第3話

 こんな風に人をバカにしたように笑った先輩は初めてで、僕は戸惑ってしまう。


「あの……」


 先輩の心が解らなくて、僕はなんて言っていいのか判らなくなってしまう。けれども何かを言いたい気がして、言葉の出てこない唇を懸命に動かそうとしていた。


「あれは――…。『弟』に向けてる視線じゃないだろ。そして、お前も……」


 フッと笑いを零して、先輩が足を踏み出してくる。




 花束を持っていない方の手を僕の肩に置くと、少しだけ身を屈めた。


「言う気なんて、なかったけど……。いま俺、これ以上ないくらいに嫉妬して、イラついてるから」


 一瞬、僕の顔を覗き込むようにした先輩が、僕の唇に口付ける。


 イラついてると言った言葉とは裏腹に、それは――とても優しいキスだった。


「先、輩……?」


 呟いた僕に、如月先輩は「ごめん」と言う。


 肩に置いていた片手だけで僕を抱き締めて、耳元で囁いた。


「じゃな、浩次。――幸せになれ」


「せんぱ……」


 もう1度「花束ありがとうな」と礼を言って、先輩は、行ってしまった。




 僕は、何も言えなくて――。




 先輩の背中が消えた校舎の角をただ、見つめて。


 何が哀しいのかも判らないまま、止められない涙を流していた。







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