第9話 疲弊と登場

「話のネタになるかなってわくわくしてたのに、五十嵐君に先越されるんだもん。そりゃあ萎えるわ」水沼がテーブルに伏せる。

 いつの間にか、更に空が黒くなり、雨が降り出していた。何かが起こると伝えんばかりに。

 朝食に山崎は来なかった。逃げただの呼んでくるだの話はしたが、時間が経つにつれ、それを話題に出す者はいなくなっていった。しばらく沈黙が続いた。

 小さい音に耳が慣れ、雨音がうるさく思えてきた頃。不快な音を立てて扉が開いた。扉の隙間から、短く切りそろえられた髪が覗く。その髪は少し乱れていた。

「あ、山崎さん!」

「てっきり逃げたのかと思ったぜ」

 水沼が失礼なことを言うと、遠野が「逃げられないって証明したのは誰だっけ?」と問う。その場の全員の表情が緩む。張りつめていた空気が逃げ場を見つけたような。

「逃げるわけないでしょ、遠野を殺すまでは逃げる気ない」

 その声に昨夜のような力は残っていなかった。目の下にはクマができ、髪は乱れ、今にも倒れそうだった。

「おや、皆さん揃いましたね。昼食をお持ちしました」

 山崎がふらふらと椅子に座り、間もなく、執事が昼食を持ってきた。相変わらずの美しさと、相変わらずの美味しさ。全員がペロリと平らげると、話し合いが始まった。誰も決断することを忘れたものはいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る