第6話

「――こは? かーじーこーはっ!」


 学校からの帰り道、歩調を合わせて歩いていた友達が話しかけてきて私は我に返った。


「ん? なに?」


 私のことを“かじこは”と呼ぶ人は学校の友達がほとんどだ。“梶谷小春”を略して“かじこは”らしい。なんだかしっくりくるし、これ以外にニックネームが思いつかない気がする。まぁ、単純に慣れかもしれないけど。


「さっきからぼーっとしてるけど、どうかした? 体調悪い?」


 体調が悪いわけじゃない、けどさっきから友達にも街路樹にも目のピントが合わない。年齢としかな……。って、私まだそんな老けてないぞ。


「あ……。ううん、ちょっと考え事してただけ」


 心配そうに友達が私の顔をのぞきこんできて、今日のことがばれるんじゃないかと危惧して目をそらした。


「そっかぁ」


「ごめんね、なんの話してたっけ?」


「えっとね、明日の――あ、もうここでお別れだね。また明日~」


 十字路で私たちは手をぶんぶんと振り合う。


「また明日ーばいばーい」


 こうやって友達に心配されるのは、今日のお昼休みが終わった頃から。逆に言えば、私は今日のお昼休みから意識が現実に向いていないということになる。




「ただいま~」


「おかえり」


 家に着いた私は、手を洗っておやつには目もくれず、すぐに自室へ行く。


「日和ただいま」


「おかえり」


 数百ページにわたるファンタジーを読んでいる彼は、こちらも見ずにそう言った。


「日和が言ってたこと、間違ってなかったよ」


「……なにが?」


 日和は本を読むのを中断し、きょとんとした顔でこちらを見上げた。


「“今だけのその感情大切にしろよ。って話。本人に想いを伝えることだけが感情を大切にするってことじゃないかもしんないけど”」


 日和の声や言い方をまねしたはずなのに、実際そんなに似せることができなくて、つい笑ってしまった。つられて日和も笑いだす。


「実際にイワシに告白したってことか?」


「まぁそういうことになる。好きですって言ったら、怜くんがありがとうって」


 平然と言った私に対し、日和は目をまんまるくした。


「え、てことは――」


「まぁ付き合ってくださいって言ったわけじゃないからね? 単純に怜くんに想いを伝えたかっただけだから。お兄ちゃんの友達を好きになるって罪悪感があったから、それは減ったかな。だから後悔してないよ。むしろよかった」


 ひとつひとつ言葉をかみしめるようにして言う私を見て彼はどこか安心したようにうなずいた。


「そっか」


 そう。日和のおかげで、私は一歩前に進めたんだ。あの日の兄妹げんかは決して無駄なんかじゃなかった。有意義な、大切な時間だったんだ。




「怜くんおはよー!」


「小春ちゃん、日和もおはよ!」


「おはよイワシ」


 次の日の朝。


 梶谷家から学校までのいつもとなんら変わらない道には、いつもより多くの笑顔と笑い声がちりばめられていた。それらは、きらきらと輝いている。今まさに彼らに微笑みかけている、冬の澄んだ空のように。






〈青き春は訪れるか 了〉


〈勝利の女神は微笑むか(仮)へと続く〉

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