第8話

 今まで、裕文さんが愚痴を言っているのを聞いた事がない。


 驚く僕に、裕文さんは拗ねるように顔を背けて唇を尖らせた。


「浩次君が、まだ他人行儀なんだよーって。どうしたらちゃんと、家族として俺を見てくれるのかなって、グチってた」


「そんな、こと……」


 僕を見て微笑んでいた裕文さんは、小さく息を吐く。


 そして、「あともう1つ」と再び姉さんの墓石を見遣った。


「弟が女の子と遊びに行くってだけで、こんなふうに嫉妬するものなのかな、って訊いてた」


「えっ?」


「俺、一人っ子だったから……。よく解らなくて」


「――……姉さんは、何て言ってました?」




 此処には他に、人が居なくて。


 ドキドキ言ってる心臓の音が、裕文さんに聞こえてしまうんじゃないかと思った。




 そうだね、と笑った裕文さんが、小首を傾げる。


「『知らないわよ』って呆れられてる気もするし、『自分で考えなさい』と笑われてる気もするよ」


 笑ってる裕文さんに、思わず見惚れてしまう。




 ――もし、姉さんが。




 僕をこの場に呼んでくれたんだとしたら、きっと別の理由だと思う。




「けど……。言えないよ。そのなの」




 ぽつりと呟いて。




 でも――ありがとう、と。


 姉さんに心の中で伝えた。


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