第5話

「おはよう! 朝だよ! おはよう! 朝だ――」


 早朝から話しかけてくる目覚まし時計をばしっとたたいて止める。


「今日も1日、がんばろーねっ」


 そうかわいい声で言ってからやっとおとなしくなる目覚まし時計。目をこすってそいつをにらみつけるようにして見ると、時刻は5時42分。あれ……? いつもより20分も早い……? 二度寝しようと布団をかぶり直し、直後に思い出した。


 今日は早めに登校しようと思ってたんだった!


 布団をばさっと向こうへ押しやり、脳内の睡魔を撃退する。“寒魔”という名札をつけた睡魔の仲間がとしてわらわらきたので、そいつらも脳内のはじっこに追いやる。


 今日の私はなぜこんなにいい子なのかって? それは後にわかるさきっと。


 顔を洗って学習机の前に座る。かわいいメモ帳を取り出して芯を削った鉛筆で1文だけ書く。たった1文だけなのに、納得のいく字が書けなくて、何度も書き直していたら10分強かかってしまった。それをぐしゃぐしゃにしないようにクリアファイルに入れる。それから、1階に降りてまっすぐキッチンへ向かう。


「おはよう。今日は早いね。どうしたの?」


 そう訊くお母さんに


「おはよう。今日早く学校行きたいからご飯早めにちょうだい」


とお願いする。


「そういうのは前日に言ってよ。バターロールと牛乳だけでいい?」


 ほんとはなにか温かい飲み物がほしいけど、しかたない。


「うん。ありがと」


 うなずき、バターロール2つをもしゃもしゃと無言でほおばり、牛乳で流し込む。


「座って食べなさい! あと“いただきます”は!?」


 お母さんがそう言うと同時に、私は


「いただきますごちそうさまでした!」


と言って2階への階段をかけあがる。




 自室に入ってパジャマを着替えて、ランドセルを背負う。準備おっけい。


「日和、日和」


 カーテンを開けて日和に話しかける。


「ん……なに?」


 寝ぼけた声の日和。


「今日早く学校行くから。怜くんに伝えておいて」


「あーい。いって……ら」


 彼は再び夢の世界へと旅立ったようだ。学校遅刻しても知らないっと。


「いってきまーす!」


 ビビットピンクのランドセルをがしゃがしゃといわせて学校まで小走りする。途中の信号で足止めをくらって空をあおぐと、数えきれない小さな雲たち。そのうちのひとつ、うさぎみたいな形の雲がわくわくしているように見えた。梶谷小春かじこは、がんば。って応援してくれているようにも見えて、ざわついていた心が多少落ち着いた。




「日和~! 怜くんが待ってるわよ~!」


 遠くの方で彼の母の声がして、日和は飛び起きた。


「うわっ、やべ! 遅刻する!」


 時計を見てどたどたと着替え、ランドセルをつかんで下へ駆け降りる。


「おはよう日和」


 玄関には中に入れてもらったようで、ウインドブレーカーを着た怜が立っている。


「イワシごめんな! 今すぐ行く!」


 日和はコーンスープを口に流し込み、食べるのに時間がかかるバターロールはしかたなくすわってもそもそと食べる。


「そんな急がなくていいって」


「いってきます!」


 怜がセリフを言い終えないうちに、日和は家を飛び出した。




「そーいや、かじこはは?」


 走って行ったふたりは、遅刻することなく学校の昇降口に着いた。


「あー、あいつ? わかんねー……今日早く行くって言ってた気がする……たぶん」


 日和が覚えていないのも無理はない。小春がそう言ったのは日和がレム睡眠しているときだっただろうから。


「そかそか。……あ」


 自分の下駄箱を見て、なにかの存在に気が付いた怜が小さく声をあげた。


「どした?」


 怜の方を見ずに日和が訊いてくる。


「いや、なんでもない。手紙入ってただけ」


 そう言って怜はウインドブレーカーのポケットにそれを隠した。


「いいな、イワシは。“手紙入ってただけ”とかおれも言ってみてーわ」


「手紙ってゆーか、メモだけ」


 はははっと笑った怜を日和は軽くはたいた。




 怜のポケットに入っているメモの文面とは――。


“お昼休み、屋上に来てください

            梶谷小春”

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