第34話 主役逃亡。




 ベアルスはニヤリと口角を上げて言う。


「ドミニク・デュケン。サミアン・ヴィヘン。酒癖の悪い幹部の2人は勝手に酒に潰れる。それならば、馬に乗せて落馬させれば、事故死に見せることは簡単だね」


 ルアンは横に首を振ると、似た笑みのまま言った。


「毎晩の彼らの泥酔っぷりからして、馬に乗って競争してと言えば、勝手に馬に乗ってくれる上に、2人揃ってスピードを上げて落馬で即死の可能性を高めてくれる」

「彼らのお酒の臭いからして、完全に事故死と思われるというわけだね。ふふ」


 事故に見せかける殺害。ベアルスとルアンは、楽しんだ様子で話した。


「何を話しているのよ、ルアン!!」


 それを見たクアロは、盛大にツッコミを入れる。

 ベッドに座ったままのベアルスと、椅子に座ったルアンも、目を向けた。


「クアロ」

「おや、クアロくん」

「囚人と幹部を殺す話なんてするんじゃない! ゼアスさんも止めてくださいよ!」


 牢屋の扉の元には、ゼアスチャンが立って見守っていたが、止めようともしない。


「仮の話だ」


 無表情のゼアスチャンは、淡々と返す。


「そうそう、仮の話だよ」

「仮の話だ」


 ルアンとベアルスも、にこりと笑う。仮の話と思えないクアロは、心配でならない。


「安直だから、実行する時は、もっと凝りたいけど」

「実行するなら仮の話じゃないじゃん!! バカん!」

「冗談だ」


 全力で止めるクアロを、クスクス笑いながら眺めると、ルアンは今までクアロが何をしていたのかを思い出す。


「かくれんぼ、終わったの?」

「まだよ。ラビが見付からない」

「はぁ? バーロー! なんであたしを先に見付けるんだよ!」

「な、なによっ。ちゃんと隠れないのが悪いんでしょ」

「隠れてたし!」

「痛いよ、お嬢さん……」


 逆ギレをするルアンの足が、偶然ベアルスの足を蹴った。とばっちりである。

 ルアンは、むっすりと膨れっ面をした。


「ロアンは見付けたけど、ラビが見当たらないのよね。鍵がかかった部屋にいるわけないし……でも、使用人がやたら掃除している部屋があったわね。あそこかしら」


 クアロは首を傾げて考える。


「ぶぁーか。兎人なんだから、木の上にも屋根の上にも簡単に登れるだろーが」

「そんな発想出ないわよ!」


 チッ、と舌打ちをすると、ルアンはそっぽを向く。クアロは八つ当たりのように、ベアルスを睨み付けた。


「おや? まるで僕が悪影響を与えている、とでも言いたいようだね。僕は悪い子のルアンお嬢さん、好きだよ」


 ベアルスは、にこりと笑みを向ける。与えられる悪影響は全て与えそうだと、クアロは不安で青ざめてルアンの腕を掴む。


「出るわよ、ルアン」

「えー。あたし、もう少しベアと話す。クアロはロアン達と遊んでればいいじゃん」

「なんで他の子を遊ばせなきゃいけないのよ! バカん!」

「うわーん、ベアといたい!」

「私を悪者にするな!」


 クアロが引っ張ると、ルアンはベアルスの拘束された腕にしがみついた。


「まぁまぁ、僕が面倒見るから」

「アンタみたいな変態に任せられるわけないでしょうが! お黙り!」


 デレッと綻んだベアルスがその気になったため、クアロは瞬時に断り引き離した。


「あと一個。幹部の暗殺計画を立ててから」

「暗殺計画を立てるな! なんで幹部を殺すのよ!」

「仮の話だってば」

「死なない悪戯にしなさい! デイモンさんみたいな悪戯に!」

「いや、あいつらにやっても面白くないから……」

「面白くないから暗殺!? 悪魔め!!」


 クアロはルアンに戦慄する。恐ろしい娘にもほどがある。


「デイモンとは?」


 出てきた名前に興味を示したベアルスは、しがみつくルアンに微笑んで問う。


「幹部の一人。いい男」

「えっ」

「えっ」

「え」


 ルアンの紹介に、ベアルス、クアロ、ゼアスチャンがポカンとする。


「い、いい男……つまり、君の理想の男なのかい?」

「理想の男……というわけではないけど、まぁ、好みの男かな」


 ベアルスが身を乗り出して問い詰めると、ルアンは少し考えてから答えた。


「君が好む男は、僕だと自負していたのに……」

「自惚れすぎ」

「え、酷いな……」


 しょんぼり、とベアルスは肩を竦める。


「監獄の外にいる男と、中にいる男なら、外にいる男の方がいい男でしょ」

「酷いなっ!」

「フン。檻の中の男に惚れるほど、ダメ人間じゃないわ」


 笑みで畳み掛けるルアンに、ベアルスはショックで震え上がった。


「君は僕の元に通い詰めるうちに、愛が芽生えて、檻の中でも切なく愛し合う。そして、成人した頃には脱獄をさせ、二人で駆け落ち! 十分素敵なラブロマンスと思わないかい?」

「恋愛小説の読みすぎ」


 情熱的に語るベアルスを、ルアンは一蹴する。またもや、ベアルスはしょんぼりと肩を竦めた。


「ちょっとアンタ。まさか、ルアンを惚れさせて、脱獄させるつもりなの?」


 今度こそルアンを引き離して、クアロは身構える。


「お嬢さんが僕と駆け落ちしてくれるなら、そんな脱獄がしたいけれどね。お嬢さんは、そんな簡単には落ちてはくれないだろう」


 クスリ、と笑うとベアルスはペリドットの瞳で、ルアンを見つめた。


「愛の脱獄……美しいね」

「夢のまた夢ね」


 ルアンは鼻で笑うと、ベアルスの牢獄を出た。


「あ、そうだ。これを言いに来たの。近いうちに、その拘束をといてあげる。恋愛小説、飽きるほど読ませてあげるわ」


 振り返って、ニヤリ。

 ルアンのいわくありげな笑みを見たベアルスは、きょとんとしてしまう。


「そう……楽しみにしているよ」


 ベアルスの返事を聞くと、ルアンはゼアスチャンにドアを閉まらせた。


「……何、今の約束は」


 牢屋を歩きながら、クアロは問う。ルアンはただ、上機嫌な足取りで進む。

 監獄を出ると、階段下にいるラビが一番に目に入った。


「ボクのかち」


 くりんっ、と首を傾けて笑いかけるラビに、ルアンの機嫌は急落下していく。

 目に見えて、クアロも門番のシヤンも、ルアンから距離をとった。


「おしえて?」

「……わぁったよ」


 ルアンは唸りそうなほどのしかめっ面のまま、ラビに近付くと耳打ちをする。

 約束通り、前世の年齢を教えた。とは言っても、あまり鮮明に覚えていないため、適当だ。


「ありがとう!」


 ラビは満足そうに笑みを溢す。ルアンは解せないと、またしかめっ面をした。


「あ、ルアン、ルアン! 明日、誕生日なんだろ? なぁ、なぁ、プレゼントは何がいい?」


 話は終わったと思ったシヤンが、ルアンの手を掴んで、はしゃいで訊く。


「誕生日? なんの話だ。明日、誕生日なのは、ロアンだけだぞ」

「えっ、そうなのかっ? なぁんだ」


 ルアンがしれっとした顔で言うため、シヤンは拍子抜けした。

 ラビの後ろにいたロアンは「えっ」と小さな声を漏らす。

 ゼアスチャンは何も言わず、クアロは騙されているシヤンにただただ呆れた眼差しを向ける。


「なんだ、おめーだけか。……ん!? おかしじゃねーか! 双子なら誕生日は一緒だろ!?」


 ロアンを眺めたあと、シヤンは嘘だと気付いた。


「なんだ、知ってたのか」

「オレをバカだと思ってるな!?」

「そんなわけないだろ。単細胞だと思っているだけだ」

「そうか、それなら……」


 いいのか。


「って、よくねーよ!!」


 またもや騙されかけたシヤンは、バカだと思うルアン達だった。


「プレゼントをやらねーぞ! ルアン!」

「いーらないもん」


 ルアンはスタスタと館に戻る。


「誕生日が嫌なのよ……まぁ、プレゼントをあげましょ。ルアンだもの」

「はぁ? 嫌? 変なの。まぁ、あげるけどさ」


 シヤンを宥めながら、クアロはルアンを追いかけた。

 ゼアスチャンもルアンを追いかけるが、シヤンはいなくなる前に問う。


「ゼアスさんは、もう決めました? ルアンのプレゼント」

「ああ」

「そうですか……んー、オレはどうしよ」


 むくーと、シヤンはしかめて考え込む。


「……」


 立ち尽くすロアンは、自分のベストを握り締めると、泣きそうな顔で俯いた。




 ◇◆◆◆◇




 翌朝の7月26日。ダーレオク家の双子の誕生日。

 自分の部屋で目覚めたクアロは、まだ夢を見ているのかもしれないと、疑いながらも探す。クアロの部屋に、隠れる場所はない。

 だが、いくら探しても、隣に寝ていたはずのルアンは、見当たらなかった。


「とっ……逃亡しやがったあの小娘!!」


 寝起きのクアロは、漸く理解する。


「どこに行った!? ルアンっ!!!」


 誕生日の主役は、逃亡した。



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