第30話 却下。




 ガリアンのボス、レアン・ダーレオクの娘が、ガリアンで初の女メンバー、そして最年少のメンバーとして入った。

 幹部であるゼアスチャンの直属の部下となり、主に監獄の門番が仕事。クアロと同じシフトにして、クアロの子守りもこなせるように決められた。

 間もなく、ガリアンの証の上着を仕立てる。

 ルアンの部屋には子守りのクアロ、そしてメイドウと仕立て屋が来た。


「コートがいい、クアロのお古でいいのに」

「ないわよ、お古なんて」


 クアロに断られ、ルアンはぷくーと頬を膨らませる。


「これから暑くなりますし、上着がいいですよ」

「えー」


 メイドウは、コートを却下した。

 この国は年中、過ごしやすい気温。夏になっても大して暑くはならないが、コートを着ていられない。


「動かないでください、ルアンお嬢様」


 仕立て屋が注意した。

 仕立て屋は、若い青年だ。長めの前髪は右に寄せていて、眼鏡をかけている。仏頂面の彼は、街一番の仕立て屋。ブアイン・ガートリ。


「ブアイン。コートも、ズボンも仕立ててほしいんだけど」

「いけません、ルアン様! ウィッグもあるのですから、ドレスを着てくださいませ!」

「ドレスじゃ仕事できないし」

「ドレスで悪党を倒したじゃないですか!」

「動きにくいの」


 普段からルアンは、弟ロアンの服を着ていた。メイドウは女の子らしくしてほしいと嘆くが、ルアンは一蹴する。今も短い髪のままで、ズボンを穿いていた。


「ならば、動きやすいドレスをお作りいたしましょうか。今後、成長すると女性らしいラインが強調されます。それを生かしながら、動きやすさを重視したドレスを考えてみます」

「流石、ブアイン! ルアン様の可憐さを強調するドレスを作ってね! んもう愛してる!」


 淡々と提案したブアインに、メイドウはキスをした。間に挟まれているルアンは、うんざりした顔をする。


「え、なに、アンタら、付き合ってるの!?」


 椅子に座って見ていたクアロは、ギョッとして身を乗り出した。


「二年前からだっけ? ずっと交際してる」

「ブアインは、ルアン様の美しさを分かち合ってくれるのです!」


 ルアンはうんざりした様子で教え、メイドウは胸を張る。ブアインはクアロに会釈した。

 ルアンがきっかけで、ブアインとメイドウは交際したのだ。


「ベアルスも、あたしを美しいと言ってたから気が合うんじゃない? 結構いい男よ」


 ルアンはメイドウに言いながら、ブアインにニヤリと笑みを向ける。ブアインは一時的に動きを止めたが、なにもなかったかのように作業を続けた。


「ベアルスとは、ルアン様が初めて捕まえた犯罪者ですか?」

「うん、厄介な男」

「捕まえたのに、厄介なのですか?」

「監獄にいても厄介になるの」


 ベアルスの話を聞いて、クアロは思い出す。


「そう言えば、初めてベアルスのことを聞いた時も、それを言ってたわね。捕まえても厄介って」

「そのうちわかる」


 ベアルスが厄介の理由を話さず、ルアンは両腕を広げた。

 黒いガリアンのジャケットを着たルアンは、その場で回る。


「闊歩してくる」

「あっ、ルアンお嬢様、まだ袖が長いです」

「別にいい、すぐに大きくなるしね」


 ブアインが呼び止めるが、一つの金色のラインが入っている長い袖を振り回してルアンは断った。

「ありがとう、もう帰っていいよ」と告げる。


「えっ、お待ちを! 例の件の話がまだっ」

「却下だ」

「そんなっ!」


 呼び止めるメイドウを一蹴し、ルアンは部屋を出た。落ち込むメイドウを気にしながらも、クアロもあとを追って部屋を出た。


「例の件ってなに?」

「あたしが却下した件」

「いや、だからそれはなによ……」


 ルアンに直接訊いてみても、答えない。ルアンの歩調が緩まないため、クアロは諦めて後ろに続く。


「……どこ、行くのよ?」

「ガリアンの館」

「休みなのに?」

「ゼアスとベアルスに用があるの」


 肩を竦めてクアロは呆れる。だが、ルアンの子守りのため、ただついていく。

 ガリアンの館に着き、ゼアスチャンの部屋へ向かおうと廊下を歩いていると、ルアンは呼び止められた。


「いたいたルアンちゃーん」


 ドミニクとサミアンだ。

 ルアンは聞こえていないフリをして歩き続けたが、二人は前に立ちはだかった。足を止めることになったルアンは、不機嫌に目を細める。


「なぁー、頼むからさぁ、ベアルスの武器をわけてくれよ」

「ちょーと、だけでいいからさ」


 二人の狙いは、ベアルスの財産。

 ルアンは作戦の報酬は金貨ではなく、ベアルスの財産をねだった。

 捕まえた犯罪者の財産は没収する。ベアルスのように当分監獄から出ない犯罪者の財産は、捕まえた者が得られる。それがガリアンだ。

 盗まれた宝石類はオルニリュンに渡した。監獄にいる間の生活費や、作戦に参加したメンバーの給料を引いても、ベアルス達の財産は有り余っている。

 ルアンはベアルスのコレクションである宝石とおもちゃと、そして武器をもらうことにした。

 ドミニク達は、武器を欲している。しかし、ルアンは譲らない。


「お断りです。あれは私のものです」

「銃なんて持ってても意味ないだろ、何個かお兄さん達にくれよ」

「何度も言わせないでください、譲る気はありません」


 ルアンは、はっきりと言い切った。一つも譲らない。


「文句があるなら、私の父に言ってください。父が譲れと言うなら譲りますよ」

「うっ」


 鋭く見据えるルアンが、提案したことは無意味だ。レアンに相談など、酒瓶が投げられて一蹴されるのがオチ。

 ドミニクもサミアンも苦い顔をした。

 ルアンは黙らせるために言ったのだ。


「もう、いいでしょう。お二人とも」


 クアロが口を挟めば、ドミニク達は睨んだ。


「うっせ! この変態!」

「すっこんでろ、カマ野郎!」


 唾を吐き捨てる勢いで、ドミニク達は言いながら歩き去る。

 八つ当たりをされて少し身を引いたクアロは、その背中を見送った。


「ルー……あまり幹部を怒らせない方がいいわよ……って何してるの!?」


 振り返ると、ルアンが二人に向かって紋様を書き上げようとした。クアロは咄嗟にその紋様を振り払って消す。


「いいじゃん、ちょっとくらい」

「入ったばかりで喧嘩を売らないの!」

「はいはい。じゃあバレないように殺しておく」

「余計だめなんだけど!?」

「大丈夫、完全犯罪で暗殺する」

「だめって言ってるでしょうが! バカん!」


 ルアンは冗談を言うが、にこりともしないため、クアロは必死に止めた。

 そんなやり取りをしながら、三階にあるゼアスチャンの部屋に入る。


「ルアン様。お似合いです」

「お世辞はいいです」


 書斎となっているそこで、ゼアスチャンは書類に囲まれていた。

 ゼアスチャンを無視するように、ルアンは奥の部屋に並べられた棚に真っ直ぐに向かう。

 そこには、ベアルスから没収した財産が飾られている。盗まれないように、ゼアスチャンに預けた。

 ルアンはその棚から本を一冊、抜き取る。すぐそばにある椅子に座って、その本を開いた。

 それを見たクアロも、ゼアスチャンに挨拶したあとに椅子を持って座る。


「……これ、もらってどうするの? 本ならともかく、人形や武器まで」


 本の虫であるルアンが、お金より本を選んだ理由はクアロにもわかった。だが、棚に並ぶものは、宝石の瞳の人形と積み木といった高価そうなおもちゃ。

 そして、様々なサイズとデザインのリボルバーや、ナイフと短剣、弾丸も並べられている。

 おもちゃで遊ぶルアンは見たことがない。武器は今後必要とするかもしれないが、今のルアンが扱えるとも思えない。


「人形は正直いらないけど、いいじゃん? 収集の趣味を持っても」

「……もっと子どもらしいものを収集しなさいよ」


 読書以外の趣味を持つことはいいが、武器の収集は子どもらしくない。


「子どもらしいでしょ」


 ルアンは自分の頭ほどのサイズの木で出来たクマのおもちゃを手に取る。キュイッと、腕を動かした。ついでに傾げて、上目遣いをする。

 そのクマの人形は、目と鼻には宝石が埋め込まれている。三角の爪も、白い宝石。


「武器の話よ。おもちゃも高価すぎだし……売ったら、金貨何枚になるかしら」

「おもちゃで50枚くらいにはなるんじゃん?」

「さすが、南部の宝石商の街オルニリュンの犯罪組織のボスのコレクションね」


 乾いた笑いを漏らすクアロの前で、ルアンはクマを棚に戻す。


「なにを読んでいるの? ルー」

「紋様の本」

「うっわ、ずいぶん古いわね」


 そのベアルスの本の内容が気になり、クアロは覗く。ルアンが開く大きな本に紋様が大きく書かれていた。そのページは黄ばみ文字も霞んでいて、年月の経過を表している。


「この紋様は防だけど、クアロがいつもと使うやつじゃない」

「ああ、ギアをはね返すっていうギアね」

「そう。こっちは真逆なの」


 ルアンは言いながら、クアロの手を掴み、デフェスペクルの書き順を教えた。


「吸収できるのは、放たれるギアだけ。まぁ、クアロのギアと同じ。ギアから生み出した炎、雷、水、風、無。元から存在する植物を操るもくのギアは、防げない。もちろん、弾丸も」

「わかってるわよ、教えたのは私よ」


 雄弁に言うルアンに、バカにされた気分になり、クアロはむくれる。


「この本にはギア封じの紋様が書いてあるから、脱獄を防ぐために使いたいけど……結局、門番や看守に覚えさせるってだけじゃ、父上が面会を許すとは思わない」


 足を組むとルアンは頭を欠いた。眉間に深くシワが寄る。

 ガリアンの監獄に面会を設けたいが、脱獄を防ぐ方法を提案しなければ、レアンの許可が出ない。

 ルアンの試練内容が明かされて以来、ルアンは考えていたが、未だにレアンを納得させられる方法を思い付けないでいる。


「まぁーそうねー……ギア封じを覚えた看守を配置して面会、なんて、ボスもメンバーもめんどくさいって言いそうね」

「ギア封じを仕込むのは楽しそう」

「ドSめ」


 デリケートな防の紋様を覚えさせることは、時間がかかる上に、ガリアンメンバーの大半は大雑把な者ばかりで、学ぼうともしないかもしれない。

 だが、そんなメンバーを捩じ伏せて覚えさせることには、楽しみを感じるルアンだった。


「ちょっとベアルスと話す。アイツ、頭いいし、今も脱獄計画を立てているだろうから」


 ルアンは本を置くと、椅子から飛び降りて歩き出す。

「えー? 本気なの?」とクアロは、嫌々ながらついていく。


「私も、お共しましょう」

「いらないです。仕事中でしょ」


 ゼアスチャンも立ち上がったが、ルアンは間入れずに断る。


「……。それでは、ルアン様。試練合格祝いの件を」

「いらないです」

「……はい。なら、明後日の件」

「却下」


 また一蹴した。

 ゼアスチャンは肩を竦めながら歩み寄り、ルアンにもう一度言う。


「ですが、ルアン様。明後日だけは、どうか」

「お黙り」

「っ」


 振り向いたルアンは、鋭い眼差しを向けて言い放つ。ゼアスチャンが息を飲んだ。


「この役立たず」


 パタン、とルアンは扉を閉じる。

 おろおろしながらも、クアロは監獄に向かうルアンについていく。


「ちょっと、言い過ぎよ。ゼアスさんの作戦通りにはならなかったけど、アンタにちゃんと協力しようとしてくれたでしょ」

「大丈夫、喜んでるから」

「どうみても喜んでいるようには見えなかったんだけど?」

「いや、本当に喜んでいるから」


 クアロは気付いていないが、ゼアスチャンはルアンのきつい言葉を浴びて内心で喜んでいる。


「んなわけないでしょ。でも、また却下って……なにか予定でもあるの? 私、なにも聞いてないけど」

「ねーよ、なんも」

「……」


 メイドウに続いて、ゼアスチャンも意味深な件を問う。クアロは気になったが、ルアンは苛立ちを露にして吐き捨てる。

 触れてはいけない件だと理解し、クアロはもう口を閉じた。



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