第12話 際会、最下位、斎戒

 ザッザッザッ……パキン!


「ヒッ、どこぉ。」


 雑草を踏む音、枝を踏み折る音、夜だからだろう押し殺した短い悲鳴。

 夜の森を単独で歩き、警戒も甘く、音で自身の位置を周囲に知らせているバカがいる。

 黄色は寝ているだろうが、青色や緑色は小型ゆえ、音に敏感だ。逃げた青色を契機けいきに、森がざわつき始める。

 寝床の近くを走り抜けていく奴等の音がする。赤い実の臭いも逃げる時は関係無いのだろう。つーかこっち来るなよな。


「くっさぁ! ……この辺りに、あっ。」


 どうやら寝床を見つけられてしまったようだ。少し息が荒い。急ぎの用でもあるのだろうか。


 足音が、……?


「キツネさーん、リュシーだよぉ? いますかー?」


 なのだろうか。夜に声を掛けて近づく音に気づいていない。無視したいが、寝床を血まみれにされても困る。

 白色の石を噛み、膜を広げつつ声をかけてやる。


「早く入れ、襲われるぞ。」

「あ、え? うわわっ! 早く言ってよー!」


 盛大に転げ落ちるようにして、リュシーが寝床に入ってくる。相変わらず膜を平然と通過してくるのな。前回は腰が穴に詰まり、通れなかった……痩せたのだろうか。

 リュシーに続いて寝床に入ろうとした緑色は、膜に阻まれたようだ。


「いてて、わぁ! キツネさん大きくなった?」

「で、何の用だ。」


 緑色の光に照らされた寝床で、四つん這いのリュシーと同じ目線の高さで話している。リュシーが発する濃厚な臭気にされ、後退りしながらたずねると、とても良い笑顔で、すり寄ってきた。したたる赤い汁が緑色に照らされ、土よりも黒い顏が不気味だ。


「くっさ、近づくな。」

「えへへ、逃がさないよぉ? 地位向上のためにぃ。」


 寝床の中央以外を細い通路にしていた事が裏目に出た。旋回も回避もできないのだ。

 赤く濡れた手で「お願い」ししがみついてくるが、どこの世界に『タダ働き+ペット扱い』奴がいるのか。

 膜に爪を立てている緑色を仕留めようと身を乗り出す俺に——


「何で駄目なの!? 3食昼寝付きだよ?」

「リュシー、お手。」

「ぽん、って……私じゃないよ!」

「ペット扱いされて怒るだろう? 分かったら帰れ。」


 ——うなりながら汁を塗りつけるな。

 じっと耐えていると、こちらの顏をうかがってきたので、顏をくわえてめ回してやった。

 リュシーの横を抜け、青石をいくつか使う。緑色が静かになるまで水で包んでおけば良いだろう。


「うぅ、ベタベタぁ。」

「マシな顔になったぞ。」


 ニシシ、という笑い方が気に入らなかったのか、せっかくキレイにしてやった顏を俺の毛でき始めた。舐めるんじゃなかったな……。




 朝になったら帰ると言うので、仕方なくリュシーの前で緑色の光を強めていくにおいがうすれていった。さすがに朝まで臭いのは勘弁かんべんだ。

 「これ頂戴!」と言い始めた駄々っ子をあしらいつつ、暇つぶしに経緯を聞く。しょうもない理由だったら許さんからな。





「ふがふが。」「で?」

「すやぁ。」「……ふん。」

「ふわふわあったか~。」


 売り物を不注意で壊してしまったために、バレない内に代替品を確保しようと俺の所まで来たらしい。バレない訳が無いだろうに。

 お仕置きの「のしかかり」のはずが、褒美になってしまったようだ。

 離れると、「朝までー。」と言い始めたので突き倒しておいた。反省しろ。


「で、何を代用品にするんだ?」

「え?」

「え?」

「……えーっと。」


 このバカは、俺を売るつもりだったのか。白い目で見つめてやると、目が泳ぎ始めた。ズイズイっと顏を近づけると、「うっ。」と息を詰まらせ目を合わせようとしない。確定ゆるすまじである。


「おい、汚バカ。」

「な、何? まさか私の事? いつも以上にバカにされてる気がする……。」

「俺を売ろうとした奴なんぞ汚バカで十分だ。」

「違うよ! ……石を見分けるの、手伝ってもらおうかと。」


 尻すぼみでよく聞き取れなかったが、石を見分ければ良いのか。


「見て分かるし、噛めば分かるだろ?」

「青石でも硬いのに?」

「良く噛めよ。」

「私にできると思ってる?」

「できるんじゃないか? 噛みついていただろ。」


 試しにリュシーの口へと青石を放り込んでやると、苦いらしく「うげえ」という女の子らしからぬ嘔吐えずきをしていた。今まで何度も噛んできたが、苦いと思った事は無い。リュシーは味が分からなくなったのだろうか。緑色の石では、「臭い」と漏らしていた。

 別の青石を噛んでみると特に味や苦味を感じない。緑色の石もついでに噛んでみるが、同様だった。臭みも感じない。


「私には無理だよぉ。キツネさ~ん。」

「夜は危険だから、朝な。」


 手伝ってもらえる事に気を良くしたのか、抱き付いてきたリュシーを鬱陶しく感じながらも早く寝るように促す。日の出前に緑色が騒ぎ出すだろう。はぁ。



―――――――――――


 緑色がピーピー騒ぎ始めた。

 いつも通りと言うべきか、リュシーは揺り動かした程度では起きない。寝顔は見ていられる程度に可愛い。まぁ、見ていて吐き気をもよおす事は無いが。


「すぅ、いっ……あえ?」

「行くぞ。」


 尻尾を引き抜いたため、地面に当たり起きたようだ。「ほえ?」と寝ぼけ顔だが気にしない。

 緑石をくわえたまま外へ出ると、朝もやの森に丁度朝日が森を照らすところだった。


「うう、寒い。えっと、どこに行くの?」

「工房の品を作るなら黄色か白色も採ってきた方が良いだろう?」

「採れるなら欲しいけれど。襲ってきたりしない?」

「気づいたら逃げろ。」


 この世の終わりみたいな顏をするな。俺たちは、ずっとしてきたんだ。


 入口から耳を出さないようにしながら外を窺うようすをみる

 遠くで何かが争っているみたいだな。俺をつかんだまま、ぶー垂れていたリュシーも腹が鳴って諦めたようだ。

 食料と代替品探しを同時にこなしつつ、喜ばせてやろう。



「不貞腐れるな、とっておきを見せてやるよ。」

「ふーん。」


 興味なさそうに言いつつ、口の端がヒクついてるぞ。まったく。







※ 青石は湿気を吸い、緑色は臭気を吸い、黄色は排泄された液体を吸い、白色は骨を……のつもりで書いてます。

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