


 キャンパスに入った途端、サイケなTシャツ・サングラス・ショートパンツじゃなくてただのパンツみたいなのを履いた男の人にいきなり声をかけられる。


「ほれ、これ見てえな。イカすやろ?」


 手にしているのは墨で書きなぐったような大きなタコの輪郭に赤く色付けされた和凧。足も蛸の足の模様どりがなされている。


 さすが芸術大学。


「また今度なー」


 沙里さんは軽くあしらった。


「今の、だから」

「え? 男の子も混じってるのに?」

芸術家ゲージュツカにタブーはないねん」


 おお。

 しかも臨機応変に大阪弁を交える沙里さんもなかなかにクールだ。


 でも、ナンパが凧揚げなんて。


「あ、それとね」

「はい」

「今『ナンパ』って言ったけど、『ガールハント』っていうのがカッコいい言い方だと思うな」

「へえ沙里さん、おしゃれな言い回しですね」

「偉大な漫画家が使ってた表現なのよ」


 沙里さん、やっぱり日常も漫画にどっぷり浸かってるんだね。


 その後も「ラーメン食べん?」とカップ麺でなく夏空の下、丼で自分が食べてるやつを突き出すおじさんみたいな男子学生や、「美人共、ねっ!」となぜか神主の『お祓い棒』を振りかざして怒鳴る女子学生などが出没した。


「た、楽しい・・・」


 思わずわたしが呟くと沙里さんがため息のようにつぶやき返す。


「こういう『異常』も毎日だと『日常』になっちゃうのよ」


 キャンパスなのかセントラルパークなのか分からない空間を抜けて、いわゆる『研究棟』へと入る。


「ここだよ」


 そう言って沙里さんが5階の一番端っこにある研究室のドアをノックした。


 はい、と返事をしたその男性が、近田ケル人なんだろう。

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