第5話

 裕文さんのお見合い当日は、2人早起きして、平日の朝のようにバタバタと準備をした。


「ハンカチ持ちましたか?」


 尋ねる僕に、「持ったよー」と緊張感のない声が洗面所から返ってくる。


 ――お見合いってもう少し、緊張感のあるものじゃないだろうか……。


 普段通りの裕文さんに、僕の方がドキドキしてくる。


 もちろん、お見合いなんてしてほしくなかったし、断ってほしいけれど。


 相手の人に裕文さんが「だらしない人」と思われるのは、もっと嫌だった。


「今日は晩御飯もいらないから、ゆっくり友達と遊んでおいでね」


 少しムッ…としたけれど、「ありがとうございます」と全然思っていないのに口先だけでお礼を言う。


 そもそも、今日友達と遊ぶっていうのさえ、嘘なのに……。


 今更言えないから、僕までもが外出の用意をするハメになっていた。


 ――自業自得と言えば、自業自得だけどさ。


「あ、浩次君」


 洗面所の前を通れば、呼び止められる。


「今日の友達って、女の子も来るの?」


 ――意図が、解らない。


「はぁ、まあ……そうですね」


 来るわけがない。


 だからテキトーに、裕文さんの想像に便乗した。


「……へぇ」


 髪の毛をセットしていた彼は手を止めて、僕の方をじっと見る。


 そうしてチョイチョイと僕を手招きした。


「何ですか?」


 寄れば、ジェルタイプのワックスを手に取って、僕の髪に指を差し入れる。


 手の指が、僕の髪を滑っていく感触が、気持ちいい。


 そして裕文さんのシャツが、すぐ目の前にある事にドキドキした。


「よし出来た」


 最後に僕の前髪を抓んでセットしていた指が離れて、裕文さんがすぐ間近で僕の顔を覗き込んでくる。


「うん、男前。きっと誰よりもモテるぞ」


 魅力的に微笑む彼の方が、何倍も男前だと思う。


 テレる僕に気付かずに、最後に僕の頭をひと撫でした彼の手が、離れていった。

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