レビューにしてデビュー
夏休み突入!
けれども全く嬉しくない。
ただ単に受験勉強する場所が教室から自宅や図書館に移るだけだから。
あーあ、と自暴自棄になりかけていると、
『新人戦、観に来て』
・・・・・・・・・・・・・
恵当の所属するウチの高校に隣接する中学校の男子バドミントン部は、夏休み前に県大会の予選で敗退。3年生たちは早々と引退が決定している。
今度は後継たる1、2年生の大会で、団体戦はなく個人戦のみ。恵当は学年別のダブルス個人戦に出るのだそうだ。
彼女のわたしとしては盛大なる応援をしに行かねばなるまい。
「
「えー・・・体育館ってエアコンないんでしょ?」
「何が悲しくて友達の彼氏の試合を観に行かんとならんのだ」
当日のお昼奢りで手を打ってくれた。
実はわたしは祖母のピアノ教室の手伝いがあったから中・高とも部活は特にやってない。なので、恵当の大会にかこつけて中学校の運動部の雰囲気というものを体験してみたかったというのも正直あった。
それにバドミントンならスマートな感じがするし。
「おりゃあっ、叩き込まんかい!」
「こらあっ! 足が止まっとるぞお!」
話が違った。
掛け声にしてももっと洗練されて、選手も恵当みたいにかわいらしい子たちが多いのかと思ってたら、ズブズブの体育会だ。
恵当以外、観たくない。
「んで、恵当くんの出番は?」
「えーと。1年男子のダブルスの一回戦だから・・・あっちのコートでそろそろ始まるみたい」
「なんだ。恵当、シードじゃないのか」
悔しいけど啓吾の言う通りそこまで強いわけじゃないのかな。
まあ、負けたら慰めてあげよう。
「あ、始まった」
全部で8面あるコートの、西側の一番端っこで試合が始まった。市民体育館の観客席は円形なのでぐるっ、と回って恵当たちのコートの側まで行った。
「よーし、竹島、有塚、ファイトぉ!」
どうやら一年生にはもれなく二年生のアドバイス役が側についてくれるらしい。わたしたちが座っている座席の前の方で先輩らしき男の子が恵当たちに声援を送っている。
「恵当くんのパートナーの子、でっかいね」
「うん。とても中1とは思えない」
「ちゃうちゃう。恵当がちっこいだけさ」
わたしは啓吾にデコピンを食らわせた。
「ラブオール、プレイ!」
始まった。
無事終わりますように・・・
あ。勝ちが前提の応援じゃないな。
ん?
「ショウっ!」
ラリーが続く間もなくスマッシュが決まった。そして、高い、けれども会場全体によく通る気合いの声が響きわたった。
「え」
「おー、恵当、やるじゃねーか!」
スマッシュを決めたのは恵当。
そして、声を上げたのも恵当だった。
『さあ、一本!』
『おう!』
『せっ!』
『おーー・・・ゼッ!』
パートナーの竹島くんの長身を活かした角度あるスマッシュ。
そして恵当の素早いフットワークから繰り出される多様なショット。
「よーし、それでいいんだ!」
先輩も太鼓判の掛け声。
「マッチ・ウォン・バイ、竹島・有塚!」
審判が恵当たちの勝利を告げる。
「おいおいおい。相手に一点もやらなかったよ!」
「嶺紗。恵当くんたち、強いんじゃないの?」
「うーん。一回戦だからじゃないかなあ」
違った。
二回戦も三回戦も恵当たちはほとんど相手にポイントを与えず、一方的に攻めまくって勝った。
ちょうどお昼の時間になったので、恵当の中学が固まってる所に行った。
恵当はパートナーの竹島くんとサンドウィッチをつまみながら、なにやら戦略会議みたいなことをしている。
「恵当! お疲れ様」
「あ。嶺紗、応援聞こえたよ。ありがとう。梨子さんも啓吾くんも、ありがとう」
「どう? 午後もいけそう?」
「もちろんだよ。なあ、竹島」
「ああ。真面目な話、優勝するつもりだから」
わたしはその頼もしい竹島くんを称えた。
「竹島くん、すごいよね。バドミントンとかよくわかんないけど、スマッシュがもう、叩き込んでる、って感じだもん」
「ありがとうございます」
「嶺紗。竹島のスマッシュは全市。ううん、多分全県の1年の中じゃ一番破壊力あるから」
「竹島くんも恵当もかっこよかったよ。ふたりとも頑張ってね」
そろそろ戻ろうとすると竹島くんがもう一言添えてくれた。
「あの、恵当の彼女さん」
うわ。なんか、照れるけど嬉しいな。
「うん。なに? 竹島くん」
「合唱コンクールのピアノ、すごかったです。かっこよかったです」
「あ、ありがとう」
うーん。
いいな、運動部も。
青春だなー。
さて、午後の部。
恵当たちはまったく危なげなく勝ち進み、試合を重ねるごとにコート周辺に関係者が増えていった。
梨子が感心しながら教えてくれた。
「嶺紗。わたしも女子バド部だったから知ってるけど、インターハイで準優勝した高校の顧問が恵当くんたちの試合を観に来てるよ」
「え。そうなの?」
「うん。たぶん、推薦入学の候補になってるんだよ」
「え。つまり」
「スカウトだよ」
うわ。
「では、1年生の部、決勝戦を行います。両者、握手を」
とうとう決勝戦まで来た。
恵当と竹島くんは相手のペアと握手を交わし、掛け声をかける。
「おー・ゼ!」
「オ!」
「ゼ!」
「オ!」
「ゼ!」
「オー!」
なんだか準決勝までと様子が違う。
恵当も竹島くんも、最初から全開みたい。
「なんか、気合い入ってるな」
「うん。これはいけるよね」
啓吾とわたしが安堵のコメントをしてると梨子が遮った。
「あの相手の方のペアね。ジュニアで全国行ってるんだよ」
「え。ジュニアって、小学校の時ってこと? それって、すごいの」
「うん。しかも全国で2位。その2人が同じ中学でまたペアを組んでる、ってわけ」
とはいえ小学校時代のガキンチョの全国2位でしょ? とわたしはタカをくくってた。
「ぞうっ!」
敵ペアの後ろの方にいた子が、ジャンプしてスマッシュした。
「え」
恵当と竹島くんのど真ん中をバシュ、って感じで羽(シャトルと言うらしい)がコートに叩きつけられてそのままギャラリーのところまでもの凄い勢いで滑って行った。
「えぐいわー」
バドミントン経験者の梨子が呆れるぐらいの凄さなんだろう。
それは今の初っ端のワンプレーで素人のわたしにも分かった。
モノが違う。
恵当と竹島くんは声を出しつづける。
「さあ、一本!」
「おう!」
ラリーはそれなりに続く感じだ。
けれども、どう見ても恵当たちが受けに回ってる場面の方が多い。
時折チャンスボール(だから羽だって。それもシャトルって言うんだって)が上がって竹島くんも渾身のジャンプスマッシュを打ち下ろす。
けれども、敵ペアはそれをいともたやすく、手首の動きだけでコートの隅っことかネットスレスレとかの意地悪なところへ当たり前のように返す。
しかも。
「あれ? 目が逆の方向いてるよ?」
「すんごいフェイント」
梨子によると、中学生でこんな高度なフェイントを使える選手ははっきり言ってオリンピック候補レベルだそうだ。
「もっとはっきり言うと、相手のペアは多分オリンピック強化選手としてこの夏休みに召集されるだろうね」
中学生が!?
いや、でも、今はあらゆるスポーツがローティーン、ミドルティーンがチャンピオンになってる時代だ。当然なのかもしれない。
「うーん。恵当たちも善戦はしてるんだろうな。相手の高度なフェイントを引き出してる、ってことだろ?」
「うん。啓吾の言う通り。恵当くんたちも大したもんだよ」
啓吾と梨子のやりとりは恵当と竹島くんを褒めてる。
でも、わたしはなんだかものすごく嫌な感じを受ける。
わたしの立場に置き換えてみればそれはあっさりと分かる。
ワナビ無名の小説書きのわたしがたとえば直木賞や芥川賞を受賞し・本も売れまくってる作家から、「彼女の作品はイイもの持ってる」などという趣旨のレビューをされたとする。
クソったれが!
と、思うだろう。
なぜならそれは対等なレビューではないから。
それならばまだ「こんな小説読まない方がいい。ゴミだ」と酷評された方がマシだとすら感じるだろう。
だって、わたしはプロの作家に負けるつもりなどない。
プロに「なかなかいいね」などと生暖かいお褒めの言葉を頂戴するために書いているわけでは決してない。
わたしは、読む人の人生とわたし自身の人生を救うために書いてる。
文学にプロもアマもあってたまるものか!
「恵当! 負けちゃダメだよ!」
わたしは立ち上がって、これまでの人生で一番大きな声を出した。
「勝つんだよ! 相手の顔に羽をぶつけるぐらいのつもりで、勝つんだよ!」
実は、失笑の方が多かった。
他の中学の、相手ペアが目的で試合を観てる子たちから、そういう冷めきった失笑がわたしに浴びせられた。
世の中、こんなもんさ。
「そうだっ! 竹島、有塚、負けんなっ!」
あ。
恵当たちに付き添ってた先輩の人だ。
「お前らなら勝てる! 声出せ! 互いのポジションを確認しろ! ボディを狙え!」
梨子がその怒号に反応する。
「おー。あの先輩くん、優秀だね。相手ペアは二人とも大柄だから、ボディーに打ち込まれたら腕を畳んで返すのは難しいだろうねー」
恵当と竹島くんは間合いを取る。唇の動きでふたりの作戦がわたしに読み取れた。
『サウスポーのボディを徹底して狙う!相手が根負けするまで、しつこく、丁寧に、かつ気迫を込めて!』
プレーが再開される。
「ヘイ!」
「ショウッ!」
恵当たちが腹から声を出してる。
「でかい声出しゃあいいってもんじゃないだろう」
「ううん、観てみなよ」
梨子の指摘で注視すると敵ペアが少しずつだけれども後ずさっている。
「うーーー・エッ!」
「ぞうっ!」
敵のサウスポーの子が、執拗なボディ狙いに、たまらずバックハンドで払いのけるように苦し紛れのレシーブをすると、シャトルは大きくコートを割ってアウトとなった。
「よーっし、ラッキー!」
「ナイス連携!」
恵当陣営の声援がばかでかくなっていく。
そして、試合は一進一退の攻防
・・・・・・・・・とは、ならなかった。
「マッチ・ウォン・バイ・・・」
主審が敵ペアの勝利をコールする。
結果は大差での敗北だった。
恵当・・・泣いちゃわないかな?
「く・・・・」
泣いてるのは大柄の竹島くんの方だった。
行こう、と恵当が彼に促す。互いに握手を交わすのが試合のマナーだ。
敵ペアと握手を交わしながら、精悍な表情で恵当が言う。
「次は勝つ」
「おお。またやろう」
わたしは今激しく感動している。
あー終わったー、という感じで長閑な表情の啓吾に当てつけも込めて言ってみた。
「素敵・・・みんな戦国武将みたい!」
「中二病め」
実は啓吾もなんか悔しそう。
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