第八話 最強の主婦パートの巻
「お雪さん、退社時間だね。今日はお疲れさまでした」
正午になるとタヌキの中村刑事がお雪のデスクにやってきて労った。
「いえ。まだ伝票がこんなに……」
お雪が仕分けの終わらない書類の束を見せると、中村は上からファイルを被せてしまった。
「いいから、いいから。あとは正社員の仕事。おい、荒勢!」
「うす! お任せください! 本日はお疲れさまでした」
荒勢刑事が牙を見せて笑う。
「すみません。それではお言葉に甘えます」
お雪が帰り支度に立つと、入れ替わりにドアの下の白い潜り戸から、一寸警部が入って来た。
「諸君。犯人が全面自供したよ!」
「マジですか」
中村と荒勢が上司を手ですくい上げて、キャビネットの上のミニチュアデスクに降ろした。警部は椅子を引いて背もたれに寄りかかる。
「ちょっとおだててやったら、余罪まで全部聞かせてくれたよ」
「余罪あるんですか?」
コートを羽織ったお雪が、中村刑事の後ろから顔を出した。
「やあ、お雪ちゃん。今日は大活躍だったね。ありがとう」
警部が指先で投げキッスすれすれの敬礼を投げる。
「そんな、どちらかというと御迷惑を……」
お雪が頬を染める。
「いやいや。犯人の逃走を凍結で封じた功績は素晴らしかった。おそらく御伽警察史上最強のパートだな」
一寸警部と一緒に中村も荒勢も笑う。
「それで警部、やはりこの事件の犯人はヨモギだったんですね」
中村刑事が尋ねた。
「主犯はヨモギ。従犯が
「あいつら、グルだったってことですか?」
荒勢刑事が目を剥いて驚く。
「ああ。珊瑚玉を狙ったヨモギが、糠太郎を
「なんで仲間なのに、糠太郎を殺そうとしたんですか?」
お雪が首を傾げる。
「口封じだってさ。糠太郎はそうでなくとも口が軽いから、最初から殺すつもりで仲間にしたそうだ。間抜けなタヌキに罪をひっかぶせて殺してしまえば死人に口なし。秘密が洩れる心配はない。糠太郎も必死に逃げたんだが、最後は泥舟の罠に掛かってウサギの思惑通りになるところだった」
一寸警部が苦々しげに顔をしかめる。
「おっそろしいウサギだな」
中村刑事が青ざめた。
「だが、お兼おばあさんも糠太郎も意識が戻ったそうだ。もう心配はないらしいよ」
「ほんとうですか? 良かった!」
お雪は目を潤ませた。
「めでたしめでたし、達成ですね」
荒勢刑事が嬉しげに笑った。
「こんな職場だが、続けられそうかい?」
一寸警部がふいに真面目な面持ちになってお雪を見上げた。
そのとき、お雪の耳に会議室で聞いた言葉がよみがえった。
――真心が報われることが、めでたいんだ!
――『めでたしめでたし』と言っていいのは、こころ優しきゆえの行いが報われること、悪事が等し並みに裁かれることをいうんだよ。
お雪は晴れやかな笑顔をみせた。
「ここでお役に立てて光栄でした。これからもよろしくお願いします!」
「ああ、良かった。辞められたらどうしようとヒヤヒヤしたよ。雪女だけに」
一寸警部がウインクすると「ええっくしょい!」と中村が盛大にクシャミをし、荒勢が爆笑した。
「お先に失礼しまーす」
「お疲れさまでしたー」
職場を後にしたお雪は、愛しい家族の待つ家路についたのだった。
<了>
日本御伽警察・怪談一係の事件簿Ⅱ 来冬 邦子 @pippiteepa
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