第35話 双子の誕生日。




 クアロは、真っ先にガリアンの館に走り、ゼアスチャンの部屋に飛び込んだ。


「ルアン様なら、クマのおもちゃを持って出ていかれた」

「なんですと!?」


 ルアンは既にいなくなったあと。ぐたりとクアロは、その場に崩れた。


「ゼアスさんのところにいないなら、どこにいるの……。というか、なんで逃げたの……。今まで逃亡したことないのに……。メイドウとボスに殺される」


 メイドウには誕生日に参加させろと約束させられ、レアンにも釘を刺されたにも関わらず、ルアンがいなくなってしまったのだ。

 ただでさえ、ルアンの護衛として、そばにいなくてはいけない。ルアンの身になにかが起きたらと思うと、心配でならない。

 最初こそは喧嘩ばかりしていたが、子守りのクアロから逃亡したことがなかった。何故なのだとクアロは、頭を抱える。


「去年の誕生日も、行方を眩ましたそうだ。誕生日会のためのドレスを着たかと思えば、目を放した隙にいなくなってしまい、夜中に漸く木の上て寝ているルアン様を発見したとか」

「そんなに嫌なのっルアンってば!」


 誕生日会直前で逃亡したルアンの誕生日嫌いは相当なものらしい。

 大方、リリアンナを見たくないためだろう。子どもが風邪で寝込んでも、パーティーではしゃぐ母親が、自分のパーティーではしゃぐ姿を見たくないがため。

 今日、リリアンナがいなければ、逃亡しなかっただろうか。


「見付かるかしら。見付けても説得できる自信がない……」

「レアン様は、家族だけで祝うと仰っていたから、それを伝えればいいのでは?」

「そ、それなら、ましになるかも……」

「ルアン様は身の守り方を知っているから、危険に陥ることはないだろう。それに街を出ようとしないはず。昨日のかくれんぼのように、探せば見つかる」

「ルアンがガリアン以外に、行く場所なんて……思い当たりません。ベアルスのところ、ってことはありません?」

「それはない。ルアン様は、この館をあとにした」


 ゼアスチャンが断言するのならば、ガリアンの館にも、監獄にもいない。

 他にルアンが隠れる場所はどこなのかと、クアロは考えた。


「シヤンにも手伝ってもらえばいい。今日はルアン様のプレゼントを買うために、シフトを交換してもらっていた。街にいるはずだ。私も仕事を終え次第、探そう」

「えっ、いえいえ! 私とシヤンで見付け出しますから!」


 幹部のゼアスチャンの手を煩わせられないと、クアロは焦って断る。

 そこで、クアロは扉が開いていることに気付いた。


「ルア……ン……じゃなくて、ロアンね」


 一瞬、ルアンかと思ったが、不安げな表情をしているため、ロアンだ。瓜二つの姿と格好をしていると、二人を見抜くのは難しい。だが、今のロアンは、泣いてしまいそうな目をしている。


「どうしたのよ、ロアン。1人なの?」

「………………ううっ」

「え?」

「ぴえええっ!!」

「いきなりなに!?」


 涙を込み上がらせるなり、ロアンは声を上げて泣き出す。

 あまりにも突然で、クアロはぎょっとしながらも、ロアンをゼアスチャンの部屋の中に入れた。ラアンが駆け付けて、ルアンの逃亡を知られないためだ。


「もう……今日はなに泣いてるのよ?」


 どうせまたルアンが原因で泣いていると思いながら、クアロはロアンの頭を撫でて訊いた。




 ◇◆◆◆◇




「クアロの奴……どこいったんだ」


 ルアンは、首を傾げる。

 クアロの部屋に戻っていた。単にルアンは、クマのおもちゃをとりに出掛けていただけ。書き置きもテーブルの上に置いていた。


「まっ、いっか」


 またアイスを買いに行っていると思い、ルアンは気にしないことにした。クアロが書き置きを見ていないと気付かない。

 ガサゴソと棚を探り始めるが、目当てのものがないとわかると、膨れっ面をした。

 結局、ルアンはクアロが戻ることを待たず、ベッドの上にクマを置いて、部屋を出る。

 向かったのは、街で一番大きなおもちゃ屋だ。


「あれ、シヤン。お前、今日も門番じゃなかった?」


 そこには、シヤンがいた。太鼓を叩いていたシヤンは、ギョッとしてバチを落とす。

 赤黒い髪と黒い上着を着た目付きの悪い大きな少年が、おもちゃ屋にいると目立つ。


「る、ルアン、なんでここに?」

「べっつにー。お前こそ、十五にもなっておもちゃ屋に何しに来たんだよ」

「おめーのプレゼントを買いに来たに決まってんだろ!」

「いらないって言ったじゃん」


 動揺するシヤンを横切り、ルアンは奥のレジにいる店長の男の元に向かう。


「リボンが欲しいから、売ってくれませんか?」

「おもちゃを買ってくれないんですかい?」

「おもちゃはいらない」

「いらないのか……」


 おもちゃはいらないと聞き、店長の10倍はショックを受けるシヤンだった。

 ルアンがリボンを買うと、シヤンも一緒に店を出る。


「ルアン、プレゼントはなにがいいんだよ?」

「煩いなぁ。誕生日プレゼントなんてもんはな、本人が喜ぶものをあげればいいの。アンタも母親が喜びそうなもの、思い付けるだろ」


 うんざりしながら、ルアンは言った。ハッとしたシヤンは納得する。


「お、おう! かーちゃんは花が好きだからなぁ、花のアクセサリーなら喜ぶっ!」

「それでいいんだよ。喜ぶ顔が浮かぶものなら。でもあたしはいらないぞ」

「おいっ!」


 途中までいい話を台無しにされ、シヤンは声を上げた。ルアンの肩を掴むと激しく揺らす。


「買ったら受け取れ! 絶対だぞ!」

「煩いなぁ」


 その手を振り払い、ルアンは一人で歩き出す。喚き散らし続けるシヤンから、離れていく。

 しかし、すぐに足を掴まれ、引っ張られた。危うく煉瓦の道に倒れかけたが、道に触れる前に宙に吊られる。


「捕まえたわよ! ルアン!」


 逆さになったルアンの視界の中に、クアロが立っていた。

 手には、∞の間から線を下に引き、円で囲った木の紋様がある。

 紋様から蔓が生み出して操るもの。それでルアンを捕まえた。


「あれ、クアロ。どこにいたの」

「何をとぼけて! 誕生日会が嫌で逃げたくせに!」

「は? まだ逃げてないんだけど」

「逃げる気満々じゃない!」


 ちゅうぶらりんのルアンは、元々誕生日会には行かないつもりだったと白状する。

 何故かお怒りのクアロの足元に、ロアンがいると気付く。クアロのズボンにしがみつき、大きな瞳に涙を浮かべていた。


「何泣いてるの、泣き虫くん」

「ひぎゅっ!?」

「ルアン!!」


 ルアンの一言に、ロアンが震え上がれば、クアロが怒鳴る。

 状況が把握できないルアンは、逆さのまま、首を傾げた。




 公園に噴水の元に、小さな階段がある。夏場は鳩が涼みに集まるそこに、ルアンとロアンは並んで座った。

 クアロと加わったシヤンも、近くのベンチに座って見守る。


「……で、何? 誕生日なのに、浮かない顔して」

「……」


 頬杖をついて、ルアンは問う。涙を込み上がらせたロアンは、俯いて躊躇した。

 瓜二つの姿で並んでいても、性格の違いが表情から歴然だ。


「……ぼくの、たんじょうび……いわってくれないの?」


 涙声で、漸くロアンは言った。


「? 毎年祝ってるでしょ。プレゼントだって、あげてるし」

「でもきょねんは、いなかった!」

「寝ちゃったんだもん」


 頬杖をついたまま首を傾げる。そんなルアンを見て、ロアンはついに泣き出した。


「ぼ、ぼぼくと、おなじたんじょうびだから、いやなの!?」

「……えー?」


 がしり、と腕を掴まれて、泣き顔を突きつけられたルアンは戸惑う。


「いっしょの、たんじょうびなのにっ、ぼくとルアンのたんじょうびなのにっ、ルアンがいないと……いないとっ……いやだよぉお!」


 口を大きく開いてロアンがその距離で喚くため、ルアンは耳が痛いと顔を背けた。

 目を向けた先に、クアロ。

 そんな顔をするな! と言いたげな様子で、手を大きく振る。


「ぼくがきらいなのぉお!?」

「煩い」

「んぎゅっ」


 ルアンが一言告げれば、ロアンはギュッと唇を閉じた。グッ、と涙を流しながらも、黙り込んだ。


「はぁ……誕生日のパーティーなんて、アホらしくて嫌いだし。あの人がいるから、なおさらだったけど。いいわ、ロアンのためにパーティーに出るから。泣かないの、男の子でしょ」


 ロアンの頭を撫でて、ルアンは参加することを認めた。


「ほ、ほんと?」

「本当。約束する。でも、あたしは寄るところあるから、あの赤毛のおにーちゃんとあたしのプレゼント探しをして先に帰ってて」

「う、うん! やくそく! やくそくだよ!」


 ぱぁー、と忽ち笑顔を輝かせるロアン。

 そんなロアンの顎を掴むと、ルアンは頬にキスを一つした。

 途端に耳まで真っ赤にしたロアンは、ムギュッとルアンを抱き締める。


「おねーちゃんだいすきっ!!」

「はいはい、わかってるから」


 ルアンから離れると、真っ先にシヤンに駆け寄り、ロアンはプレゼント選びを手伝うと言う。シヤンは快く受け入れて、一緒に公園を出た。


「見直したわ。アンタが大人しく誕生日会に出るなんて。……そう言えば、その袋はなに?」


 目の前に立ったクアロは、ルアンの持っている小さな茶色い袋を指差す。


「ああ、リリアンナに盛る毒を買ったの」

「そのために誕生日会に参加する気なの!?」

「冗談」

「確認させなさい!」


 ルアンが本当に冗談を言っているかどうかを確認するために、奪い取って確認する。

 そこにあったのは、オレンジ色のリボン。


「あっ! あの宝石のクマ、ロアンのプレゼントなのね!」

「そうだよ」


 ロアンの誕生日プレゼントのために、クアロから離れた。クアロは漸く納得する。

 ルアンはリボンを奪い返すと、クアロの家へと足を進めた。


「宝石のクマなんて……五歳には高過ぎるおもちゃね」

「まぁ、ロアンに価値なんて、わからないだろうけど。本当なら車のおもちゃがいいけど、この世界に車がないからね」

「クルマ? クマ科の動物?」

「……そんなところ。まぁ、クマでも喜ぶと思うよ。ロアンなら」


 一度冷めた目を向けたが、ルアンは上機嫌な足取りで、クアロの部屋に戻った。すぐにロアンのプレゼントに、リボンを巻き始める。


「……それにしても、ルアン。心配させないでよ。危うくボスに殺されるかと思ったんだから、勝手に離れないでちょーだい」

「書き置きしたけど」

「えっ!?」


 全ては自分の早とちりと知り、クアロは脱力した。そのままベッドの上に腰を落とす。


「はぁ……でも、誕生日会は、行かないつもりだったんでしょ? 原因でもあるの?」

「誕生日会なんて、幼稚すぎる。無駄に着飾って無駄にごちそう並べて、無駄すぎるの。挙げ句には自分が主役だって言わんばかりに、目立つ母親がいるんだ。逃げたくもなる。自分だけの誕生日なら、二度と開かないように全力でぶち壊してやるんだけどね」


 金持ちの誕生日会など羨ましいと思うが、ルアンが壊したくなるほど嫌がっていることは理解した。

 クアロは肩を竦めながらもベッド下から、リボンがついた本を取り出す。


「ほら、ルー。誕生日おめでとう」

「本?」


 目を丸めたルアンは、すぐに受け取る。


「この前、泣いて読んでた本。あの作者の新作よ。本屋行ったらあったから、即買ったわ」

「本当? ありがとっ!」


 素直に喜び、ルアンが笑みを溢す。

 いらないと言っていたが喜んだルアンを見て、クアロは吹き出す。


「でもなんで今渡すの? 誕生日会で渡せばいいのに」

「あー。私は参加しないわ。家族だけで祝うんでしょ。家に送ったら、帰るから」

「遠慮せずに無駄に並ぶごちそうを食べればいいのに。シヤンと一緒にさ」

「いいわよ」


 渡し終えたクアロは、またベッドに座る。

 ルアンは本をテーブルに置くと、キュッとクマの首にリボンを結んだ。


「……前世では、どんな誕生日会したの?」


 そんな様子を見て、クアロはなんとなく訊いてみた。


「前世? 誕生日会なんて、やった覚えない」


 首を傾げたあと、ルアンはあっさりと答え、それからプレゼントされた本を開く。


「やった……覚えがないって、記憶がないとか?」

「祝われたことがないの。誕生日なんて、別に特別なものじゃない。たかが生まれた日でしょ」

「……」


 冷たさが帯びた声に、クアロは目を見開いた。

 ルアンはコロリと笑顔に戻ると、本を読み始める。


「……やっぱり。アンタ達の誕生日会、参加する」

「え? 遠慮しなさいよ」

「どっちだ! アンタがぶち壊さないように見張る!」

「心配しなくとも、ロアンの誕生日会でもあるんだから、ぶち壊さないし」

「行くわよ!」

「一章読んでから」

「今すぐ行くの!」


 むくれるルアンは、クマと本を抱えたまま、クアロに引きずられるように、ダーレオク家に連れていかれた。



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